七宝出(七方出)
忍びが諸国を漫遊(?)しながら、情報を得るのに身をやつした
代表的な7つの職業のことを七方出と呼びました。
この7つの他にも研師や飛脚等ありますが、彼らも忍びである前に
普段の職業で生活しなければならなかったからです。
現代でも間違った伝えられ方で「草」というものがありますが、草
自体はともかく、この普段は一般人で有事の際に忍びになる・・という
考え方は間違っていません。
では、七方出の紹介をば・・−−
1、山伏修験
非常に行動半径が広く、人に積極的に近寄っていってもいぶかし
がられず、棒や杖、帯刀も当然であり、山中にいても怪しまれない。
呪文を唱え、呪符を売り、時には催眠誘導(今で言う催眠術ですね^^)
もします。忍びの祖先の1つとも言われるサンカ(山賊)のウメガイ等の
武器や、薬草の知識もあり、後の薬売りにもなったと言われ、砒素や
トリカブト等の毒物の知識もありました。
手裏剣等は殺傷力はありませんが、これら毒物を塗ることにより、暗殺
の成功確率をあげました。
2、虚無僧
帯刀を許された普化宗(禅系統)有髪の僧。深網傘をかぶって顔を隠し
た様は今でも有名ですね。徒党も組めますし、尺八は忍び仲間との合図
にも使えました。実は無頼や浪人が多かったのですが、江戸幕府は逆に
諸国探索に彼らを利用しました。
3、出家
人との接触は当然で、信頼で相手の心を開かせ、本意を聞くことのできる
職業。また、お寺さんは役場のような仕事もしており、過去帖をはじめとして
種々雑多な情報が集まるところでもありました。
井伊家史料の「幕末風聞探索書」では、僧から貴重な情報が収載されて
いるそうです。
4、商人
当然のことですし、現代でも同じですが、商売繁盛は情報なくしてなりえま
せん。サービス業は、これも当然のことながら会話誘導のプロであり、日常
茶飯時に人の間にはいり、情報に触れます。
忍びの方も、本物の商人と話すときは、相手に余計な情報を与えないように
「忍びが本物の商人と話す時は、軽快で和やかに、そして自分は何も知らない
ように振舞え」(忍秘伝より)と言われているそうです。
5、放下師
聞きなれない言葉ですが、奈良時代の散楽の流れで、忍びの技術にも通じる
手品、飛刀、手毬、猿回しなどの芸をもって諸国を遊芸した人々です。
古くは、諸国遊芸をかわれて平家残党の探索をした放下師の記録もあるそう
です。
6、猿楽師
放下師とほぼ同じです。滑稽な芸をもって諸国を遊芸した人々です。能楽の原形
であると同時に、忍びの原点の1つである「黒田荘事件(伊賀国名張郡)」という、
後に黒田の悪党と呼ばれるものと関係が深くあります。
服部氏を祖神とする敢国神社では「黒党祭」と呼ばれる服部姓の者だけで行う
(全員忍びの黒装束で正装したそうです)祭りがあったそうです。
7、常の人
本当に普通の人。旅人を装ったり、木こりだったりしたのでしょうね^^