この EARLY MUSIC ARCHIV ( 資料編纂所 )
は、古楽に関する情報を整理したものです。鑑賞や演奏の参考になれば幸いです。
【数秘学 (Numerology)】
さて、このところ「数字」に凝っています。と言ったって別に数学に目覚めたわけではないのですが、バロックの音楽を勉強していく中で、数字の持つ意味を改めて意識していかなければいけないことを、このところ痛切に感じている次第なのです。
これはバロック音楽だけでなく、西洋音楽の根底に「数秘学 ( Numerology
)」というものが大きな影響を与えているからなのです。リズム、メロディー、ハーモニーはもとより、歌詞やフレーズを繰り返す回数等に数字が関わってくるのです。そこで以下に表を作ってみますので、ご覧ください。
数字 | 意 味 | 内 容 |
1 | 至高神 | すべての創造はここから起こる。 |
2 | 創造の全対象の誕生とその分解 | 伝統的に、創造の女性原理として考えられている。 |
3 | 創造は拡大され、無限の動きで持続される | 伝統的に、創造の男性原理として考えられている。 |
4 | 宇宙の自然界的局面 | 四季、羅針盤上の4方位、4大元素(気・火・水・地)、4気質( 多血質・胆汁質・粘液質・黒胆汁質 ) に明らかである。 |
5 | 結婚や結合 | 2( 女性 ) と 3( 男性 ) の合計 |
6 | 創造物の繁殖または生殖 | 3の2倍 |
7 | 創造的循環の完結・充足 | 1週間7日の中にもっとも適切に示されるが、逆にまたいっそう曖昧な事柄 |
8 | 神的なもの、またそのような状態に戻る | 7に1を加えたもの( 音楽上のオクターブ ) |
9 | 9人のムサ( 学芸の神ミューズ ) で表されるように、これはもっとも完全な数字 ( 3の3倍 ) であり、人間の努力を導き、また喚起する。 | |
10 | 神性に戻り、ときとして法王や皇帝や国王などの様に、地上における神の代理人として理解されることもある。 |
いかがですか、自分が現在取り組んでいる曲を「数秘学」の視点でながめてみると、また新たな発見があると思うのですが、特に中世・バロック音楽では曲作りの大事な要素として感じています。
【バッハの受難曲における「象徴」】
調性 | B-Dur( 変ロ長調 ) | 自分のイニシャルであり、自身の信仰告白に用いる。 |
♭三つの調 | 「三位一体」の3から信仰告白の調としてよく用いる。 | |
♯四つの調 | シャープはドイツ語で「クロイツ」といい、十字架を意味し、3と4は神と人間を表しているため、十字架と人間すなわち「罪」を表している。 | |
G-Dur g-moll |
Gott ( 神 ) を表している。 | |
C-Dur c-moll |
クリストゥスまたはクロイツ ( 当時KでなくCで書いていた ) を表している。 | |
単純な基本的和音進行 | イエスがこの世の「基本的存在」=「神の子」であることを表している。 | |
不協和音 | その調 ( 仲間 ) からはずれる者、すなわち「ユダ」を表している。 | |
音型 | 2声部間において、最初と最後の音を結ぶ線と、中2つの音を結ぶ線がクロスする。 | 十字架を表している。 |
3回の繰り返し | 三位一体を表している。 |
この他にも、「ゴルゴタの丘へのイエスの歩み」「ペテロの否認における鶏の鳴き声」「イエスの鞭打ち」等の音による象徴が確認できる。
バッハは、さまざまな形で神の真理や摂理といったものを表現し、自身の信仰告白をしていたのです。
【バッハの受難曲】
さて、バッハの「ヨハネ受難曲」と「マタイ受難曲」の比較をしてみたいと思いますが、今回は冒頭の部分を取り上げ一応ひと区切りとします。
(1) 演奏形態による比較
ヨハネ受難曲 | マタイ受難曲 | |
合唱 | 混声4部合唱 | 混声4部合唱 T・U リピエーノ・ソプラノ |
オーケストラ | フルート T・U オーボエ T・U 弦楽合奏 通奏低音 |
リコーダー T・U フルート T・U オーボエ T・U 弦楽合奏 通奏低音 |
拍子 | 4/4 | 12/8 |
調 | ト短調 | ホ短調 |
(2) バッハが作曲するにあたって使った言葉
(
バッハは両受難曲とも福音書の言葉通りでなく自由な詩を挿入しています。)
ヨハネ受難曲 | マタイ受難曲 | ||
混声合唱 | 主よ、全地でほまれ高き統治者よ ! あなたの受難によって、まことの神の子である あなたが、いついかなるときにも、最も低き時にも 賛美されたことをお示しください。 |
混声合唱 | T 来なさい、娘たちよ、来て一緒に嘆いておくれ ! 見なさい。 U 誰を ? T 花婿を見なさい。 U どのような花婿を ? T まるで小羊のような花婿を見なさい、見なさい。 U いったい何を ? T その忍耐を。見なさい。 U いったい何処を ? T 私たちの重い罪を、愛と恩寵のためにみずから十字架の木を背負っておられるその人を ! |
リピエーノ・ソプラノ | おお、神の小羊よ、何の罪もなしに十字架にかけて殺され、いかにあざけられようと、いつも忍耐をつらぬいた神の小羊よ、あなたは罪を全部背負ったのです。 でないと私たちに生きるすべがなかったのです。 おおイエスよ、憐れみください。 |
《ヨハネ受難曲》
ヨハネによる福音書は『はじめに言葉があった』と始めています。これは、天上におけるキリストの話から書き起こしているのです。
言葉(ロゴス)とは知恵であり、それはイエス・キリスト自身を表しています。
すなわち、ヨハネによる福音書は地上ではなく天における「誕生」からストーリーが始まっているのです。
それではヨハネ受難曲ですが、バッハは記録によると生涯に4回ヨハネ受難曲を演奏しています。最後の記録が1749年ですから、バッハが最後に演奏した受難曲はヨハネ受難曲ということになります。
この受難曲の導入部ですが、受難を通して真の神の子であるイエスが最も「低きとき」において栄光となったことを歌います。最も「低きとき」とはこの世における人間の最も悲惨な状況、これ以上ない苦痛ということです。そうした最も「低きとき」においてこそ最も高い存在になったというパラドクスをバッハはこのヨハネ受難曲の最初で示しているのです。
*
導入における音楽的象徴
・ 十字架のモチーフ・・・・・・・・
オーボエとトラヴェルソの前奏
・ ゴルゴタの丘への道行き・・・弦楽器による同じリズムパターンの繰り返し
・ 三位一体・・・・・・・・・・・・・・・・合唱の入りで「Herr(
主よ )」と3回繰り返す
・ 「低きとき」・・・・・・・・・・・・・・・「低きとき」という歌詞の部分で全パートの音程が低くなっている
・ 神(
Goott )・・・・・・・・・・・・・・調性が g-moll ( Gが共通 )
《マタイ受難曲》
マタイによる福音書はイエスキリストの系図から始まり、キリストの誕生のいきさつが次にくるよう書き起こしているのです。
系図の始めに『アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図』となっているのは旧約聖書の預言が成就されたことを意味しています。
そして、地上におけるイエスの誕生からドラマチックにストーリーが展開してゆくのです。
この受難曲の導入部は、まさしく今目の前をイエスが十字架を背負い、ゴルゴタの丘へ向かう場面が展開されていることを感じさせてくれます。
合唱が歌う「まるで小羊のような花婿」とは、まさしく最も「低きとき」へ向かうイエスをさしているのです。
「シオンの娘たち( 第1合唱グループ )」はこの出来事を間近に見て報告し、「信ずる者たち( 第2合唱グループ
)」は緊張感に満ちた応答をし、「コラール」はこの場面の深い宗教的意味付けをしているのです。
そしてその中を無言のイエスは「まるで小羊のような花婿」として歩いています。
この様にバッハはマタイ受難曲の各場面で、ヨハネ受難曲に比べると非常にドラマチックな展開をしていくのです。
* 導入における音楽的象徴
・ 十字架の象徴・・・・・・・・・・・大切な歌詞の部分で臨時記号♯を使う( ♯=クロイツを意味する )
・ ゴルゴタの丘への道行き・・・全オーケストラによる音型
・ Christ・・・・・・・・・・・・・・・・・C-Durへの転調
・ 三位一体・・・・・・・・・・・・・・・「シオンの娘」「信ずる者たち」「コラール」がまさしく
【バロック時代の舞曲を知ろう】
さて、今回からはバロック時代の組曲、ソナタにとどまらずこの時代の音楽を演奏する上で欠かすことのできない、バロック・ダンスの演奏法について考えてみたいと思います。
(1) 実に簡単な概観
昔から宮廷の人々から庶民の間まで様々な階層の人々に舞曲やそのための音楽は親しまれてきました。そして、それは「ダンスの世紀」と言われた16世紀に大きな高まりを見せるのです。
この時代からこうした舞曲を楽器のみの演奏で楽しもうという試みが行なわれ、フランスやドイツなどでリュートやチェンバロという楽器のための組曲が多く作曲されるようになりました。
特に鍵盤楽器の作曲家達が、いくつかの舞曲を一定の順序で並べる「古典組曲」の形式を確立させていきました。
アルマンド ⇒ クーラント ⇒ サラバンド ⇒ ジーグ という形で、これをフローベルガー(作曲家の名前)様式と読んでいます。
ルイ14世が親政をはじめた1661年以降ヴェルサイユ楽派の音楽家たちによって、リュートやクラヴサン、トラヴェルソやリコーダーといった楽器や室内楽による組曲、冒頭に「フランス風序曲」をもつ管弦楽組曲が作曲された。
この形式はその後バッハにとどまらずソナタ形式の成立やシンフォニーの成立等18世紀中頃までヨーロッパ音楽に大きな影響を与えました。
(2) フローベルガー様式の舞曲から
アルマンド( Allemande )
古い型 ( プレトリウス ) | 新しい型 ( マテゾン ) |
アルマンドはドイツの歌又は踊りをさす。 というのは、アルマーニャはゲルマニアのことであるし アルマンというのはドイツ人のことだからである。 この舞曲は敏速なものではなく、どちらかと言えばガィヤルド よりは感じが重くゆったりとしている。 それ故、アルマンドの中には何一つ極端な動きは用いられない。 |
アルマンドはハーモニーを熟考して、アルペジオにしたもので 満足に浸っている気分のもので、よき秩序と静けさを楽しむものである。 |
ドイツが起源の中庸な速さの輪舞で技巧的な装飾を施され、しばしば荘厳な感じを持つことがあります。
静かに瞑想するようなステップ・ダンスで、組曲の中では冒頭に置かれます。
多くは4拍子で拍節のアクセントは強拍の上にあります。
リコーダーで演奏すると (私の経験から) |
・極端なクレッシェンドやヴィブラートをかけられない音楽 ・ワン・ブレスの流れを大切にしてクリアーなタンギングが要求される。 ・フランスの作曲家の作品でもイネガルの使用は少なく、限定される。 ・テンポは=92くらいが良いように思う。 |