陳珊[女尼]に寄せて(01.05.31) |
■今だから言うけど、一時ぼくは陳珊[女尼]が好きでなくなった時期があった。 ■ぼくが最初に買った陳珊[女尼]のアルバムは何だったか記憶が定かではないのだけど、とにかく香港に行ったとき買い求めた「四季」にぶっ飛ばされるほど感動した。 生のドラムとベースが作り出すグルーヴ、ギターの鋭い切れ、メロディー・ライン、何もかもが素敵で、アナログ盤を模したCD盤のデザインもかっこよかった。 ■「我從來不是幽黙的女生」は、良いとか悪いとかいうのじゃなくて、ぼくには何かはっきりとしない理由で、元気がないような気がした。決してダウナーな曲が嫌いなわけではない。 そして、なにより一緒に入っていたPVが好きになれなかった。 良い悪いではなくて、音楽は楽しいもの、心安らぐものありたかったから、とにかくそのPVは手元に置いておきたくなかった。 ■今、ぼくは陳珊[女尼]が再び好きである。彼女のつくる曲は、メロディーにも音の選び方にも彼女にしか成し得ないひらめきを感じる。 詞に関しては感想を言えるほど中国語を理解できないのが悲しい。 でも江美hに提供した「悄悄話」を歌詞を眺めながら耳を傾けていたら、涙が出てきた。 「・・・感動。」という最後の歌詞に本当に感動してしまった。 楊乃文に提供した「應該」も素晴らしかった。 陳珊[女尼]はアーティストなんだなと思う。別に全部の曲が好きでなくてもそれは構わない。 それは絵だって同じ。好きな絵もあればそうでない絵だってある。 いいものはいい。そういうものだと思うから。 |