在宅医療よもやま話

 

 Sさんは祈祷師である。年は80歳近い。ひどい胃潰瘍で病院に入院していた。治療によって、潰瘍の方はすっかり良くなり退院する事になったのだが、最近足が弱くなってきた上に、車酔いするので病院に通うのは容易でない。 そこで病院の先生から私の方へ連絡がきた。早速病院の方へ訪問に伺い、主治医の先生や看護婦さんからいろいろと申し送りを受けて、退院後は当院で訪問診療を行う事になった。
 
 退院してまもなく自宅を訪問してみると、割と元気にしていた。足はさすがに力が弱いが、食事はちゃんと食べられるし、症状の方も落ち着いている。食事や身の回りの世話は、お弟子さんがしっかりやってくれていた。持つべきものは弟子かも知れぬ。

 退院して1ヶ月くらい立った頃、かぜをひいて胃腸の調子を崩し、あまり食事が食べられなくなった。声にも元気がない。血液検査でも異常が出ている。飲み薬の他に何日か点滴をしたところ徐々に調子が出てきた。先日久しぶり(といっても2週間ぶり)に訪問したところ、非常に元気で声もしっかりとしていた。ご祈祷の方も再開したそうで、毎日少しずつお勤めに励んでいるようだ。信者さんも少しずつ戻ってきているようだ。訪問に行く度に私の手や足を触ってみてくれるのだが、今のところご利益は不明である。(私の信仰心が足りないせいかも知れぬ。)

 しばらくたったある日、訪問してみると、前日の夜からまったく眠らずに一晩中動き回っていたとお弟子さんが言う。以前にも同様のことがあったそうで、本人が言うには霊が取り付いたときにこのような状態になるのだそうだ。今回の霊はかなり強大で、回復するのに1週間くらいかかるだろうと言う。食事もあまりとらない。会話も時折できるが、どうも焦点が定まらない様子である。一通り血液検査などして、大きな問題がなければこのまま様子を見ることにした。

 2週間ほどで霊も去り、いつもと変わらない様子に戻ったが、血糖が300から400もあってこのままではまずい。すでに糖尿病の薬はかなり飲んでいるのだが、飲み薬ではなんともならない状態になってきている。そこで、お弟子さんに頼んで、朝夕2回、インスリンの注射をしてもらうことにした。最初の指導の頃はかなりぎこちなく不安な手つきだったが、1週間もたつと慣れて、上手に注射ができているようだった。その後、血糖も少しずつは低下してきており、平穏な日々が続いている。祈祷の仕事のほうも少しずつ再開しているようだ。
 

 Nさんは90歳のおばあちゃん、最近かなりボケが進行してきた。日によってかなり感情が不安定で、時に攻撃的にもなる。先日訪問に行ったときには、ニコニコして迎えてくれ、診察したら何度も手を合わせて感謝していた。来てくれる知り合いの人もかなり少なく、人恋しいのだろう。

 たいていはこんな感じなのだが、前回の訪問のときは機嫌が悪かった。昔のゲートルの巻き物を一人でいじっていて、訪問に行っても振り向きもしない。声をかけてもうるさいと相手にしてもらえない。診察しようとすると怒り出して攻撃的になってしまった。こんなときは無理に押さえつけてもますます反発するだけである。ゲートルはそのままいじらせておいて、話もうまく合わせておいた方が良い。家の人からあまり変わりのない事を聞き、ひとしきり作業が終わったところで血圧だけ測って終了とする。日を改めてまた訪問に行くことにしよう。

 訪問診療にいく予定だったのだが、家人から連絡あり、昨日灰皿のタバコを食べて病院に入院しているとの事。結構痴呆が進んできて、ちょっと目を離せないようになってきた。退院したら早めに訪問して、家の人といろいろ相談する必要が有りそうだ。

 その後は比較的落ち着いた状態が持続している。食事も自分ではあまり食べられなくなってきたが、食べさせればしっかり食べられる。かぜもひかない。攻撃的なこともない。家の人もこのまま在宅で様子を見たいとの希望なので、定期的に訪問診療を予定する。
 

 Mさんは、月2回の訪問診療を楽しみにしている。10年くらい前に脳卒中を患い、右の手足が不自由である。糖尿病もある。心臓弁膜症もある。ひととおり診察が終わるとリハビリの時間である。廊下に出て、ズックをはき、軍手をはめて準備完了。廊下には手すりがずっとつけてあり、ここがリハビリの練習場だ。立ち上がって屈伸、それからおもむろにつたい歩きを始める。まず左へ進み、コーナーを超えて端まで行くと右へ逆戻り。往復すること2回、最後はバックで後退して終了する。さすがに少し息が切れる。
 
 Mさんは訪問看護を受けているのだが、看護婦さんのほうから耳垢が固まって耳がふさがっていると連絡が入った。行ってみてみると、確かに左の耳はすっかりふさがっている。綿棒などでは歯が立たない。何とか取りたいのだが、とりあえず今回は退散し、近日中に道具をそろえて再挑戦とする。

  翌週、耳鼻科用のピンセットと耳鏡をもって再挑戦、点耳薬をたらして耳垢を柔らかくし、ピンセットで引っ張ると指先ほどの大きさの耳垢?が取れた。鼓膜はまったく異常ない。耳垢をほぐしてみるとどうも異物のようだ。わらのくず?髪の毛??が丸まったもののようだ。取れたら、大変良く聞こえるようになったと喜んでいた。

 おばあさんはニコニコ笑ってみている。おばあさんにも運動をしてやせるようにしつこく言っているのだが、68kgの体重はちっとも減らない。血圧は最近少し安定してきた。このままじゃおばあさんが病気になっちゃうよ−。おじいさんは言葉も少し不自由なのだが、おばあさんには文句を言う。おばあさんも負けずに言い返す。いろいろ文句を言い合いながら、結局は仲のいい2人なのである。
 

 Kさんは10年くらい前に脳梗塞になり、物をうまく飲み込めない。まちがって気管の方に飲んでやって、何度も肺炎を起こして入院した。それで、5年くらい前におなかに穴をあけ、胃の中に外から管を入れて、そこに栄養剤を注入している。おばあさんと二人暮らしで、1日3回おばあさんが栄養剤を入れている。訪問看護婦や、訪問入浴サービスを受けている。
 
 胃の中に入れてある管の先には風船が着いていて、水を入れて膨らませて抜けないようになっているのだが、最近その風船が破れて管が抜けることが何回かあった。緊急を要する事態ではないが、管が入っていないと栄養剤を流すことができない。その都度往診して入れなおしたが、あまりに何度も破れるのでメーカーに苦情を言って全部交換してもらった。たまたま不良品に当たったのだろうが、家族にしてみればかなり不安だったと思う。  

その後チューブを別のメーカーのものに変更した。たまに破れることもあるが、比較的状態としては安定している。天気のよい日には車椅子に乗って散歩にも出かける。散歩に行くとニコニコして機嫌がよい。夏休みはお孫さんも来て、ニコニコしっぱなしでいつもよりよだれが多く出ていた。
 
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