4.ちくび
女性のそれならまだしも、たとえば吸い付いてみたいとか、全く思わないんだが。
かといって、ないというのも、へそのない人間のようで、なにやら座りがわるい。
進化の過程の置き土産のようなものだが、まったく男性の乳首というのには、不思議な存在だ。
ごく間近にあるそれを、矯めつ眇めつしながら、たまにはつついてみたりしながら、ロイはそんな妙な思索に耽っていた。
「ローイ、キミはさっきから何を研究してるのかな?」
先刻までの甘やかな雰囲気の中ならともかく、明らかに対象物を観察する科学者の目で見られてはヒューズもいささかいたたまれない。
一応、そこは性感帯でもあったりするわけだから。
「いや、男の乳首というのは考察に値すると思ってな」
「……いったい何の?」
「人間の進化と無駄」
「……深い思索をしてらっしゃるのね」
とほほ、という顔をしながらも、ヒューズは研究熱心なパートナーの好きにさせていた。下手に中断させると怒り出すし。まあ、こちらがその気になってしまったなら、それはそれで、そういうおまえが悪いんだと責任転嫁もできるわけだし。
「ああ。ところで、おまえ、妙なとこから毛が生えてるな」
ロイの言葉に自分の胸元に視線を向けたヒューズは、乳首のすぐわきにあるほくろからのびる、黒く太い毛に気付いた。
「ああ? あれ? ホントだ。いつのまに」
「女性の場合、この場所に生えるってのはまずありえないんだろうな。子供が口に含むのに、ここにあってこれはあきらかに異物だ」
「い、いたいって。ひっぱるなよ。つか、ロイくんは、含んでみたいとかは思わない?」
「思わないな」
「まったく?」
「ぜんぜん」
真顔で首を振るロイに、ヒューズはがくりとした表情で呟いた。
「オレはおまえのそれにそういうことを思ったりのするんだがなあ」
「それはおまえが変態だからだ」
「…………」
あまりにもあまりにもな即答に、ヒューズは自分の腕の中におさまっている相手をまじまじとみつめた。
いま、なんておっしゃいました?
「的確すぎて返す言葉がないか?」
どこか誇らし気なロイに、ヒューズは困惑した表情で問い返した。
「じゃあ、その変態の相手をしてるおまえって?」
「単なる物好きだ」
これまた即答に、ヒューズは呆れ、それから吹き出した。
ロイは、そんなヒューズを不審そうな顔でにらみつける。
彼にしてみれば、別に、狙ったわけではないのだ。
彼の論理でいけば、男であるロイに欲情するヒューズは、彼にしてみれば十分変態の部類に入るし、それなのにそんな彼につきあっているロイは、変態でないのなら物好き以外の何ものでもない。
それにロイは、下手に感情が絡まない方が気が楽でいいと思っていた。この関係に下手な説明を持ち込むのは、それこそ男の乳首のように面倒なものになるだろう。
とはいえ。あまりにも笑い転げるヒューズがしゃくに触った。
別に、噛んだり含んだりをするつもりはないが、爪の先で目の前の突起を押しつぶしたり摘んだりしてやるのには、あまり抵抗はない。
どれほどの痛みかの想像はつくが、それは今現在自分に振るかかるものではないので無視してよい情報だ。
ロイは改めて自分の指の爪をながめてみた。
女のように鋭利な爪ではないが、そろそろ切ろうと思っていた程度には伸びている。
とくに人さし指の爪はいい伸び具合だ。
「男の悲鳴って、面白くないな…」
ロイはごく簡単に感想を述べたが、悲鳴を強制されたヒューズはそれどころではなかった。
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