ぼくたちの失敗

 ―タイムリミットまであと3分。

 戦況はロイやヒューズの側がやや劣勢。このまま攻撃防御を続けても負けることが目に見えている。
 負けを認めて、降伏するのも一つの手ではあるが、ロイはそれを良しとしない。
 負けず嫌いのロイは今まで使っていた武器を地面へ無造作に放り投げると、ポケットから発火布を取り出す。
 それに気付いた味方陣営の者が「まずいんじゃないか」と言ってきたが、ロイは「構うものか」と一蹴した。
 そして、前衛に居る者たちに被害が被らないよう、敵側に向けて狙いを定めると、勢いよく指を擦り合わせた。
 チリチリと音を立てながら小さな焔が前衛の頭上を通った後、焔は一気に大きく膨らみ敵側陣営の前で大爆発した。
 爆音と共に悲鳴が上がり、爆発の衝撃で次々と爆風の合間から人が吹っ飛んでいく。
 ―敵側前衛全滅。
 前衛をしていたヒューズはその様子を見ながら、しばらくぽかんとしていたが、ふと我に返りロイのほうを向いて
『おっ、おい! 錬金術はなるべく使うなって言われてただろ!』
 と叫んだ。
『やかましい! 焼死体になりたくなかったら後ろへ下がっていろっ』
『うおわっ!?』
 ロイが再び構えたので、ヒューズは慌てて地面へと這いつくばった。
 パキン!と指を鳴らす音が聞こえるのと同時に敵陣営に真っ赤な焔がいくつも降り注いでいく。
『うわあああっ!!』
 敵側陣営に居た残りの者たちは悲鳴を上げながら陣営から離散していった。
 まさしく蜘蛛の子を散らすといった状態に、ヒューズは苦笑いを浮かべるしかなかった。
 紅く燃える焔は容赦なく大地に降り注ぎ、敵陣営はあっという間に地獄絵図となる。
 衣服や髪に着火して「熱い! 熱い!」と言いながら走り回り、のた打ち回る者、爆発の衝撃で気絶している者…気付けば敵側陣営全てがほぼ壊滅状態となっていた。

 ―タイムリミットまであと1分30秒。
 錬金術を使った恐るべき巻き返しにより、ロイ達の勝利となった。

 勿論、この勝利については非難囂々であったが。



 模擬戦終了後。
 勝利を祝おうと、部屋に隠し持っていたビールを持ち出し、祝杯を上げることにした。
 部屋で飲むと酒の匂いが残る上に、時々教官たちの抜き打ちチェックがあったりするので、危険なのだ。
 だから、ロイとヒューズは屋上に続く階段で勝利の美酒を味わっていた。
 この場所は普段から立ち入り禁止にされている上、屋上の扉の前には様々な備品が置かれ物置状態になっている。壁についている窓も小さく陽があまり差し込まないので、昼間でも薄暗い。しかし、夕方になると太陽の位置の加減で夕日が差し込み多少は明るくなる。今はまさにその状態である。
 誰も近寄らない陰気な場所ではあるが、隠れて祝い酒を飲むには格好の場所だ。
「しかしまあ…あれはやりすぎだろ」
「うるさいな、勝負に卑怯もクソもあるか。勝てばいいんだ、勝てば」
 そう言うとロイはぐい、と残りのビールを喉へと流し込み、空の缶を傍らへ置いた。
 威勢のいい飲みっぷりにヒューズはひゅうっ、と小さく口笛を鳴らすと
「結構いけるなぁ。まだあるぞ。飲むか?」
 更にロイにビールを勧めた。
「ああ」
 ロイはヒューズからビールを受け取ると、すぐに封を開け、口をつけた。
「こんなところ見られたら確実に停学だな」
 軽口を叩きながらヒューズも残りのビールを喉へと流し込む。
 ぐしゃりと潰した空き缶を傍らに置いて、何の気なしにロイのほうを見たヒューズはぎょっとした。
 ロイの表情は、酒が入ったせいで心なしかとろんとしていて、少し幼さの見える顔の中にも色っぽさが混じっている。
 さっきまで緊張でカラカラに乾いていたロイの唇もビールを飲んだおかげですっかり潤っていた。
 男にしてはふっくらとしていて、形のいい唇。
 触れたら一体どんな感触がするのだろう。
 きっと、マシュマロのように柔らかくて、蕩けてしまいそうな…。
(キスしてえ…)
 そんな欲求がヒューズの中で沸き起こってくる。
 ダメだ、とは思いつつも、すきっ腹に注ぎ込んだお酒のせいで、今のヒューズには欲求を抑え切れるほどの理性は残っていなかった。
「ロイ」
 名前を呼ばれたロイがゆっくりとヒューズの方に顔を向けた。
「ん?」
 今まで見たこと無いほど素直で穏やかなロイの顔。
 …その顔にキた。
 徐にヒューズはぐい、とロイの肩を抱き寄せる。
「? ヒューズ…?」
 少し舌足らずな口調でロイが言う。
 酔ったせいで少し幼い態度を垣間見せるロイに胸が切なくなるのを感じながら、ヒューズは肩を抱いていた手を首から顎へと滑らせて、ロイの顔を上向かせ、自分の方へと向けた。
 間近にあるヒューズの顔を見ながら、ロイは不思議そうに目を瞬かせていた。
 これから何をされるのか酔っているせいで、いまいち理解できていないらしい。
(酔うとこんなに可愛くなるのか…反則だな)
 そんなことを思いながらヒューズは更に顔を近づけて
「…ヒュー…んっ」
 ロイが最後まで言い切るのを待たずに唇を塞ぐ。
 予想通り…というよりも予想以上にロイの唇は柔らかくてヒューズは驚いた。
 女のそれと遜色ないほど柔らかくて、本当に触れた部分から蕩けてしまいそうになる。
 こんな極上の唇ならディープでたっぷりとキスしたいところだが、流石に初っ端からディープは躊躇われるので、啄ばむような優しいキスを2、3度して、すぐに唇を離した。
「……ヒュー…ズ…?」
 唇を離してロイの顔を見てみれば、困惑が露になっていた。
 当然といえば当然の事だ。
 いきなり親友にキスをされたのだから。
 ロイは呆然としていて言葉も発しない。またヒューズも言い訳など言えるはずもなく黙りこくっていた。
 何だか何ともいえない気まずい雰囲気になって、その雰囲気に耐え切れなくなったヒューズは
「…悪ィ。俺、酔っ払ってるわ」
 ガシガシと頭を掻きながらすっくと立ち上がり
「ちょっと頭冷やしてくる。先に部屋帰っててくれ」
 とロイのほうを向くことなくそう言い残して、その場から立ち去った。









 頭を冷やすと言ってヒューズが向かった場所は男子トイレだ。
 洗面所の冷たい水を頭に浴びて、本当に頭を冷やしていた。
 火照った頭に冷たい水は心地良く、蟠った熱が一気に拡散していき、次第に酔いが覚めてくる。
 意識が大分鮮明になったところでヒューズは顔を上げて、水道を止めた。
 キキュッという金属音が誰も居ないトイレにやけに大きく響いた。
 顔に滴る雫を拭いながら鏡を覗き込むと、後ろに撫で付けている前髪は額に落ち、水に濡れた髪はボサボサの状態となっていた。
 顔もまだところどころ土で薄汚れていたり、擦り傷がついて血が滲んだりしている。
「ひっでぇ顔」
 こんな顔であいつにキスしたのか、と自虐的に笑いながらヒューズは言った。
 髪からしたたる水滴が鬱陶しくてヒューズはブルブルと頭を振って水滴を飛ばすと、洗面台に手をついて、ついさっき自分がしでかした事を思い返し…がっくりと項垂れた。
(あいつ、何も言わなかったけど…。怒ってるよな…絶対)
『何考えてんだ、この馬鹿!』
 と罵られる自分の様子がやけに鮮明に想像できて、泣けてきた。
(嫌われたかも…)
『ホモ野郎。気持ち悪い、近寄るなっ。俺の事そんな風に見てたのか!』
 そこまで想像してヒューズはどんどんと落ち込んでいった。
 心臓に何かが重く圧し掛かっているような感覚に、思わず胸を押さえた。
 ロイはノーマルだ。それは間違いない。
 女(特に年上)殺しのロイ・マスタングと同級生からも言われるほどロイは女性に不自由はしていなかった。
 事実ロイが女と会っているのをみたことがあるし、彼女と顔をあわせたこともある。
 ただロイが女性と本気で付き合っていたかどうかは解らない。ヒューズの前で女の話は一切ロイはしなかったからだ。
 またヒューズも女には不自由はしておらず、現在付き合ってる女が居る。
 付き合っていると言ってもたまに会ってセックスをするだけの、言わば身体だけの関係だ。性欲処理には都合がいい…それだけの理由で付き合っているだけで、好きとかそんな感情は一切無いし、相手の女もヒューズに対して恋愛感情は持っていない。
 身体だけのオトナな関係は気楽だし、気持ちイイものではあるが、まだ自分の中でうまく割り切れていないところは、まだ自分が若いからだとヒューズは自覚していた。
 別に相手の女に自分のことを好きになって欲しいとは思わないが、同じヤるなら本命の相手が良いではないか。
 ヒューズの本命はあくまでロイ・マスタングだ。
 ロイへの想いはいつから芽生え始めたか、それは定かではないが、気付けばロイのことを目で追っていて、傍に居たいと思うようになって…もう後戻りできないほどロイを好きなっていた。
 勿論、ロイに自分の想いなど伝えられるはずが無い―伝えてはいけないと思ったヒューズは親友と言うポジションを維持し続けることを選んだ。
 しかし、今日のことで築き上げてきた全てが壊れたような気がした。
 酔っ払ったせいで、今まで溜めに溜めたどうしようもない感情が一気に噴出してしまった。
 いや、酔いのせいにするのは卑怯だ。結局は抑え切れなかった自分に責任がある。
(くそっ…)
 悔しさと不甲斐無さに顔を歪めながらヒューズは、洗面台から離れると、部屋へと戻るべくトイレから出て行った。

 ―ロイが居るはずの部屋へと。



 いつもなら何のことは無い部屋の扉を開けることすら今日は酷く躊躇った。
 扉の前で数分ほど考え込んで、柄にもなくノックなんかして、ドアノブに手をかけてゆっくりと部屋の扉を開けた。
 木製の扉のはずなのに鉄の扉のように重く感じる扉を開け、部屋に入り、ベッドに寝転がっているロイの姿を確認すると、思わず息が詰まりそうになった。
(やっぱ外出なんかするわけないよな…)
 一つ深呼吸をして気持ちを鎮めるとヒューズは、ロイが自分に気付いて口を開くより早く
「さっきは悪かった」
 と先手を打った。
 先手を打ったのは先に怒られる前に謝っておいた方が得策だと思ったから。でも本音はロイに罵られて傷つきたくなかったからだ。
「俺、酔っ払ってたからさ」
 至って明るく振舞いながらヒューズは自分のベッドへと腰掛けた。
 この明るい態度も情けない姿をロイ見られないための必死の虚勢だ。
 ちょうど真向かいのベッドに居るロイは別に怒った風でもなく少し不思議そうにヒューズのほうを見ていた。
「男なんかにキスされて嫌だったろ?」
 自虐的な質問だ、と我ながら思いつつヒューズは言った。嫌だ、と言われて傷つくと解っていながらも言わずに居られなかった。何故、言ってしまったのか。
 嫌だ、とロイが言えば、やっぱそうだよなぁと笑ってしまえばこの話は終わる、そう思ったからだ。
 男にキスされて嫌だと思わない男なんてそうそう居ない。
 ロイもノーマルなのだから嫌悪を感じて当然だ。
『嫌に決まってるだろ、この馬鹿』
 きっとそんな風にロイは言うと思っていた…しかし。
「…別に」
 ロイの言葉にヒューズは一瞬耳を疑った。
「へ?」
 と思わず間抜けな声を出してしまった。
「別に…嫌じゃなかった」
 そのロイの言葉にヒューズは「嘘だろ!?」と心の中で絶叫した。
「ロ、ロイっ…」
「今日は模擬戦で疲れたから寝る」
「ロ…」
「お前も早く寝ろ」
「あ、ああ…」
 ヒューズは些か放心状態で、もぞもぞと布団の中に潜っていったロイの背中を見ていた。
 早く寝ろ、というロイの言葉どおり、ヒューズも布団の中へと身を沈める。
 既に寝息を立て始めているロイの背中を見ながら、ヒューズは「参った…」と思っていた。
 てっきり嫌だと言うと思っていたのに、ロイが言ったのはその逆だ。
『嫌じゃない』とはっきり言った。
 冗談で言ったのか、それとも…。
 ふと頭を過ぎった考えに、そんなはずは無い!とその考えを頭の中から抹消した。
 そんなことはあり得ない…あるはずがない…いやでももしかしたら…ああ違う違う!そうじゃない、そんなことは絶対に無いんだ…!
 終わりの見えない自問自答にヒューズは一晩中悩まされる羽目となり、一睡も出来ず…翌朝の寝覚めは最悪だった。
 朝起きてふとロイのベッドを見やれば既にロイは居らず、綺麗にベッドメイクがされていた。
 ぼんやりとする頭でぼけっとしながら、壁掛けの時計を見やると、既に時計の針は始業時刻20分前を指していた。
「やっべ…!」
 幸い昨夜は制服を着たまま寝ていた(というよりも着替えることまで頭が回らなかった)ので上着を羽織るだけで準備は完了した。顔を洗う時間、ましてや髪の毛までセットする時間などあるはずもなく、寝起きそのままの状態で教室へと駆け込んだのだった。
 ヒューズが教室に入ると既にヒューズ以外全員が席について、教官を待っていた。その中に勿論、ロイの姿もあった。
 ロイの席はヒューズの席の隣だ。まだ少し時間があったので昨夜の事について話をしようと思ったが、担当教官が丁度教室に入ってきたので、タイミングを失ってしまった。
 日直の起立礼の号令の後、すぐに授業が開始される。
 当然、頭の中が昨日の事で一杯一杯のヒューズに、教官の声など耳に入るはずもなく、何の授業をしているのか全く認識をしていない。
 昨夜のロイの「嫌じゃない」発言を思い出すだけで頭は困惑し、それに…
(やべ、思い出した)
 初めて触れたロイの唇の感触を思い出して、ヒューズは顔だけではなく、股間までもが熱くなってくるのを感じた。
(柔らかかったよなァ…あいつの唇…)
 触れるだけのキスだったもののぞくりと背筋が痺れるほど性感を感じた。
 初めてのキスでも無いのに、ものすごく心臓がドキドキした。
 あのままディープに持ち込んでたらどうなってただろう。
 最初少し苦味のあったキスは深くなるうちにどんどん甘くなっていって、甘い唇を思う存分味わって…
『……ズ』
 口の端から唾液が滴るぐらい味わった後は、くったりとしたロイの身体をそっと抱きしめてそれから
『……ヒューズ…』
 服の上からロイの身体を愛撫して、感じるところを見つけては攻め…
『…ス・ヒューズ』
 泣く寸前まで焦らして、「もう駄目だ」とロイが哀願してきたら、思う存分気持ちよくしてやって…最後は…勿論一つに…!
「マース・ヒューズ!!」
 いきなり耳に飛び込んできた怒声に不埒な妄想に耽っていたヒューズは一気に現実へと引き戻された。
 ふと顔を上げれば、ゴリラ顔と称される教官の顔がヒューズを見下ろしていた。
「…は、な、何ですか」
「何ですかじゃない。授業を聞いているのかお前は」
「えっ、き…聞いてますよ」
「よーし。じゃあ、さっき私が言ったページを読んでみろっ」
「は、はい」
 どこだ?と思いつつも、まあ適当で良いかとヒューズは開いている教科書のページを適当に読み始めた。
「えーと…薄力粉、ベーキングパウダー、塩を2〜3回粉ふるいにかけ、空気を含ませ…」
 読み始めた途端、クラスの全員が一瞬ざわめき、そして、すぐに押し殺した笑いが拡がり始めた。
 ヒューズはそれに気付くことなく
「卵2個をボールに割り入れ、ハンドミキサーでほぐし、そこにグラニュー糖を加え…」
 と更に続けた。
「もういい」
「え?」
「おい。今は何の授業か解ってるのか?」
「はっ、えっと…」
 ヒューズは読んでいた教科書を裏返して、教科書の表紙に書いてあるタイトルを読んだ。
「おいしいケーキの作り方‐実践編‐です」
「今は外国語の時間だ! 馬鹿者!」
 教官は手に持っていた教科書を丸め、ヒューズの頭を思い切り叩いた。
 スパーン!と小気味良い音が教室中に響いたかと思うと、どっと教室が笑いで沸き立った。
「おいっ、お前ら! 笑うな! 静かにしろ!」
 と教官が怒鳴り散らすも中々笑いは納まらない。
 業を煮やした教官が「単位をやらんぞ!」と脅すとすぐに教室は水を打ったように静かになった。それでも、くっくっ、と肩で笑っている奴が数人ほどいた。
 授業再開の雰囲気になったところで、ヒューズは殴られてジンジンする頭をさすりながらふとロイの方を見やる。
 するとロイはヒューズの視線に気づいたように、こちらへ顔を向けてきた。
 そして
「バーカ」
 と小さな声でひとこと言って、すぐに目線を教科書へと戻した。
 バーカ、と言ったロイの表情は完璧なまでに無表情だった。
 せめて笑っていてくれれば救われるのに…ロイの一言はヒューズをどん底に叩き落すのに十分すぎるほどの攻撃力を持っていた。
(そうだよな、馬鹿だよな…ははは…はは…)
 昨日は勢いでキスをしてしまうし、今日はひどい状態で遅刻の上、教科書も思い切り間違えていて、教官に怒られるし、皆の前で恥はかくし…本当に馬鹿だとヒューズは思った。
 抜け殻と化したヒューズはぐったりと机に突っ伏してしまった。

 そして、今度は居眠りをしていると勘違いされ、再び教官の怒声が教室に響き渡るのはそれから間も無くのことだった。












とうこ様から青春な二人をいただきました、はあはあ…!なんかヒューズの空回り具合が愛おしいですね、本当にありがとうございます!とうこ様の素敵テキストサイト様はこちら。にゃんこのロイちゃんも可愛いですよ。