生き還らせなど
してやらない
お前の心も体も
奥方と娘御にくれてやったのだから
お前の最期は
私がもらおう
お前を造る
一粒 一滴
残さずこの手で無に還す






  掛焔硝





暁には遠い空の下。
ぼんやりとした月明かりをたよりに歩く。
街の外れのただっぴろい軍有地。
きしむ門扉を開けば
見渡す限り、等間隔に並んだ墓石が迎えてくれる。


馴染みの墓守は、手土産のワインを喜んで開けた。
酒の好きな老爺だ。
少し昔話に花を咲かせていれば、その内寝入る。
「大佐におなりか、えらくなったもんだ」
「以前いらしたのはいつでしたかな」
「こんな時間に来るのは変わりませんなぁ」


  「今晩はどなたをおたずねで?」


雲ににじむ月が照らしたそれはつるりと光って真新しい。
幾千幾百の墓標の中から迷わず、その前に立つ。
墓前は、まだ匂いやかな白い花々で埋められていた。

「来たよ、ヒューズ」

これから私がしようとしていることがわかるだろう?
嫌だというならここへ来て止めてみたらどうだ。

その場に膝をつき、
昼間に固められたばかりの土肌へ指を滑らせる。
湿り気を帯びた土くれが爪と指の間を埋めていく。
はやる気持ちは
ベッドで一人待つ心持ちにも似て。
…もう待てども誰も来ることはないのだけれど。
苦く、笑えた。


描き終えた陣へ、祈るように両手をつく。


一瞬の閃光。
失せた時には目の前に
これまた真新しい棺が一つ。
硬く閉ざされたその蓋を開けることなんて造作もない。
また閃光。
開いた棺の中には同じ軍服をいつになく丁寧に着込んだ、親友にして
「なんだろうな」

信頼のおける部下

「私はお前にとってなんだったのだろうな」

同僚
腐れ縁
愛人
セックスフレンド

「聞きそびれたな」

硬く冷たい体を棺から引きずり出した。
声も肌の熱もなにもないそこから、思い出せるのは
酔いつぶれたところを引きずって帰ったその重みだけか。
棺のわきに敷いた外套に横たえるとその肩と襟から階級章をはずす。
ヒューズ准将なんて知らない。
はずした階級章は棺の中に放り込んだ。
その棺はきっちり蓋をして、再び地中深くにうずめた。

「さて、帰るか」

二人で。




生き還らせなど、してやらない。
ヒューズ。
生きていればお前はお前の家庭のものだ。
生きていればお前は永遠を誓った伴侶とその娘のもとへ帰ってゆく。
生きていればお前はいつか家族と私を天秤にかける日が来たかもしれない。
お前は迷わず家族を取るだろう。
好きな相手が幸せであれば、自分もまた幸せ
などという境地には、私は一生至れないであろうよ。
お前を生き還したところで
私によいことなど一つとしてないのだよ。

気まぐれに抱いてくれる以外は
ほったらかしなんて
そんなの帳尻合わせにもならない。





帰り着いたのは
ヒューズくらいしか来た事の無い
こぢんまりした一軒家。
寮を出てから、初めてもらった給料を頭金に買った
自分名義の私邸だ。
給料が上がるにつれ、一つ、地下に部屋を造った。
二つ名である焔を揺ぎ無いものにするための訓練部屋。
並大抵の温度では融解することのない鍛えられた鋼鉄を
壁として据えてある。

5メートル四方ほどの部屋の中心にヒューズの亡骸を横たえた。
その顔は憎らしいほどに安らかで、落ち着いたものだ。
部屋の床にはすでに、三つほどの練成陣を用意してある。
服の下に隠して、己の身にも一つ。
全ての準備は終わっている。
あとは手袋をして、指を擦り合わせる、と慣れた手順だ。
その前に亡骸の傍らへひざまずく。


『キスは無しだ。別に恋人ってわけじゃないしな』


通った鼻筋に
いくつものキスを贈る。
最初で最後の口付けは
ひどい死臭と、硬く冷えた唇の感触。
思い出の中の体臭や皮膚の感触がそんな現実と
ないまぜになって、心に満ちた。


「さよならだ」


鳴らした指先から飛び散った火花は
過たず焔となってヒューズの体を包んだ。





『お前は俺よりも先に死ぬんじゃねぇぞ
 早く大総統になって楽させてくれや』

『あぁ、せいぜいお前よりも長生きさせてもらうさ』


私亡き後、私の知らないところで
お前が笑い泣き喜び悲しみ幸せになることも不幸せになることも
誰かに話し掛け手をとり抱きしめくちづけ体を重ねることもなにもかも許さない。
お前が先に死ねば
全て私の知るお前であってそれ以外の何者にもならない。


だからこれは私の望んだ結末。


燃えるヒューズの真横で
その様をまばたきもせずに見つめ続けた。
床に描いた練成陣はそれぞれ
部屋の補強と、焔の温度調節と、延焼をさけるためのもの。
そして己の胸に描いた練成陣は、その焔をこの身から退ける。
私の手を離れた焔は、練成の助けを得て
ますます温度をあげていく。
ぱきん、と
高く澄んだ音で、ヒューズが愛用していた眼鏡がはじける。
その欠片が頬を掠めて傷を残した。
ちり、とした痛みも目や肌を灼くような焔の熱さも
二人で共有する最後の時間。
高温で灼かれ続け、次第に形を失っていく
最愛の人の姿を
この上もなく幸せな気持ちで見守った。





それでも
もしお前が生きていたのなら
この先
たったひとつ
私が欲しかった言葉を
聞かせてくれたのだろうか
















ヤブモトエータ様からいただきました。読ませていただいたとき本当に気持ちが揺さぶられました。切なくて丁寧なお話を有難うございます!(2004.05.25)