問答ブーメラン

その笑顔は写真で見たのよりずっと優しかった。こんな風に笑われたら、誰だって瞬間彼女に恋する。春の空のような瞳、サラサラと癖のない金色の髪。小さい唇はふっくらと甘やかに微笑んでいる。文句のつけようのない美人だ。

「本当にヒューズでいいんですか」

思わず率直な質問が口から転がり出た。たしかに士官学校卒の有望株、それなりの星を肩へ乗せて帰っては来たが、彼女ならもっと贅沢を言える。そうだな、もっと暑苦しくなくて、落ち着きがあって、品のいい男。命令ひとつで死ななくていい男。

彼女は目を丸くしてからまた笑った。

「実はとっても悪い人だったり、します?」

ヒューズは三人分のサンドウイッチとコーヒーを買いに、公園の端にある店まで走っていった。走りながらもときどき、ベンチに並んで座る私達の方をちらちら振り返る。そんなに気になるか。だから私が買いに行くと言ったのに。あ、躓いた。お、立て直した。車道を飛ぶように走って向かいのベーカリーへ飛び込む。

「悪い奴ではありませんが、満点でもありません」
「減点の理由は?」
「口数が多すぎるし、どちらかというとがさつです」

もっと減点ポイントをあげたかったが、思いのほか思い付かないのがもどかしい。学生の頃はよく口喧嘩もした筈だったが、何と言って罵っただろう。馬鹿とかうるさいとか?眼鏡とかも言ったような気がする。何だか悪口として弱い。大雑把に見えてヘンなことは覚えてたり、寮を抜け出すとか寮長を出し抜くとかつまらんことに情熱を傾けたり……。

「二つだけ?」
「少し待ってください、すぐ百ぐらい思い出します」

彼女は風に髪を揺らしながら、楽しそうに私を眺めている。やがて上品な珊瑚色に縁取られた唇が開いて、突拍子のない質問をした。

「じゃあ、あなたが彼のどこが好きか教えてください」

好き?
私が誰を好きだって?
私はよっぽど変な顔をしたんだろう、彼女は口を手で押えて笑いを噛み殺した。どこが好きと言われても。頭がよく回る。それぐらいか?でもそれじゃ友達甲斐がない。私は真面目に考えて、可もなく不可もないようなことを言った。

「…私が何を嫌がり何を喜ぶのかを、言わなくても察するところです」

するとグレイシアは目を輝かせ、何故かうっとりしてしまった。

「それ以上理想的な人がいるかしら」

いる、いるに決まってる。
でも歯痒いことに、それがどういう人物なのかが分からない。
それは決して、ヒューズがいいとかそういう訳じゃなくて、私が人付き合いが悪いからだ。私の人間観察ファイルが薄っぺら過ぎるだけなのだ。心密かに自分を憐れみつつ、私は一般論で説明してみることにした。

「しかし、軍人や新聞記者と結婚すると、幸せになれないと言うでしょう」
「どうして?」
「忙しすぎて寂しい思いを…」

グレイシアは、なあんだという顔をしてみせた。怖いものの無い子供のような笑みが眩しい。

「私は幸せになりたくて結婚するんじゃないもの」

私がぽかんとしていると、グレイシアは周りに誰もいないのに声を潜めて囁いた。

「貴方だって、幸せになりたくてあの人と一緒に居るんじゃないでしょ?」

貴女は夫婦、私は友人。だから求めているものが全然違います。そう言い返したかったけれど、何がどう違うのか分からなくなった。沈黙が肯定に取られてしまいそうで、私は彼女の口紅と同じ色の爪を見ながら悩んだ。喋れば喋るほど、私は下手なことを言ってしまいそうだ。というか、下手なことって大体何だ。私の困惑を余所に、彼女は面白そうに言った。

「寂しいのだって、別に平気だわ」
「…それは不幸体質というんですよ」

貴方もね。彼女は目でそう言うに留めてくれた。
いいえ、私は寂しがりです、と言ってもそれはそれで負けな気がする。白旗だ。彼女ならきっと、あのマシンガントーク男を適当にあしらえるだろう。

ベーカリーから飛び出してきたヒューズが、車のクラクションに怒られながら道を突っ切って走ってくる。両手にひとつずつ紙袋を下げ、自分の分は口にくわえている。馬鹿みたいに手一杯だ。これで子供でも出来たらどうするつもりだ。グレイシアは立ち上がってヒューズに手を振った。私は座ったまま肩を竦めた。











(2007.04.01)