愛とはどんなものかしら

彼女が銃の使い手であるというのは、ずっと前から報告されていたことだった。

私の身体にめりこむ鉛玉。眉間、喉。胸、そして額。

あらあら、こんなものなのね。弾道はずいぶん粗雑で、それが彼女の感情の揺れをそのままあらわしていた。弾を撃ちきってしまうと、もう一丁をすかさず抜いた。一発一発の弾を大事にするはずのスナイパーとは思えない、ただ激情に突き動かされた銃撃だった。

こんな数じゃ、まだまだ死なないわ。私はただ衝撃を耐えていればいいだけだった。それと、痛みと。いや、痛みなら、さっき焔の大佐に胸から石をつかみ出されたときのほうが余程堪え難かった。

全弾を使い切った彼女は、銃の中身がなくなると、自分自身もからっぽになってしまったようだった。


「終わり?」


そう言う私の声は、きっととても優しかったろう。彼女の両目から、大粒の涙が溢れ出た。これが愛ってものかしら。自分を哀れんでいるだけにしか見えないわ。これが愛なら、私は愛なんてやっぱり知らないのかしら。焔の大佐みたいに、最後までつかみかかってくるほうが面白いのに。力を失い、糸の切れた人形のように膝をつく彼女。

生みの親に対する愛情ならあるつもりだけれど。お父様が死んだらこんな風に泣けるかしら?多分だめ。でもグラトニーが死んだら、寂しくてすこし泣くかもしれない。泣きかたをこの目が覚えているなら。


私が一歩近付くと、鎧くんが彼女を庇った。 ああ、私のイメージする愛情はこんなかんじ。必死で、馬鹿で、自己犠牲に満ちている。彼はとてもいいわ。陣なしで錬成もした。いよいよ素敵。殺さないといけないなんて勿体無いわ。

私の爪が、鎧の身体を貫いた。ギシ、ギシと軋む音。彼は確か痛覚はないはず。なのに私よりずっと痛そうに見える。戦意を喪失した女が、彼に逃げてくれと叫ぶ。逃がしたりはしないけれど、鎧くんのほうが手こずりそうだから一度引いてくれた方がありがたいわ。


「自分の非力のせいで、人が死ぬのはもうたくさんだ…!」


死。人の死を原動力に、強くなる人間。辛苦を糧にして前へ進む。
焔の大佐の目もそうだったわ。
人の心に深く沈んで、彼等を支え、前へと突き動かす死せる存在。
わたしたちにとっての死なんて、もう何の重みもない「すぐに治る怪我」なのに。

ジャン、私はさっき、あなたに自分のことを「人間」だと言ったけれど。
死が悼まれない存在は、やっぱり人間じゃあないのかしら…?
私達は、本当に人間より高等な生き物なのかしら?
愛っていうものが何か、私には一生分かりそうにない。この先永遠に生きても。
それはきっと、死ぬからこそ分かるもの。

肩を弾き飛ばすと、鎧くんの目が覚悟を決めて光った。
ああ、この子はまだ人間なのね。似たような身体を与えられたはずなのに、不死の澱に浸かっていない。その一生懸命さ、切実さ。私達はどこで無くしてしまったのかしら。


そのとき突然、背中に叩き付けられた爆風と声。
私は目を疑った。まだ生きているなんて。立っていられるなんて。これはいったい何?ホムンクルスよりしぶとい、この男は一体何なの。

焔。情念。憎しみ。怒り。そしてまた焔。
爆風の衝撃は何度も私を押し潰し、全身をまともに再生する暇も与えてはくれなかった。押し寄せてくるのは焔ではなくて、彼の激情。私を、この世から塵ひとつ残さずに蒸発させてしまいたいほどの。焔の赤が叫ぶ。赦さない、赦さない、赦さない。ああ。これは愛情かもしれないわ。私に向けたものではないけれど…。


これなら分かる。
分かりやすい愛だわ。
シンプルで、烈しくて、熱い。


胸の石のなかで、最後の螺子がカチリと回った音がした。
お終いね。
私の最後の牙は、彼に届くまえに折れてしまった。


「完敗よ」


そう告げた私の胸は、不思議なぐらい穏やかだった。
愛情と死。
生涯縁がないと思っていたものを、今夜二つとも知ることができたわ。
ホムンクルスは人間よりも弱いのかも。
人間って脆いくせに強いのね。揺るがない黒い、まっすぐな瞳。

肉体の分解が始まる。
私がもし、本当に人間とかわらないのなら。魂があるのなら。
これから、私が殺した可愛いひとと同じところにいくのかしら。
気不味い顔のジャンが目に浮かんで、何だか少し楽しくなった。

最後に聞いたのは、中尉さんの叫ぶ声。
頑張って護ってあげるといいわ。
貴女の大切な人の地獄は、これから。

核だけになった私は、床に落ちて高い音を響かせ、残響のなか塵に還った。

















10巻の背表紙裏萌え…。(2005.03.15)