Wishing you every Happiness for the coming year

「いい年して、ひとりきりでニューイヤー?」


電話に出た途端、挨拶も何もすっ飛ばしてそう言う声は、芝居がかって哀れみに満ちている。私は咳払いすると「いい年は余計だよ、エリシア…」と、どうせ言っても聞かないだろうが言ってみた。


「そう思って、可哀想なロイのために御馳走を作りました。
 ロイの好きなアスパラのムースも作って来てあげたわよ」
「作ったのはグレイシアだろう」
「あら、お届けにあがったのは私よ。駅に迎えに来てくれると嬉しいんだけど…」


カーテンを開けて外を見ると、大通りに列なる外灯を煙らせて雪が降っていた。どうりで冷えるはずだ。気が進まないが、若い娘をこんな時間に外に置いておくわけにもいかない。私は溜息をひとつ吐いてコートを羽織り、机の上から車のキーを取り上げた。







ワイパーが、フロントガラスにぼたっと積もる雪を、右へ左へと緩慢に分ける。セントラル駅は、高い天井とステンドグラスが美しい広々としたコンコースを持つ、少々アンティークな駅だ。教会のようだ、という人もいる。


ロータリーに車を止め、外へ出た途端に身の縮むような寒気に襲われる。白石と黒石を交互に敷き詰めた鋪装に、積もった雪が薄い氷になって張り付いている。


年末の駅舎は、田舎へ帰る者でごった返している。誰もが大きなトランクを手に、家族の手を引いて賑やかにせわしなく、故郷行きの列車を目指す。舎内に入っても、天井が高すぎるのかあまり暖かくは無かった。まさか、こんな寒さのなかでも短いスカートを穿いてやいないだろうな、とエリシアを思う。足が自然に早まる。



彼女が座っていたのは、天井から吊られた大きな青銅の時計の下のベンチだった。


「ロイ!」


大声で手を上げるエリシアは、白いコートに膝までのブーツ…だからどうして、そんなにスカートが短…、いやもう、年寄臭いから説教はやめよう。

私は大股で歩み寄り、風邪をひく前に家に連れて行こうとやたらに膨らんだコートの腕を取った。こんなに厚いコートを着ても、こんなスカートじゃ意味がないだろうに。するとエリシアはにっこりと笑って、自分の座る隣を手で叩いた。


「ロイ、お願い、ちょっと座って」
「エリシア、今夜はこれからもっと積もるんだ。車が動かなくなる前に帰ろう」


我ながら理路整然と上手く言えたと思ったが、言い出すときかないエリシアは「いいからちょっとだけ」と座るように促した。変に頑固なところは本当に父親に似ている。

逆らって言い争うのも無駄に思えて、私はコートの裾を尻に敷いて腰を下ろした。


「どうして今日は車を拾って来なかったんだ?いつもそうしてるだろう」


小遣いでも足りないんだろうか。そう思って訊くと、エリシアは笑って「だってすごく長い列なんだもの。あんなの待ってたら、ロイに会うの遅くなっちゃうわ」と、我侭なんだか可愛いんだか分からないことを言う。女というのは男より寒さに強い生き物なんだろうか。私は膝が震え出したが、エリシアはどこか幸せそうに口許から微笑みを絶やさない。私は短い沈黙と、寒さに耐えかねて腰を浮かせた。


「寒いだろう、続きは家で話そう。グレイシアには言って来たんだろうね」
「寒くないわ、ロイが寒いの?」
「ああ、寒くて凍えそうだ。頼むからエリシア」


立ち上がった私を口を尖らせて見上げ、それからエリシアは何故かブーツを片足ずつ脱いだ。女学校でこんなゲームが流行っているのか?スカートの短さといい、最近の女の子という奴はさっぱり理解できない。

エリシアは呆気に取られている私に「えへへ」と笑って、素足でベンチの上へ立った。靴ずれが出来たから抱いて運べとでもいうんだろうか。


そのとき、頭上の時計が時刻を告げた。ゴォン、と一度。

見上げた私の顎を、私より背が高くなったエリシアの指が攫っていった。
冬なのに、春の花の香りがして、唇に、雪のように柔らかい、しかし暖かい唇がふわりと重なった。




ォオオン…、という鐘の余韻が消えてしまうと、エリシアはようやく顔を引いて満面の笑みを見せた。猫のように細くなるオリーブグリーンの眸。


「良かった、間に合って」


驚いたままの私を放って、彼女はベンチの上に座るとまたブーツを穿き始めた。


「ねえ、知ってる、ロイ。
 新年になった瞬間に、好きな人にキスするとすっごい幸せな一年になるのよ」


何だか微妙に伝説が変わっているな…と思いながら、私は渋い顔で頷いた。


「まさか君は、これだけのために私をここまで呼んだのかね」


ブーツの紐をきゅっと縛って、お姫様は折れそうな高いヒールで立ち上がった。磨き上げられたコンコースの大理石は、スカートのなかを映してしまいそうだ。そんな私の憂慮をよそに、彼女は上機嫌なままの声を弾ませて答える。


「そうよ。さ、ロイの家でこれ食べるわよ。サンドイッチもあるの!」


そして、ベンチの上へ置いてあったバスケットを手にした。私は滑革のトランクを運ぶ。エリシアは私の前をくるくると踊るみたいに歩きながら、「ねえねえ、ロイも年が変わった瞬間に、誰かとキスしたことある?」と訊ねてきた。思い出したくもないことが嫌でも思い出されて、私は苦笑しながら頷いた。すると、前でくるりとターンした足がぴたと止まって、スローで振り返った。そして呆れるほど父親と同じ顔でニヤリと笑った。




「ああら、これ、パパが作った行事なのよ?
 私と、パパと、ママしか知らないの。
 ロイったら、誰とキスしたのかしら」




肩を越す長い金髪を翻して、エリシアはロータリーへ抜ける扉へと歩いていった。勝ち誇ったような、鼻歌。


…あ、ヒューズから聞いて、嘘と知らずにそのとき付き合っていた女性に…。


上手い言い抜けを考えつくのに酷く時間がかかって、もう弁解する方が恥ずかしい。
回転扉の前でエリシアが「遅ーい」と叫んで、凍っていた私の脚はようやく溶けた。

















ニューイヤーエリロイ(20050102)