子供の庭

「ほい。これ犬な」



ローズ家の庭。中佐は膝にレイチェルを乗せ、背中からルイードにしがみつかれながら折り紙を折っている。


「次は船がいい!」
「じゃあ、私はお花…」


私の腕にぶら下がって遊んでいたザジも、ひょいと飛び下りて「馬!馬作って!」と中佐へ駆け寄っていった。三人に囲まれながら笑みを浮かべ、「はいはい、えー、まず船からな…」と飛びついてきたザジの頭を撫でる中佐。分け隔ての無さが子供達を上機嫌にさせる。確か弟が二人いると聞いた覚えがある。子供を扱い慣れているのは、その辺に起因するのだろうか。


中佐は本を台にして帆掛け船を折りはじめたが、その視線はちらちらと庭先の家事手伝い兼大佐に向けられる。実に危なっかしいその手付き。皮を剥かれた人参はプチキャロットのサイズになっている。自分でも納得がいかないのか、眉を深々と寄せて、こんな筈では…という顔をしている。そしてまた、真剣な面持ちで今度こそという風に口許を引きしめ、次の一本を手に取る。今度は薄く、なるべく外を……。


「痛ッ」


呟いたのは中佐だ。包丁は硬い皮を滑って、危なっかしく握っていた親指を切りかけた。大佐は危うかった親指をしげしげと眺め、傷が無いのを確かめるとほとんど無表情に作業を再開した。中佐の方がホッとした顔をしている。中佐の目線の行き先は、それから手許1:大佐3の割合になった。甘えたい盛りの子供たちは、彼の気がそぞろになったのを敏感に感じ取る。「ま〜だあ?」と唇を尖らして拗ねるレイチェルに、「お、ごめんな」と謝りながらも上目遣いで初心者のたどたどしい皮剥きを見守らずにはいられず…。




「そんなに気になられるのでしたら、代わって差し上げたら如何ですかな」


彼なら曲芸のようにあれぐらいの量さっさと終わらせてしまえるだろう。差し出がましいとは思いつつもそう言うと、中佐は頭を掻いてから「苦手な事しねえと、あいつは成長しねえからなあ」と、困った顔で笑った。「日頃得意なことばっかしてっと、出来ねえってことが分からんからな」自分に言い聞かすように呟いて、手許の紙の折り目を広げる。


「たまには苦労すんのもいい薬だ。あいつは日頃甘やかされてるからな…」


素っ気無く言いながらも、世界一大佐を甘やかしている人は、船より先に花を折ってしまった。出来上がった立体的なチューリップをレイチェルは大喜びで胸に飾ったが、ルイードは面白くない。「酷いよ、ヒューズさん。僕が先に…」肩を揺らされて中佐は「いやすまん、作り方が途中まで似ててな…」と苦しい言い訳を返す。



正直なところ我輩は、お二人とも見ておられませんがな。




船…船はまずどうだったかと眉間を擦り、思い出したと言って三角形に折る。思い出したら手は早い。裏返して、また半分に…。意識して庭先を見ないようにしていた中佐の手が、椅子から立ち上がるガタンという音に止まる。見れば、大佐が自分の指を見ながら家のなかへ何か言っている。親指から赤く血の筋が伝う。



「ちょ、ちょっとだけごめんな」


中佐が出来上がった船をルイードに手渡し慌てて立ち上がるのと、家からローズが薬箱を持って出てくるのはほぼ同時だった。大佐は傷をローズに見せ、ローズは手慣れた様子で処置をはじめた。腰を上げたものの出番が無くなった中佐は、暫く二人の様子を窺っていたが、彼女に任せる気になったのか此方へ戻ってきた。待っていたザジの頭を撫でて「じゃあ、馬な」と折り紙を手に取ると。


「だいじょうぶって聞いてこないの?」


ザジは撫でる中佐の手の下から、大きな目を瞬いて訊ねた。

中佐は少し驚いた顔をしてから、「ローズが手当てしてくれてるから、きっと大丈夫だ」と安心させるように笑った。するとザジは中佐の手を掴んで頭から下ろし、両手で握って真面目な顔で言った。


「だいじょうぶでも、痛いよ。友達が痛いときはがんばれって言わなきゃ」



中佐は返す言葉を無くして、まだ小さいその少年を見下ろしていたが、愛おしげに目を細めると身体を屈め、視線を合わせて笑いかけた。


「ザジは偉いな。じゃ、ちょっと言って来ていいかな?」


ザジが勢いよく頷くと、中佐は照れ笑いを浮かべながら、少し戯けた背中を向けて庭先の二人へ歩み寄った。中佐が大佐に一声か二声掛けると、案の定大佐は膨れっ面で怪我をしていない方の手を振って追い返そうとする。「平気だ」とか「子供と遊んでろ」とか言われているんだろう。横で二人のやりとりを聞いて、ローズがころころと笑っている。

中佐が屈んで、床に落ちている分厚い皮をわざとらしく持ち上げるから、片手をローズに預けたままの大佐は、意地悪な親友の膝を足で蹴った。揶揄られて赤い耳。笑いながら自分の倍ほどの年令の大人を宥めるローズ。大袈裟に転んでみせて腹を抱えて笑う中佐の笑顔は、本当に昔から変わらない。





「もう痛くないってよ」


追い返されて笑いながら戻ってきた中佐の手には、ローズから借りたらしい紙テープがある。大人しく待っていたザジの頭をまた撫でて「ありがとな」と告げてから、また胡座をかいて紙を折り始める。「馬じゃねえけど、もっとザジが好きな物作ってやるよ」中佐はそう言うと、ザジに細い小枝を拾ってくるように言った。

ザジが拾ってきた枝は、両端を中佐のダガーで鋭く切り落とされ、細長い菱形が四枚組合わさったような形の折り紙の中心に通された。枝の両端をテープで巻いて、四角い台座へ乗せると、風を受けて羽根がくるくると回った。


「…うわっ、風車だ…!」


目を輝かせて叫ぶザジに、ルイードもレイチェルも駆け寄ってきた。三人は折り紙の風車を囲んで、息を吹き掛けては歓声を上げる。



「お疲れさまでしたな、中佐」


子供達だけで遊びはじめたので、ようやく解放された彼に笑い掛けると、中佐は眉を下げて笑いながら「子供と遊ぶのは疲れねえよ。俺もガキだからな」と言い、立ち上がって湿った土をズボンから払った。

賢そうなルイードが、難しい顔で風車を睨みながら同じ物を作ろうとし、レイチェルはその手許を頬杖をついて眺め、ザジは風向きを指を舐めて確かめて風車の向きを変えたりと、三人は本当の兄妹のように仲がいい。大人には少し甘えてみたりするが、子供同士は一つの物を取り合わずに遊ぶ。いつもは一緒にいられなくとも親の育て方がいいんだろう。


「子供ってな、本当に天使だよなあ」


独り言めいた中佐の呟きに頷くと、「エリシアちゃんも妹か弟が欲しいかねえ…」と真顔で言って腕を組んだ。「兄妹は多いほど賑やかでいいでしょうな」と答えてから、その分写真を見せられるだろう部下の憂鬱を考え、無責任だっただろうかと首を捻った。





「…ぁ」


また庭先で声がした。包丁と人参を持ったまま、今度は指の付け根近くをしげしげと見詰めている大佐。「あーあ、またやった…」と聞き取られないように小声を漏らし、中佐は丸いテープを指にひっかけてくるくると回しながら剽けた足取りでまた近付いていった。その顔はきっと笑っているんだろう、大佐は中佐を嫌そうに睨み付けていたが、前にしゃがまれると素直に指を広げてみせた。ローズが置いていった薬箱から、中佐がガーゼと薬瓶を取り出す。



「本当に昔から、兄弟のように仲のよろしい…」


感動する我輩の手をザジが引っ張って、そろそろ風車を止めるからついてきてと言う。ちいさな身体を肩へ乗せ、畑へ向かう路の途中で振り返ると、大佐が座る椅子の横へ腰を下ろして、一緒になって皮を剥いている中佐の姿が見えた。


















自分で書いといて自分で胸焼け…。(2004.11.05)