続・残像に花束を

「私が貰った、3つ目の花束よ」


小さなブーケ。深紅の薔薇が数本と小さな白い花。その女が持つにはいささか愛らし過ぎる気もするが、大切そうに持つ指先は満更でもなさそうだ。どこかでこんなブーケを見た気がする。そうだ、結婚式でグレイシアが持っていたのと似てる。


「花嫁みたいだぜ、姉ちゃん」


冷やかす掠れた口笛にも余裕の笑みを返すこの女。キツい目と、波打った髪をかきあげる仕種なんかは、率直に言って悪くない。





女は数日前に、突然俺の前にあらわれて、その長いスリットの入ったスカートから脚を見せて言った。


「貴方の所為で、逆上されちゃったわ。焔の大佐に」


他は綺麗なもんだってのに、白い脚に受けた弾痕だけが残っていた。死んじまえば傷跡なんて消えるのに。「この傷は好きだから残しておくわ」と赤い唇で笑った。俺が死んだのもお前さんらの所為なんだけどな、と言うと、「あら、そうだったかしら」と可笑しそうに眸を細めた。





「誰からのプレゼントだ?」


赤い薔薇は朝露を含んだようにうっすらと濡れている。女の細い指が、天鵞絨の花弁を愛撫する。長い睫を伏せて、女は微笑んだまま答えた。


「金髪の可愛い軍人さん。貴方も知ってるわ」


俺が指を2本立てて唇に宛て、煙草を吸うフリをして「こいつか?」と目線で訊けば、「そう」と頷く。


「騙したのか、酷ぇな」

「あら、本気で可愛いと思ってたわよ」


煙草臭いの、駄目っスか。駄目だったら減らします。そんな事も言ってくれたわ。照れたみたいな笑顔が可愛くて、身体の奥から何かが突き上げた。もうちょっと一緒にいられたら抱いてあげたのに。唇も舌も苦かったけど、肌も髪も吸い込んだ陽射しが滲むみたいに暖かくて、この身体から生まれた熱を注ぎ込まれたらどんなに痺れるだろうと思ったわ。女は詩を朗読するみたいに淡々と惚気を並べた。零れる言葉の甘さに、その形のいい唇が蕩けて解ける。



「その可愛い少尉を誑かして、何する気だったんだお前さんは」

「駄目よ。貴方には言えないわ」

「聞いてもどうせ何も出来ねえだろ」

「貴方はもしかしたら、これから呼び戻されるかもしれないでしょう?」

「馬鹿言うな、今更」

「貴方を惜しむ人は、まだ居るわ。大勢」



その声が、ほんの少し寂しそうだと思ったのは気のせいだろうか。



「お前さんを惜しんで泣いてる奴もいるさ」

「…そうかしら」

「ちゃんと見ろよ、…ほら、あの…丸いのとか」



グラトニー。あの子ったら。女は目を丸くして花束を撫でる手を止めた。そうして泣くみたいに笑った。いい女だな。こんなのがもう一人、あいつの傍にいてくれたらいいんだが。強くて、容赦が無くて、それでいて情の深い女。



「今度は、お前さんも一緒に遊ぼうや」

「今度?」

「ああ、今度」



今度また地上に還ったら。俺の指先にはいつの間にか煙草がある。あら、貴方達に混ぜて貰えるのかしら。女は甘い声でそう言って、俺の背中、肩甲骨の間に、柔らかい胸のふくらみを押し付けた。背中から回された細い腕が肩を抱き、薔薇の香気に似た吐息が首筋に掛かった。



「悪くないわね、あの子も可愛いし、焔の大佐も素敵だわ」



細い顎が肩に掛かって、項に頬を擦り付ける。長い髪がこそばゆくて、俺は喉奥で笑った。


「焔の、は駄目だぞ」

「あら、どうして?」

「ありゃあ、リザちゃんのだからさ」


女は含み笑って、嘘つきと頬を抓った。どこが嘘だ。グラトニーとやらは、母親と逸れた子供のように泣き止まない。綺麗な涙だな。ホムンクルスとは言っても、俺達と何が違うと言うんだろうか。それにしても、たった数人の組織だとは思わなかった。個々の能力が計り知れないとしても少々拍子抜けだ。


「貴方こそ、今度は私達と一緒に遊びましょうよ」

「それも駄目だ」

「即答?こんな美人が頼んでるのに」

「俺はロイのだからな」


女は呆気にとられたのか間を置いてから、耳元でくっくっと笑い出した。また嘘ね。うん、今のは嘘だな。抓った頬と顎を撫でて女が離れる。よく反る、しなやかな白い指。離れ際、「駄目」と言って俺の指から煙草を奪っていく。ちりりと縮れる赤い火が婀だ。


「女は好きな方でしょ?貴方」

「好きだけどな、残念ながらロリコンって奴で」


女は靴の先で俺の背中を軽く蹴って、「本当に嘘ばかりね」と甘い声で笑った。それから煙草の白い煙が漂って、女の姿をゆっくり消し去った。未練の無い、潔い消滅だ。最後に残った細い手首が、ぎゅっと握った薔薇の花束ごと薄れた。さようなら、と告げていったのは女か花か。






さて、まだ愚かしくも未練のある俺は、流れてきた煙にも消されずに残る。


















だ…蛇足?だったかな…?まあよし!(2004.10.16)