右から二番目の星

差し出された包みは、本ぐらいの大きさで。
濃藍の包装紙には、手触りのいい真珠色の細いリボンが、一度解いてしまったら二度と同じには結べないだろう凝った形に巻かれていた。



「誕生日おめでとう。貰ってくれ」



中佐を駅へ送ろうと運転席に乗り込むと、後部座席から武骨な手で差し出してきた。私は少し驚いて「…私の誕生日を?」と目を瞬いた。中佐はバツ悪そうに笑った。

「いや、こないだファイル整理してたら中尉のが出てきてね、見ちゃって」

プライバシーとか個人情報とか、こんな風に笑われると咎める気にもなれない。私は素直に頭を下げ、見た目より重い包みを受け取った。 先刻までまだ夕陽が空の端に残っていたのに、気がつくと辺はすっかり暗くなっている。もう秋だ。自分の誕生日だなんて、数日前にふと思い出したきり忘れていた。



包装紙に浮き上がる店の名前は、セントラルで屈指の貴金属の老舗のものだった。こんな店を彼が知っているなんて(失礼ながら)意外に思って「これは中佐が?」と問うと、「いや、グレイシアが此処がいいだろって連れていってくれて」と、妻を自慢するみたいに声が弾む。

「有難うございます、嬉しいです」と頭を下げ、受け取った包みを、開ける楽しみと共に助手席にそっと置いた。ゆっくりしていたらセントラル行きの列車が出てしまう。エンジンを入れ、司令部前から車を出す。







「ところであの馬鹿は、プレゼントの一つもしてねえのかな?」


ぽつぽつと灯りはじめた外灯を眺めながら、頭の上で腕を組んで中佐が言う。バックミラーのなかで目が合うと、冷やかすみたいに片眉を上げてみせた。



「私の誕生日だなんて知らないと思いますが」
「言えばいいじゃねえか、そしたら喜んで仕事放り出してディナーにでも誘…」
「そういうことをなさるのを、お止めするのが私の役目です」
「……あ、そう…」



何かさらに言おうとするのか、何度も頭を掻いたり首を左右に揺らしたりするのが見える。司令部から駅はそう遠くない。真直ぐ続く道路の先に、一際大きい駅舎のシルエットが見えてきた。



「もし誘ってきても断るのか?中尉」
「仕事をして頂いたほうが嬉しいですから」
「仕事を片付けてたら?」
「…、私ですら忘れていた誕生日を、大佐が覚えていらっしゃるとは思えません」



そうかな、あいつは女にはマメだぜ。そう言って笑う中佐につられて頬が緩み、「万一覚えておられて、万一仕事を終わらせていらっしゃったら考えます」と答えると、「前者の可能性はあるが、後者はちょいと難しいかもな」とシートに深く凭れてニヤリと口端を上げた。





停車場で車をとめると、中佐は荷物を片手に降りて、運転席を覗き込んで敬礼した。返礼する私に「ありがとう、いい夜を」と笑って、コートを翻して駅舎へ向かう。


その姿が消えてしまってから、私は助手席の包みを解いた。指に巻き付く華奢なリボンと包装紙の下から出てきたものは、シルバーのフォトフレームだった。冴え冴えとしたフォルムの上端に、星のように貴石が二つあしらわれている。そして、彼からのプレゼントらしく、フレームには愛娘がケーキを差し出している写真が嵌められていて、思わず笑いを誘われた。そして小さなメッセージカードに癖のある字。



 happy birthday いつも御苦労様
 写真は好きに差し換えてくれ



本当に世話焼きで。 あの人じゃなかったら鬱陶しく感じるかもしれないけれど、彼の何かがそうは感じさせなくて。暖かい気持ちが胸に残るのは何故だろう。窓の外を後ろへ流れていく外灯すら、蜂蜜色に甘く滲んで。







司令部へ戻り車を降りる前に、包みを丁寧に(リボンはやはり元のようには巻けなかった)直した。それを片手に、執務室に報告しようと顏を出すと、呆れたことに大佐は席から離れて帰り支度をしていた。


「…本日分は、かなり多かったと思うのですが」


未決済のケースの中身が、ごっそり処理済みへ積み上げられている。訝しげにそう言うと、黒いコートに袖を通しながら会心の笑顔を向けてきた。



「見ての通り終わった。さあ、食事にでも行こうか、中尉」



耳を疑って書類を捲ると、驚いたことに全て漏れなく書き込まれている。むしろいつもより丁寧なぐらいに。捲りながらふと気付き、私は二枚の書類を見比べた。筆跡が違う。片方は大佐の見慣れた字、そしてもう片方はさっき目にした癖のある…。昼から部屋に篭って何を頑張っているのかと思えば。本当に悪ガキのままだわ。


バレたと分かったのだろう、大佐は悪戯が見つかった子供のように視線を逸らしながら「早く支度をしたまえ」とさっさと扉へ向かった。しょうがない人達。こんなことばかり一生懸命なんだから。大の大人が二人、誕生日のディナーのために顏を突き合わせて仕事をやっつけるなんて…。



誘われないわけにはいかないじゃない。



くすぐったい想いにひっそりと笑う。書類を抱えて後へ続くと、背を向けたまま大佐が告げた。




「誕生日おめでとう」





その声はシルクのリボンより心地良かった。















(2004.9.12)