FRAGILE




「おっ、北の銃かあ」




分解に集中していた所為か、それともこの人の気配を消す癖か。

それにしても、声を掛けられるまで気がつかないなんて。弾かれるように顔を上げながら、私は軽く自分を恥じた。



「失礼しました、中佐」


手を止めて椅子から立ち上がろうとすると、いいから、と大きな手が私の離席を止める。何かあればマメに東方司令部に顔を出す彼だけど、久し振りのような気がする。最後に来たのは3…4ヶ月前だ。見慣れた癖のある笑い方と、隙の無い鋭い目。


もしこんな男が敵方にいたら、他は置いて真っ先に狙撃するわ。


ふと浮かんだ自分の剣呑な思考に驚く間に、中佐はテーブルを回り込んで、大きな動作で椅子を引くと向かいに座った。



「ロイの野郎、出てるらしいなあ。
 見ててもいいか。気が散っちまう?」



私は、いいえ、どうぞと笑って首を振り、テーブルの上に広げたライフルの部品を一つ一つ組み立てていった。



「もうすぐ戻っていらっしゃいます。御連絡頂ければ、予定を空けておきましたのに」
「いんや、急に決まってな。視察のついでだ」



彼がその階級に居ながら、何でも自分の目で見たがるのは癖だ。

イシュヴァールでの情報収集兼実戦部隊、僅かな人数で素晴らしい成果を上げたと聞く。その内容は今も公表されていない。歩兵の集まりでありながら偵察能力と分析力に優れ、上官への報告無しに自己判断で殺しと破壊工作を…。



「懐かしいなあ、よくやらされた」



向かいで頬杖をついて、楽しそうに眼鏡の奥の眸を細める彼。彼がそんな修羅場を潜ってきただなんて、あの優しげな妻ですら知っているのかどうか。

「なさいますか?」と聞いてみると、「いやあ、もうすっかり忘れた」と情けない顔をして笑う。パーツだけを見て、北の銃だとすぐに判った癖に。きっと、徒に私の訓練の材料を奪わないようにしているのだ。私はそんな細やかすぎる気遣いを、内心に苦笑してまた指を動かす。



最後のボルトを締めると、中佐はちらっと自分の腕時計へ視線を揺らした。



「おー、凄えモンだ、きっかり10秒」



しっかり計測しているんだから気が抜けない。


「教官の前より緊張します」


言いながらまた銃をバラバラにする。目を瞑っても出来なくてはならない。士官学校で教わったことだ。この世界のどんな銃も使いこなせなくてはいけない。そしてただ撃てるだけではなく、カービンやライフルの弾がつっかえた時は、素早く解体して修理ができなくてはいけない。特にこの北の粗悪品は、多く流通している癖に故障が多いのだ。ジャミングや暴発で命を落とすイシュヴァール人を何人見たことか。







「中尉は誰に教わったんだ。あいつか?あのマニア?」


マニアと言うのに思わず小さく噴き出して頷いた。


「ウォーレン教官です」
「ああ、一緒だ。あいつほんっと銃好きだよなあ」


あいつが来てくれて良かった、途中で変わったんだぜ。
まるで自分が人選したみたいに誇らしげに中佐は言う。

私は目を伏せて、手許を見ないようにしてまた組み立てていく。



「口癖…、覚えていらっしゃいますか?」

「奴のか?あーっと…『使うときゃァー殺すつもりで撃てェ』だったか」



教官の南部訛りに似せて喋るから、笑ってチェンバーを取り落としそうになった。

底抜けに陽気で、その癖眠そうな生徒を見つけると、足下ギリギリにライフルを乱射する名物教官は、思い出せば少し中佐と似ているような気がする。

見ずに出来上がったライフルを置き、今度はその隣の、東方の銃を取る。

中佐は頬杖のまま、私の指を見遣っている。頬も微笑みに緩んで、眸の色は優しくて。なのに、この人は私に、戦場を思い出させる。血と砲弾と焔と土埃。生きる、ということに渇くあの飢餓感を。知らず遠くなるあの緊張感を引き起こす。彼は私にとってそういった種の戒めだ。





「私も言われました。『撃つ時は殺すとき。しかも一発で仕留めろ』と」


中佐は視線だけ上げて私を見た。手許に集中する私に、ふっと笑う気配がした。




「『殺すことが出来る限り、お前らは生存出来る』」




押し殺した彼の声。
あの教官は、私達にもそんなことを言ったかしら。
それともそれは、貴方の言葉?






「その銃好きだ、ちょいと反動がキツくて扱い難いけどなあ」


堅いパーツが外れなくて分解に手こずっていると、「貸してみ」と中佐の酷く節の目立つ長い指が銃身を攫っていった。そして児戯のように容易くそこを外して返した。熟練した手。器用な指の爪は短く切り揃えられている。


手入れのいい人だと思う。
毛並みがいいとか品がいいとかそういうのではなくて。
きちんと愛されている人は、どこか穏やかに柔らかい、愛情のような薄い霧が物腰を纏うのだ。

それが彼の鋭さを和らげているのだと。

返された銃を受け取って、軽く頭を下げた。




「私はその言葉は知りませんが…」

ガスシリンダーの点検をして、砲身を元に戻した。

「こうやって私達に点検させた時の口癖は、今も覚えています」




中佐は少し思い出すような顔で、視線を宙へ浮かせて顎を擦ってから、「ああ!」と笑って子供みたいに指を鳴らした。



「『自分の使う銃はァ…』」



中佐の声真似を私が引き取った。



「『女房や恋人の身体以上にィ、よォーく知っとけ』」







扉が開いて、振り返ると大佐がきょとんとした顔で立っていた。

その表情の意味が分からなくてぽかんとしてから、私は慌てて、低い南部訛りを真似した口元を押さえた。


扉に寄り掛かった腕へ額を擦り付けて笑いを耐える大佐に、何だかいつもと立場が逆で、自分の頬がはっきりと熱くなるのを感じながら立ち上がり敬礼した。取りなすみたいに笑いながら、中佐が私と大佐の間に割って入る。


「あいつだよ、ほら、士官学校の…」

「ウォーレンだろ、凄く似てた、…くっ…、」


笑いが収まらない大佐の背を中佐が手荒く叩いて、「お前も何か覚えてる台詞やってみ」と囁くと、大佐は涙が浮いた目を擦ってから「『女はァ、抱いてもお前らを助けちゃくれねえがァ、銃はァお前らを助けてくれるッ』」と下手な訛りで言いながら、自分の下手な物真似さえツボに入ったのか、そのまま廊下と部屋の境に崩れて笑い出した。その横で中佐も腹を抱えて蹲る。


馬鹿学生みたいな二人を見ていると、恥ずかしかった気持ちもどこかへ霧散してしまう。私は点検の終わった銃を腰と胸に直しライフルを片手に、二人が床に懐いて笑っている横、もう片方の扉を開けた。そして、笑う大佐の旋毛に、冷水をぶっ掛けるような声で言った。





「女で申し訳ございません」





大佐はブラハみたいにびくっとしてから、「違っ、違う、中尉…」と片手を伸ばしてきたが、ライフルの銃先で丁重にそれを払って廊下へ出た。別に怒ってなんかいないけれど。そんなに笑いを共有できる二人にちょっと妬いただけ。


「中尉!」


まだ廊下に半分身体を出してひっくりかえっている大佐を跨いで、中佐がヨッと軽く敬礼を寄越した。「構ってくれてアリガトな」その下で起き上がろうとしては、また思い出し笑いに崩れる大佐。本当に何をじゃれ合ってるのかしら。




でも。

私はふっと、仕方なく笑ってから敬礼を返した。

最近ずいぶん立込んでいたから、そんなに笑う大佐を見るのは久し振りで。

少し悔しいけど、久し振りで。




じゃれ合ういい年をした大人を眺めながら、ゆっくり手を下ろした。




中佐、貴方の。

貴方の最終兵器は、本当に扱いが大変なんですから。

こんな銃の比じゃないわ。

もっと点検に来てくれないと困ります。







……不良品だし。(特に雨天)







「中佐も、しっかり整備してください」



私の言葉の裏に気付いたのか、そうでないのか。 どうとでも取れる癖のある笑みを浮かべて、大佐の上、マウントポジションを取ったまま、中佐は私に手を振ってみせた。



「おー。女房よりも恋人よりもな」



分かって言ってんのかしら。呆れた男。

指で銃を作って撃ってやると、笑いながら胸を押さえて大佐の上に崩れた。


付き合いきれなくて踵を返す後ろで、大佐が驚いて何度も中佐を呼ぶのが聞こえた。





「……?ヒューズ?…おいヒューズ、重い、暑い、どうした馬鹿者。退け、しっかりしろ、潰れるだろうが、馬鹿……ヒューズ?…おい…」





そんな必死な声。
馬鹿は貴方よ。


廊下の角を曲がるまでは笑うまいと、私は精一杯唇を引き結んだ。















殺伐とする筈がバカっぽく…。(2004.07.02)