打ち上げ花火 上から見るか 横から見るか

突風が砂塵を巻き上げて顔へ吹き付ける。
砂礫が羽織ったコートを引っ掻いていく。


ヒューズの立つ高台から、イシュヴァラの神に護られた石と煉瓦で出来た街の全景が見おろせる。

微動だにせず、じっと前方へ視線を据えている彼の背後へ足音が近付く。
長い黒髪を後ろに引っ詰めた、少し猫背の男。黒いシャツと軍服の下衣、両手の親指をズボンのベルト通しに引っ掛けて飄々と風に逆らうように歩いてくる。


「…キンブリー少佐」


国家錬金術師は、その資格と同時に少佐の地位を得る。ヒューズがそう呼ぶと、やめてくれと言う顔で戯けて片眉を上げ、片手を顔の前で振った。


彼の両手には、シンプルな紋様の練成陣が彫られている。円、三角形、そして月。気味が悪い、何を考えているのか分からないという風評のある男だが、ヒューズは彼を嫌いではなかった。何よりいい仕事をする。戦場ではそれが全てだ。



「焔の、が今日はやるらしいじゃないですか」


男はヒューズの横に立ち、こりゃ特等席だと笑った。そういう言い方も悪くないとヒューズは思う。実際此処は、ヒューズがあちこち探して見つけた、いちばん街がよく見える場所だ。そして昨日も此処で、この男が指定されたブロックを壊滅させるのを見た。


「データを取ってるんでしょう?」


ヒューズ中尉、と男は彼の名を呼んだ。まるで自分が下官のような丁寧な口調で。ヒューズが短く「は」と答えると、「私のも?」と口端を持ち上げた。自信ありげな表情が、ヒューズに一瞬、今から劫火を放つ親友の顔を思い出させた。


「拝見しました、紅蓮の錬金術師」


止めて下さい、と、呼ばれた二つ名に男は両肩を竦めて苦笑した。それから「どうでした、私の花火」と、街から恨むように吹き付けてくる風を見下ろして言った。ヒューズは彼に倣って街へ視線を向けて「感嘆しました」と率直に告げた。





秒針が、作戦開始を告げる。
吹き付けていた風が凪ぎ、それから逆巻いて街の一角へ津波のように押し寄せていく。
最初に生まれたのは白い、地平線に昇る太陽に似た光。
それが深い蒼に揺らぎ、膨張しながらまた白さを取り戻し、その熱の淵が金色に震える。

半円のドーム状の光は、それからその金色を深め、内部から突き上げる白と鬩ぎあい、お互いを喰らって拡がっていく。狂おしいほど眩しく網膜を灼く。それは無音の、静謐な世界。触れればいっそ冷たいのではないかと思うような。

プラズマが走り、白は臨界点を越え、全ては輪郭を無くして飲み込まれる。



「…美しいですねえ」



隣に男がいることも忘れかけていた自分に苦笑して、ヒューズは目を細めて頷いた。キンブリーの横顔が、光を受けて蕩けそうに恍惚と笑っている。

世界を白に消してしまって、それから焔は鮮やかな夕陽のグラデーションに変わる。閃光は焔になり、脆くなった街をゆっくりと舐め尽す。


「もし、貴方が灼かれるとしたら」


キンブリーの声に、ヒューズは、遠い焔に眼鏡の縁を照らせて隣を見た。キンブリーはその煉獄を見詰めている。


「どちらがいいですか。私の爆炎と、彼の焔」


ヒューズが素直に答えに窮すると、キンブリーは喉に詰まるような笑い声をあげた。




地響きが足元を揺らし、黒焦げの尖塔が思い出したように崩れ落ちていく。
もうロイは引き上げただろうか。ぐずぐずと焔に巻かれるような事は無いだろうが。


「きっちり護衛もついてますから、よほどの馬鹿じゃない限り死にやしません」


見透かすように言う声に、ヒューズは参ったなと苦笑を浮かべ、街の様子を子細に調べるために首から下げた双眼鏡に手を掛ける。ペンと革手帳はコートの内側。ヒューズが仕事を始めるのを潮に、男は「そろそろ退散」と片手を上げた。そしてもう一度、街を覆う幻想的な焔の揺らめきを見た。



「なるほど、道理で私が「焔」の名を頂戴出来ない訳だ」



国家資格を取ったのは男の方が早かった筈だと、ヒューズは個人ファイルの情報を思い出した。訝しむヒューズを面白そうに見て、「大総統は彼を「焔」にしようと決めていたんでしょう」と、もう気が済んだように浅く笑った。



背中を向けかける彼に敬礼をし、背筋を伸ばすヒューズの顎を、ほんの思い付きのようにキンブリーの指が捉えた。

瞬く間に婀な笑みを浮かべた顔が寄せられ、薄く、荒れた唇が掠めて離れた。
少し離れた唇で、吐息にのせて告げられる預言。




「あまり誰かを大事にしてると、命を落としますよ」



ひらりと振られる手のひらで、細い月が笑っている。
遠離っていく痩身を、ヒューズはその背に焔の照り返しを受けながら、眉を下げた笑みで見送った。


















(2004.05.08)