花に罪は無い

それは申し分の無い結婚式だった。見なれない白い礼服は(ほんの少しイタリア系マフィアのようだったが)案外ヒューズに似合っていて、笑ってやるつもりだった私は何か妙に悔しかった。

隣で微笑むグレイシアのブーケから一輪抜き出したのか、赤いちいさな薔薇を胸に挿していた。ああ、お似合いだなと、ごく普通の友人のように素直に思えた。


教会での挙式が終わると、新郎新婦は友人たちにライスシャワーを浴びせられながら庭園にあらわれる。
《人生最良の日》そんなキャプションが右下に出る勢いの笑顔を振りまいて、ヒューズが笑ったり敬礼したりしながら、集まった客のひとりひとりに自慢げに妻を紹介する。


「ローイ!」


私を見つけると、ヒューズは新妻の手を取って小走りに駆け寄ってきた。友人にブーケを渡そうとしていたグレイシアは、話の途中で強引な夫に引っ張られながらも、仕方無さそうに、そんな強引さすら愛おしいという風に微笑んでいる。私と目が合うと優雅に眸で会釈した。私は片手のシャンパンを軽く上げてそれに応えた。


「今日のグレイシアは格別綺麗だろう。あー、俺こんな綺麗な嫁さん貰って罰当たらねえかなぁー。余りジロジロ見るなよ、お前が見ると減るからな」
「罰なら盛大に当たるといい。おめでとう幸せ者」


困った顔で笑う新婦の手から、ヒューズは深紅のブーケを取って私に押し付けた。



「お前も俺に続いて結婚できますように!わははは!」



機嫌良く笑ったヒューズは、遠くから掛かった声に「おう」と顔を向けて大股に歩いていく。
残された私とグレイシアは、きょとんと互いに見合った。



「花嫁のブーケ…というものは、確か女性が貰う物じゃないのか…?」
「そういう意味なら自分の花を差し上げればいいのに、あの人」



多分士官学校の同期だろう、どことなく見覚えのある数人に囲まれる目立つ長身。妻の自慢をしたのか冗談でも言ったのか、集まった男達が笑いながら手荒くヒューズの肩を抱いたり叩いたりしているのが見えた。その輪の中から、私にかグレイシアにか、満足そうな笑顔で軽く片手を上げる。残されたブーケを持て余し気味に振り返すと「お前もまあまあ綺麗だな!」と大声で言うものだから、また周囲がどっと湧いた。



「…本当に分かりやすい人」



驚いて視線を戻すと、罪の無い夫の笑顔を優しい目で眺めていたグレイシアは、ゆっくりと私を見上げて微笑んだ。。



「あなたとお揃いでいたいんだわ、マスタング少佐。
 宜しく、グレイシア・ヒューズです」



何だこれは。随分とカンと頭のいい女性を選んだな。
いつの間に、どこでこんな女性を見つけてきたんだか。やはりヒューズは食えない。

その食えない男が、同窓生の輪に機嫌良く手を振りながら此方へ戻ってくる。
私の手の深紅の焔が、白いスーツの胸に一輪揺れている。

申し訳ないが奥様。
私もあのボケナスが愛しくて仕方ないのです。


「こちらこそ宜しく、ヒューズ夫人」


最高の笑顔で差し出した右手を、秘密を打ち明けあうような微笑みと共に、プラチナの華奢なリングが似合う細い指が柔らかく握り返した。












(20040310)