#52/耐えられないものなんてないし、絶えることのないものもきっとある
扉を開けると、顔も見えないほど花を抱えた軍服が立っていた。私は驚き、もう少しで声を上げそうになった。オレンジ、白、黄色。私の好きな色だけで作られた大きな花束。

「ただいまグレイシア!誕生日おめでとう!」

今年のブーケはどう?去年のより気にいった?
彼はいつもそう矢継ぎ早に質問しながら、花束の後ろから戯けて顔を出す。おかえりなさい。私は胸の動悸を抑え、胸の内で呟いた。おかえりなさい、マース。

「…あ、突然の訪問、失礼だとは思ったのだが」

勿論この人はマースではない。声も、背の高さも全然違う。申し訳なさそうに花の後ろからそっと覗かせる顔に、私はゆっくり笑いかけた。

「いらっしゃい、ロイさん。どうぞ上がって」



昨日はあの人のいない初めての誕生日だった。特別なことをしたら、色々思い出して泣いてしまいそうで、私は誕生日らしいことは何もせず淡々と過ごした。掃除して、買い物もして、エリシアと一緒にクッキーを作った。大きめのジンジャークッキーにアイシングで絵を描いて、マースの写真の横へ飾った。

「パパ。早く帰ってこないと全部食べちゃうから」

エリシアはそう言って写真を撫で、私は唇を少し噛んでから笑った。何とか笑えた。大丈夫。私はきっとマースが居ないことに慣れるわ。思い出に浸りすぎないように気をつけて、そうっとそうっと日々を重ねれば…。



「昨日焼いたクッキーぐらいしか無くて。ごめんなさい」

ソファへ座ったロイさんへ紅茶とクッキーをすすめる。暖炉の上へ飾った写真と、そのまわりを囲むクッキーの動物を眺めていたロイさんは、私のかけた言葉に我に返る。

「すいません、お邪魔してしまって」

ぺこと頭を下げてから、ロイさんはティーカップへ手を伸ばした。テーブルの上へ置かれた花束。見れば見るほど私の好きな花ばかりだ。

「この花は?」
「ああ…その、綺麗だったから衝動的に買ってしまったんだが…」
「綺麗だったのは花?売り子さん?」

ふざけて聞くと、彼はきょとんとしてから笑い出した。

「両方かな、はは。で、良かったら貰ってくれないかと」
「花を渡したい女性はいないの?」
「フラれたばかりだから」

軽口を重ねるうち、ロイさんの緊張も少し和らいだようだ。どんな魔法だか知らないけれど、マースはきっと私の誕生日に今年も花束を届けるように仕組んだに違い無い。酷い人。少しずつ忘れることも出来ない。でも私が忘れてしまったら、この世でマースのことを一番思い出すのは彼なんだ。それでもいい?それでもいいのか、グレイシア。俺はどっちにも憶えててもらいたいなあ。君にも、ロイにも、エリシアにも。自問は途中からマースの甘え声に変わった。本当に我侭な人。



「そういえば、しばらくあの人のところへ行ってないんです。
 このお花、持っていってあげようかしら」

私がそう言うと、ロイさんは「是非」と微笑んだ。私は花束を3つに分け、一つをロイさんに、もう一つを起きてきたエリシアに渡した。勿論私も一つ。白い花束を渡されるまま受け取って、どうしたものかと戸惑うロイさんに、私はコートを羽織りながら言った。

「じゃあ今から三人で行きましょう。
 なんだか私、あの人に負けた気分で悔しいから文句を言ってやりたいの」

急に愉快な気持ちが胸の底から湧いて、私は本当に久しぶりに心から笑った。マースのことを思っているのに笑えるなんて。これもあなたの計算の内なのかしら。

エリシアは大喜びでロイさんのコートの裾を掴み、彼を引っ張って庭へ出て行く。私は秋の白い光が差し込む居間を見渡し、暖炉の上の写真にキスをしてから二人の後を追った。