#47/不意討ち
「んじゃあ、顔出してくるわ」とヒューズ中佐が大佐の執務室へ消えたから、1時間や2時間は娘自慢で潰れるかと内心溜息をついたのに、中佐は30分もしないうちに部屋から出てきて、「んじゃまたな、リザちゃん」と帰っていった。

これは最短記録だわ。私が驚く間に、中佐を乗せた車は駅の方へ小さくなっていった。喧嘩でもしたのかしら。その分早く書類を決済していただけるのはありがたいけれど、短いなら短いで何となく拍子抜け。


「…大佐」


追加の書類を届けようと、ノックをしても返事がない。そっと扉を開けると、大佐は机の前に置かれた、応接用のソファに横になって眠っていた。掛けられている毛布は、中佐が隣の仮眠室からひっぱってきたものだろうか。オフホワイトの毛布が寝息にあわせてゆっくり上下する。

なるほど、相手がお昼寝中じゃ、そう長く時間は潰せないわね。私は納得しつつ、ようやく半分ほど減った書類の上に、追加分を無慈悲に乗せて、出来上がった書類を回収した。減るどころか増えた仕事を見て、目が醒めたらどう思うかしら。可笑しくて少し笑うと、「…ん、」と小さな雪山が寝返りをうって、もぞもぞと起きだした。


「おはようございます」


少し嫌みな口調で、斜45度に見下ろして言ってみたけれど、寝起きの大佐はぼんやりして「ああ、おはよう」と普通に返してきた。ソファの低い肘掛けへ乗せていた頭の、後ろ髪がぴょんと跳ねているのが、小鳥の尻尾みたいだ。


「ヒューズ中佐がいらっしゃいましたよ」
「…あ、ああ…。そのようだな」
「ご存知でしたか?」
「…いや、起きるとうるさいからな、寝たふりをしていた」


それはとても賢明な対処法だけれど、この人が賢明なことなんてするかしら?
それも、ヒューズ中佐の件に限っては余計に。


「狸寝入りだろとか言ったり…、所在なさげにうろうろしたりしていたぞ」
「何か報告がおありだったのかも」
「……どうせいつもの娘自慢だろう」


ぼんやりした顔の頬が赤い。まだそんなに暑くはないけれど。


「…頬が…」
「なっ!?」


大佐は咄嗟に手を頬へすべらせて、何かを拭うように擦ってから我に返り、おそるおそる私を見た。なるほど、寝たふりをして退屈する中佐をからかうつもりが、逆手に取られてしまったというわけね。追加の書類は多過ぎたかしら。午後からはずいぶん能率が落ちそう。


「頬が赤いので、熱でもおありかと」


淡々と言うと、わざとらしく頬を拭っていた手でそのまま目を擦った。


「いやあ、うん、少し暑いが大丈夫だ。……ところで中尉、私は午前中かなり頑張ったつもりだったんだが、あの机の上は何だろう」


取り繕うような早口と、奇妙に裏返った声に、私は心中で二度目の溜息をつく。


「今日中と申し上げたいところですが、明日までで結構です。まずは顔を洗って寝癖を直してください」


大佐は、うん、うん、と二度頷いて、ソファから立ち上がった。
これなら、二時間ぐらい娘自慢をしてから帰って下さった方が、補佐としては嬉しかったです、中佐。

おぼつかない足取りで廊下へ出ていく大佐を見送って、私は残された毛布を黙々とたたんだ。