| #45/身体に悪いものほど |
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突然、ロイから一方的な宣告を受けた。 「もう二度と私に触るな」 そりゃあ随分と酷いお達しだ。せっかくいろいろといい感じに慣れてきたじゃねえか、お互いに。お前だって昨日は辛いばっかじゃなかったろ?なんて、言えば窓から蹴り落とされる。ここは三階、無駄に命は削りたくない。 ロイは憮然としたまま(ロイが憮然としてると、唇がヘの字になってちいさい子が拗ねてるみたいでこれがまた可愛いわけだが)、偉そうに腕を組み、わかったなと念を押した。 「いや、さっぱり分かんねえんだけど。 触るなってどういう意味で?ああいう意味?それとも全般的に?」 ロイは癇性に眉をぴりっと上げて、「ああもこうもあるか、触るなと言ったら一切触るな」と、明快に言う。「じゃあどうやって朝起こすのよ」と問えば、熟考の末にこんどは少々歯切れ悪く「どうしても起きないときに、揺する程度は許す」と答える。はあ、つまりああいう意味で触らないで欲しいのか。俺は窓に寄り掛かったまま、はぁあと芝居がかった溜息を漏らしてみせる。 「あー、…やっぱ体がキツい、とか?」 最初の選択肢が「俺を嫌いになったとか?」じゃないあたり、俺も自虐的だ。いちばん辛い項目は最後に残して、ジワジワ自分の首を絞めるとしよう。ロイはその手の話をしているとは思えない真剣な顔で――そう、難解な錬金術の本を読んでるときみたいな顔で考え、「似ているが少し違うな」と大真面目に答えた。 「扱くだけならどっちの手でも大差ないと思って許したが どうもお前は調子にのって余計なことまでするようになって 随分苦痛だし迷惑だが、まあそれも我慢してやってきた」 この綺麗な顔と上品な唇から、こんな散弾銃みたいな台詞が飛び出すのが俺の所為かと思うと泣けてくる。俺はがっくりと頭を垂れて「ご迷惑おかけしてます」と謝った。「しました」じゃないあたりに、こんなにつれなくされても懲りねえんだぞ、というアピールを匂わせて。匂わす程度のアピールなんぞロイには全く通じないが。 「しかし最近、以前よりずっとだるいし、頭も霞んで悪くなった気がするし、 お前が真に私のためを思うのならもう二度と触るな。分かったな」 こんなに理路整然と言われると、いくら俺とはいえ反論が難しい。せめて少し寂しげな顔をしてみせたが、ロイはこっちを見もせずに、言うだけ言ってすっきりしたのか、さっさと部屋を出ていこうとする。そして戸口で、自分に言い聞かせるように呟いた。 「あんなことを続けていたら、心臓が持たない」 おいおい、心臓に来るほどキツいのか?俺、そんな無茶してますか?(してないとも言い切れないが)謝るつもりで伸ばした手は、パンと振り向きざまに払われた。さすがに、うだうだ誤魔化そうとしてた心も入れ替えるしかねえ。 「あー…、わかった、悪かった。 そんなにイヤだったらもっと早く言えよ」 後半、ふて腐れた声になってしまったが、ロイが立ち止まってじっとまた考えだすのは、俺を気遣ってとかでは断じて無く、正しい錬成式を導き出すように、自分の感情を正しく表現したいが為だ。 「……いや、今更イヤというわけではないが…」 ロイの形のいい頭には公式やら数値が充満していて、感情や感覚を人に伝える語彙が不足してる。その片寄った頭をひねりながら、視線はあちこちを落ち着かずにさまよう。何度かひらいては閉じられた唇が、迷いながら言葉を紡ぐ。 「つまり…、吃驚して、命が縮まるような気がする…から?…だ」 そう言うと、上手く言葉にできないもどかしさで眉間に皺をつくって、ロイは扉から出ていった。 それはその。 吃驚というのとは。 ちょっと違うんじゃないですか、ロイさん。 無駄に命が削れるぐらいなんだ。 三階の窓から蹴落とされるぐらいなんだ。 俺は扉が閉まり切る前に、飛び出して、飛び付いて、その背中を部屋へ引き戻した。 |