2002年12月の日記



2002年12月9日(月)

福岡から大阪にきた男性が結納の前日に殺害された事件。判決を見た。懲役6年と5年。余りにも軽すぎる。結婚にむけて、人生でもっとも幸福なときにささいな理由で殺された本人と婚約者、ご家族の無念を思うと軽すぎる。実際遺族の方も軽すぎるとコメントをだしておられる。犯人は20代だったように記憶しているが、刑をおえて出てきても20代か30代。結婚できる可能性はまだまだある。せめて、結婚が難しい年齢まで懲役にできなかったのか?判例は大切であるが、時代も変わってきている。裁判所ももう少し遺族の気持ちを考えた判決をだしてほしい。




2002年12月8日(日)

…大寝坊。どうも最近休みの日は大寝坊と相場が決まっている。晩遅くまで起きていたわけでもないのだが。いくら寝ても寝てもぐっすりと眠れる私たち。寝る子は育つ!?夕方図書館で大量に本を借りる。何せ市立図書館は15冊も借りれるので大助かり。中国の歴史小説や、鉄道関係の雑誌・写真集などを借りる。嫁さんもなにやら何冊か借りたようだ。晩、共にコタツで本を読みながらおしゃべり。嫁さんと私の読書量、合わせてみたら相当な数になるだろうな。




2002年12月7日(土)

仕事で京都府環境フェスティバルへいく。各ブースをみていて気が付いたのは、本当に環境を考えているコーナーに人があまりいなくて、フリーマーケットや、何か景品やサンプルをもらえるコーナーに人気が集中していたこと。私もものはほしい。それがちょっと魅力的なものだったらなおさらである。でも、今、大変な事態になっている環境を考えるフェスティバルがこの状態でよいのだろうか?そんな疑問をもってしまった。




2002年12月6日(金)
少しだけ残業した。いつもなら歩いて職場の最寄駅までいくのだが、たまたまバスがきたので飛び乗った。バス代がもったいなかったかなぁ…と思ったが、駅についてホームにはいると、構内放送がながれ、何でも尼崎方面で人身事故があり、あと二本で復旧するまで列車がとまるとか。もしバスに乗らずにいつものように歩いて帰ったらその二本に乗れなかった。列車は復旧のために一時間以上とまっていたようなので、ほっ。
そのまえに中学生を救助中の救急隊員を後続の列車がはねた事件があったので、列車を復旧するまではすべてとめるようにしたようだ。列車がとまると私は帰るのが大変である。バスで阪急の西院にでて、烏丸で地下鉄烏丸線で御池で東西線にのりかえ山科から京阪電車にのって浜大津からバス…でやっと帰れる。でも人命が優先なのはいうまでもないこと。遅れはやむをえないかな



2002年12月5日(木)
最近よく女子高生が革靴のかかとを踏んで歩いているのを良く見る。最近の新しい流行であろうか。今朝、京都駅で女子高生のある一団をみたところ、みんな同じようにかかとを踏んでいた。どうしてあんなことするんだろ?ひょっとしてミュールのつもり…なのかなぁ。歩きにくいだろうし(もっといえば危険)、靴もすぐ傷む。足も冷える。まるでいいことがないはず。それをみんな一緒にしているなんて…………………私には理解不能である。



2002年12月5日(水)

通勤ではきなれた革靴。そこにひびがはいってきたようで、雨がふるたびに靴下が濡れる。私の足は横幅が広いので、タテでそろえると横が狭いし、横でそろえるとタテがきつくなる、という難儀なサイズである。このくつは横幅4Eと幅広で、とってもびったりしている靴。だから直して使いたいのだが、2000〜3000円ほどはかかる。そのぶん新しい靴を買ったほうがいいかなぁと思いつつ悩む今日この頃。4Eが世に出回っていたらこんなに悩まないのだけどなぁ。




2002年12月5日(火)
日曜日のこと。夕方にとある大きなスーパーの食料品売り場に行った。日曜日の夕方なのでお客で一杯の食料品うりば。お客がたくさん来るのをねらったのか、パンやらハム、ソーセージ、ドレッシング、サラダといったものの試食コーナーがあちこちに設置されていた。誰もがおなかが減り始める夕方なので、試食コーナーに人が来ること来ること!あっという間になくなるので試食商品をだす店員さんもとても忙しそうだった…私もとってもおなかが減っていたので恥ずかしながら恥も外聞もなく、大量に食べてしまった。我ながら食べ物に弱いなぁ(恥)



2002年12月1日(日)
昨日に引き続き、今日も何故か大寝坊をこいてしまった(苦笑)。私たち夫婦の休みの朝は、朝食を食べた後、色々おしゃべりしながらコーヒーとデザートタイム。何だかんだと言いながら一時間近くおしゃべり♪コーヒーが無くなったらお茶をいれたりしながら…♪この時間は私たちにとってとても大切な時間。これからも大切にしていきたい♪