自分はひとりである、ということを覚えておきなさい。
社会は、自分の外側にだけ存在する。
奥深い内側で、人はひとりだ。
目を閉じ、自分が美しいか醜いかを見つめてみる。
その概念は両方とも消え去り、内側には美も醜もない。
目を閉じ、自分が誰であるかを沈黙のうちに見つめてみる。
尊敬されている人物か、尊敬されていないか。道徳的か、道徳的でないか。
若いか、年寄りか。黒人か、白人か。主人か、奴隷か。自分は誰なのか。
目を閉じれば、独りあることの中で、すべての概念が落ちる。
自分は何ものでもあり得ない。そのとき、空が起こる。
すべての概念がなくなり、自分の存在だけが残る。
これが、仏陀が悟った最も深い瞑想のひとつだ。
名もなき者であること。
そして、それは強制されてはならない。
人は、自分が名もなき者であるとは考えるべきではない。
それを悟らなければならないのだ。
さもなければ、自分が名もなき者であることはあまりにも重い。
自分が名もなき者であるなどと思うべきではない。
これが自分だと考えていることのすべてが関係性の中にあるのだと、ただ悟らなければならない。
真理は絶対だ。それは関係ではない。
真理は関係ではない。真理は何ものにも依存しない。
本書より抜粋
和尚 |