雑多な話

質問とその解答(主に高校生向け)(2023年12月の内容)

(2024年1月14日作成)

2023年12月に開催された、中部大学創発学術院主催の「第38回JST数学キャラバン」というイベントに登壇した際に、「数学者への質問」と銘打って参加者から集められた質問に対する回答を寄稿しました。 折角なので(主催者からの了承を得て)その質問と私の回答をここにも掲載します。 なお、数学キャラバンは主に高校生を対象としたイベントのため、ここでの回答も高校生相手という想定で考えたものです。

Q1. 好きな数字は何ですか?
例えば6や、24、120 など、階乗(3!、4!、5!、…)の形になっている数は私の研究との関係が深いので、⾒かけるとちょっと嬉しくなります。
Q2. 数学を好きになったきっかけは何ですか?
「気付いたら好きになっていた」という感じなので答えるのが難しいですが、幼稚園の頃は「サイコロを投げて出た⽬を⾜し算する」遊びが好きだった憶えがあります。
Q3. いつから数学者になろうと志したのですか?
「志した」というほど⽴派なものではないのですが、私は⼦供の頃からずっと数学が好きで、数学をずっとしていたいので数学者を⽬指した、という感じです。
Q4. 数学者になるために必要なことはありますか?
「数学が⼤好きであること」はもちろんですが、それ以外には「⾃分の考えに⾃信をもつこと」と「他の⼈の意⾒をよく参考にすること」がどちらも⼤切なことだと思います。
Q5. つい何かしてしまうなど、数学者の職業病は何かありますか?また、数学者あるあるは何かありますか?
ある意⾒を聞いたとき、その意⾒がすごく極端な状況でも正しいかどうかをつい気にしてしまう、というのはある気がします(少なくとも私はそうです)。
Q6. ⽇々どんなことから、数学の様々な⾓度からのアプローチを発⾒するのですか?
難しい質問ですが、例えば、既に良く知っている数学の内容についても(ちょうど今回の講演で、群を使って整数の定理を証明してみたように)「他にどんな考え⽅ができるかな」といろいろ想像する習慣を付けておくと、未知の内容についてもいろいろな考え⽅を思い付きやすくなる気がしています。
Q7. 物事を効率化したいとき、数学的に考えて正しく導き出す⼒をつけるには、何から勉強するとよいでしょうか?
これも答えるのが難しい質問ですが、(⾼校までの⽣徒さんであれば)まずは他の⼈が(教科書や参考書などに)書いているいろいろな数学の証明を、「何を根拠としてどんな性質を導いているか」という論理の流れを意識しながらよく読んで理解してみるのがよいかもしれません。また、現実の物事を数学的に考えるには、数学の⼒だけではなく「現実の物事」の側をよく知ることも重要ですので、数学以外の勉強も⼤切にするのがよいと思います。
Q8. どうしたら数学が得意になりますか?
(万能ではありませんが)⼀つの⽅法としては、数学の問題を解いたときに⾃分の答えが正しいか検算する(証明問題であれば、証明が論理的に正しいか確認しつつ読み直す)癖を付けるのは⼤事だと思います。これは単に「試験で⾼得点を取る」だけでなく、⼤学以降の数学でも「⾃分の論理を客観的に検証できる」ことはとても重要な能⼒です。
Q9. ⽂章問題を解くのが苦⼿です。どうしたら、⽂章問題を解けるようになりますか?
これもあくまで⼀つの⽅法ですが、問題⽂が表している状況を数式で書こうとする前に、⽂章や図・絵などで⾃分なりに書き直してみるのがよいかもしれません。問題⽂の状況を明確に思い浮かべられるようになれば、どのような数式でその状況を表せばよいのかがわかりやすくなると思います。
Q10. 代数をやりたいのですが、まず何から始めれば良いかわかりません。
俗に「初等整数論」と呼ばれるような、⽐較的簡単な(けれども⾼校までに習うものよりは⾼度な)整数の性質の勉強から始めるのがよいかもしれません。キーワードとしては「フェルマーの⼩定理」「オイラーの定理」「平⽅剰余の相互法則」などが挙げられます。その後は⼀般的には「群」「環」「体」などについて学ぶことになると思いますが、初等整数論の中には群や環や体の具体例も出てきますので(本によっては、これは群や環や体の例だ、と⾔及しないものも少なくありませんが)、群や環や体について学ぶ際にも役⽴つことと思います。
Q11. 素数に規則性はありますか?
これは突き詰めると「規則性とは何か」という問題になりますし、素数や整数の詳しい性質については整数論の専⾨家に尋ねる⽅がよいとは思います。それでも私なりに少しだけお答えしますと、例えば「ある素数からその次の素数までの距離(⼆つの素数の差)」の列を考えたとき、「2が無限に多く出てくるか?」という問いの答えはまだわかっていません。しかし⼀⽅で、「2が2回続けて出てくる位置は?」という問いについては、「素数3、5、7」の位置だけしかないことがわかります。(なぜでしょうか?)もし素数の分布に何の規則性もないのであればこのようなことは起きませんから、ある程度の規則性は存在するのではないかと思います。

数学の理解についての雑感

(2023年10月4日作成)

例えば、ある人と知り合って、その人との接点が多くなるにつれて、ある食べ物や娯楽作品や人物などのことをその人が好むかどうかを、本人から直接知らされたことがなくても何となく推測できるようになってくると思います。 同様に、その人から直接聞いたことのない言葉であっても、その人がその言葉を発している声をありありと想像できるようになったりもすると思います。 そして、その人に対する理解が深まれば深まるほど、自身の中に形成されるその人の「像」が明確になり、それに伴って「推測」や「想像」の精度が高くなっていくことでしょう。

数学の「理解」もこれに似ていると私は感じています。 (雑に言えば)形式的な体系としての数学は定義と定理と証明から成り立っていますが、多くの数学者は(少なくとも私自身は)数学を「定義と定理と証明のリスト」として理解しているわけではない*1というのが私の認識です。
ある数学的命題が正しい(正しそう)かを判断するとき、数学者は(「知識として知っていた」場合を除いて)まず自己の内面に結ばれている数学の「像」が「この命題に対してどう振る舞うか」を観測している*2のだと思います。 この「像」の挙動が実際の数学の挙動とどれだけ一致するかが数学の理解度の現れである、ということになります。
なお、この数学の「像」の見た目は人それぞれのはずです。 かのラマヌジャンの「女神様」の逸話や、より近代では加藤和也氏の「鶴の恩返し」の逸話はその顕著な例と思います*3。 そこまで独特でないにしても、数学の理解のあり方が人それぞれであることによって、数学の研究に個性が発生し、また異なる個性をもつ数学者の共同研究によって相乗効果が生じてさらに独創性の高い研究が生まれることになるのだと思います。

自己の内面にある数学の「像」をより明確にするには、実際の数学で起きている現象をよく観察することが重要です。 よく「(理工系の多くの分野と異なり)数学には実験がない」などと言われますが、実際には、いわゆる「手を動かす」と表現されるような、定義を自分の言葉で書き下してみる、定義や定理の簡単な例を作ってみる、定理の証明の省略された細部を自分で埋めてみる、定理の証明を自力で再構成してみる、定理のどの仮定が証明のどこに寄与しているかを分析して、その仮定を省くと真偽がどう変わるのかを調べてみる、といった種々の営みがすべて、数学の世界で起きる現象を観測する「実験」の役目を果たしているのだと私は理解しています。 数学を習得する上では、このような「実験」を通じて数学の世界をよく観察し、自身の内面に数学的な直観を育む姿勢が重要と思います。
(余談ですが、大学院入試のような試験問題(あるいは講義のレポート課題)に対しても、できれば「問題で与えられた状況をよく(手を動かして)観察することで状況の理解を育み、その理解に従って解答を導き出す」という「数学」の方法論で取り組んでもらいたいと思います。 実際には、特に入試のような時間制限のある場面だと中々そうも言っていられないのでしょうが…。)

なお、これまで数学の直観的な理解の重要性を説いてきましたが、直観が必ずしも伴わない形式的な数学ももちろん重要なものです。
数学における「正しさ」を他者と共有する手段としての「証明」の重要性は改めて言うまでもないでしょうが、それだけではありません。 上記のような数学の直観的な理解に至るまでの段階では、直観が必ずしも伴わない形式的な手順(「全体としてどのような方針でその証明が得られるのかはよくわからないが、とりあえず与えられた証明の各ステップが正しいことを確認する」など)によって、数学の世界で起きている現象を正しく知ることが必要となります。 直観的な理解のみに頼るようになってしまうと、自身の直観がまだ及ばない数学の領域を探検して(自身にとって)新しい現象を知ることができずに、結局は自身の数学的な直観をそれ以上研ぎ澄ますこともできなくなるでしょう。 数学の習得においては、直観的な理解と非直観的、形式的な手順のどちらも軽視することなく、バランスの良い上達の仕方を意識するのが望ましいと考えます。

(*1) もし数学者が「定義と定理と証明のリスト」としてしか数学を理解していないのであれば、ある命題を数学者が「見た瞬間に自明と感じる」(実際に懇切丁寧に証明すると数十ステップはかかるような命題であっても)という現象や、「証明のある部分に選択公理が用いられていることに気付かない」(つまり、推論に用いた公理や推論規則を明確に認識していない)という現象の説明が付かないと考えています。

(*2) この数学の「像」の観測は実際には無意識に行われていると想像しています。 なお、漫画家の方々はしばしば「自分の創作したキャラクターが勝手に動き出す」といった現象を語ることがありますが、数学において「自己の内面の「数学」が勝手に動き出す」境地に達すると素晴らしい定理を生み出せるようになるのかもしれません(私は中々その境地には至れませんが)。

(*3) ラマヌジャンご本人に聞かれたら「内面の存在ではなく本物の女神様に教えてもらったんだ」と怒られそうですが…。 あと、ラマヌジャンは既に「歴史上の人物」という印象なので敬称を省くのがしっくりきますが、加藤和也氏は直接お会いした(正確には、学生時代に氏の講義を受けた)ことがあることもあって敬称を完全に省くのはちょっとやりにくいです。

共著距離についての覚書

Shisyou number: ≦ 5 (師匠(院生時代の指導教員)との共著距離、2017年5月1日時点)
  1. Tom Roby, Itaru Terada : A Two-Dimensional Pictorial Presentation of Berele's Insertion Algorithm for Symplectic Tableaux. The Electronic Journal of Combinatorics, Vol.12, 2005, Article R4
  2. Tom Roby, Frank Sottile, Jeffrey Stroomer, Julian West : Jeux de tableaux. In: Proceedings of The 12th international conference on Formal Power Series and Algebraic Combinatorics (FPSAC 2000), Springer, 2000, pp.332-343 (ISBN: 9783540672470)
  3. Cristian Lenart, Frank Sottile : Skew Schubert polynomials. Proceedings of the American Mathematical Society, Vol.131, No.11, 2003, pp.3319-3328 (DOI: 10.1090/S0002-9939-03-06919-3)
  4. Cristian Lenart, Toshiaki Maeno : Alcove path and Nichols-Woronowicz model of the equivariant $K$-theory of generalized flag varieties. International Mathematics Research Notices, 2006, Article 78356 (DOI: 10.1155/IMRN/2006/78356)
  5. Koji Nuida, Takuro Abe, Shizuo Kaji, Toshiaki Maeno, Yasuhide Numata : A mathematical problem for security analysis of hash functions and pseudorandom generators. International Journal of Foundations of Computer Science, Vol.26, No.2, 2015, pp.169-194 (DOI: 10.1142/s0129054115500100)
Emperor Emeritus number: ≦ 4 (上皇(2019年5月1日現在)との共著距離、2017年5月1日時点のデータで算出)
  1. Akihito, Akihisa Iwata, Takanori Kobayashi, Kazuho Ikeo, Tadashi Imanishi, Hiroaki Ono, Yumi Umehara, Chika Hamamatsu, Kayo Sugiyama, Yuji Ikeda, Katsuichi Sakamoto, Akishinonomiya Fumihito, Susumu Ohno, Takashi Gojobori : Evolutionary aspects of gobioid fishes based upon a phylogenetic analysis of mitochondrial cytochrome b genes. Gene, Vol.259, Issues 1-2, 2000, pp.5-15 (DOI: 10.1016/S0378-1119(00)00488-1)
  2. Toshitsugu Okayama, Takuro Tamura, Takashi Gojobori, Yoshio Tateno, Kazuho Ikeo, Satoru Miyazaki, Kaoru Fukami-Kobayashi, Hideaki Sugawara : Formal design and implementation of an improved DDBJ DNA database with a new schema and object-oriented library. Bioinformatics, Vol.14, Issue 6, 1998, pp.472-478 (DOI: 10.1093/bioinformatics/14.6.472)
  3. Toshiaki Katayama, Kazuharu Arakawa, Mitsuteru Nakao, Keiichiro Ono, Kiyoko F. Aoki-Kinoshita, Yasunori Yamamoto, Atsuko Yamaguchi, Shuichi Kawashima, Hong-Woo Chun, Jan Aerts, Bruno Aranda, Lord H. Barboza, Raoul J. P. Bonnal, Richard M. Bruskiewich, Jan Christian Bryne, José M. Fernández, Akira Funahashi, Paul M. K. Gordon, Naohisa Goto, Andreas Groscurth, Alex Gutteridge, Richard C. G. Holland, Yoshinobu Kano, Edward A. Kawas, Arnaud Kerhornou, Eri Kibukawa, Akira R. Kinjo, Michael Kuhn, Hilmar Lapp, Heikki Lehväslaiho, Hiroyuki Nakamura, Yasukazu Nakamura, Tatsuya Nishizawa, Chikashi Nobata, Tamotsu Noguchi, Thomas M. Oinn, Shinobu Okamoto, Stuart Owen, Evangelos Pafilis, Matthew R. Pocock, Pjotr Prins, René Ranzinger, Florian Reisinger, Lukasz Salwínski, Mark J. Schreiber, Martin Senger, Yasumasa Shigemoto, Daron M. Standley, Hideaki Sugawara, Toshiyuki Tashiro, Oswaldo Trelles, Rutger A. Vos, Mark D. Wilkinson, William S. York, Christian M. Zmasek, Kiyoshi Asai, Toshihisa Takagi : The DBCLS BioHackathon: standardization and interoperability for bioinformatics web services and workflows. Journal of Biomedical Semantics, Vol.1, 2010, Article 8 (DOI: 10.1186/2041-1480-1-8)
  4. Kana Shimizu, Koji Nuida, Hiromi Arai, Shigeo Mitsunari, Nuttapong Attrapadung, Michiaki Hamada, Koji Tsuda, Takatsugu Hirokawa, Jun Sakuma, Goichiro Hanaoka, Kiyoshi Asai : Privacy-preserving search for chemical compound databases. BMC Bioinformatics, vol.16(Suppl 18), 2015, Article S6 (DOI: 10.1186/1471-2105-16-S18-S6)