■熱帯夜の過ごし方■
 

 「あっちぃ〜」
 耳にする方が暑苦しさを覚えそうな声と共に『夢幻水族館』の扉が開き、むっとするような熱気が店内へと流れ込んで来る。
 「もぉ死にそ〜」
 どうにかこうにかカウンターまで辿りついたものの、そのままぐったりと潰れてしまったサンディに苦笑しつつ、マリナは熱いおしぼりと氷水のグラスを差し出して仕事帰りの夫を労った。
 「お疲れ様」
 「お、サンキュ」
 サンディは、一息にグラスを乾すとおしぼりで手を拭き、ついでに――仲間内で密かに親父くさいと噂される原因となっているのだが――顔と首筋の汗もぬぐう。
 2杯目のグラスも空けてようやく人心地ついたサンディは、その辺にあったメニューを団扇代わりにパタパタと扇ぎながらうんざりとした調子でぼやいた。
 「それにしても、どーにかなんねぇのか、この暑さ」
 プログラム【aquarium】が発動してからこの方、《空の庭》市を管理している「マザー」はより地球上に近い自然環境を再現するようになっていた。
 以前は一年を通して暑過ぎず寒過ぎず、湿度も適度な状態に保たれた常夏ならぬ常春の気候だったのが、今はきちんと四季らしきものが存在している。
 ちなみに現在は夏の盛りで、職務に忠実な「マザー」は夏日や真夏日や寝苦しい熱帯夜までしっかり演出してくれていた。
 付き合わされる市民としては文句のひとつも言いたくなるところなのだが、カウンターに居合わせたカイリは涼しい顔をして茶々を入れる。
 「サンディは堪え性がなさ過ぎって気もするけどね」
 「うるせ〜、俺はおまえみたいに枯れてねぇから、シントーメッキャクしても暑いもんは暑いの!」
 「そういえば」
 いつもの如く掛け合い漫才を始めかけた2人を遮るように、ふとカイリの隣でリンクが口を開いた。
 「昨夜アリスと話してたんだけど、昔はこんな風に暑い日には「肝試し」や「怪談」をしたんだって」
 「キモダメシ?カイダン?」
 「夜中に墓地や無人の廃墟を探検したり、怖い話をしたり、まぁつまり「ぞっとする」感じで体感温度を下げようってコト」
 暑さの所為で言語理解能力が低下しているらしく頭上に疑問符を飛ばして首を傾げるサンディに、カイリが情緒も風情もない解説を加える。
 「結局精神論なワケね」
 くたっと脱力してカウンターに突っ伏すサンディに代わって、マリナが興味深そうに身を乗り出して来た。
 「ホラー映画なんかでも良いのよね。あ、ねぇカイリ、どうせだからすっごくリアルな仮想お化け屋敷造らない?」
 彼女がそう提案すると、サンディはカウンターに懐いた姿勢のまま、ひらひらと手を振ってみせる。
 「ダメダメ。こいつの場合、『黒檀の髪に雪みたいに白い肌の可憐な少女が血の色の唇からブリザード吐いて白雪姫【スノーホワイト】』とかゆー別の意味でオソロシイシロモノ作りかねねぇもん。純真な子供達が人間不信になっちまう」
 「お伽噺って、実はキワドイ話が多いんだけどね」
 カイリの発言は冗談か本気か微妙なところだったが、サンディは敢えてそれを無視すると悪戯っぽく瞳を閃かせてこんな事を言い出だした。
 「それより、怖いってゆーかサムイコト思い浮かべればいーんだろ?そんなの簡単じゃん」
 「例えば?」
 リンクは、ついつられて素直に問い返す。
 すると、サンディは唇の端をにやりと吊り上げて性質の悪い笑みを浮かべた。
 「他意も悪意もなく無邪気なカイリとか、素直で奥ゆかしいアリスとか、全開の笑顔でスキップするウィルとか」
 「勤勉なサンディとか?」
 わざとらしく指折り数えるサンディに、カイリがにっこりと微笑みかける。
 綺麗なその笑顔を目にしたリンクは、何故だかちょっぴり周囲の気温が下がったような錯覚に陥った。
 更に、続くマリナの一言が局地的に氷点下の世界を作り出す。
 「サムイって言えば、サンディの口説き文句って意外と気障でサムイわね」
 「マ、マリナっ?」
 マリナは、がばっと上体を起こし調子の外れた声で呼びかけるサンディの慌てぶりをちらりと横目で流し見た。
 そうして、ほぅと溜息混じりにこう呟く。
 「でも、それでも女の子としてはやっぱりちょっと嬉しかったりするのよね」
 …ただでさえ暑いのに他人の惚気にまであてられてアツイ思いをするのは出来ればごめん被りたいと、思わず頬を緩めたサンディを除く店内の誰もがこっそり天を仰いだ。
 ややあって、カイリがどうにか気を取り直そうと話題の転換を試みる。
 「あぁ、ひとつ確実に涼しい思いが出来る方法、思いついた」
 「何?」
 「ウィルのバイクでタンデム」
 それを耳にした途端、サンディとマリナが揃って何とも言い難い表情で顔を見合わせた。
 「そっ、それは確かに!」
 「…ひんやりできるわね、きっと」
 「そっか、風に吹かれれば涼しいよね」
 2人の反応の不自然さに気づかないまま、リンクは素直に納得する。
 「いや、それもあるけど…」
 見かねてサンディが説明しかけた時、カウンター内のドアが勢い良く開いて、少々薄汚れた格好のウィルが現れた。
 「サンディ!こないだのメンテナンス、手抜いただろっ!もうエンジンが焼けついたぞ!」
 どうやらあちこちに出来た擦り傷はバイクのトラブルの所為なのだろう、サンディの顔を見るなり苦情を申し立てるウィルを尻目に、マリナはリンクにひそひそと囁きかける。
 「…あの子の運転、荒いから…」
 スリリングでヒヤヒヤ出来る事は間違いないわ、と告げるマリナに、リンクは力なく苦笑するしかなかった。



 その日の夜の事。
 「それで、結局どうしたの?」
 リンクから夕刻のやりとりを聞かされたアリスは、面白半分呆れ半分で先を促した。
 「うん、とりあえず『夢幻水族館』に入り浸ってれば心も身体も涼しいよねっていう話で落ち着いたんだけど」
 「ふぅん」
 案外まともな結論に納得したのかしていないのか、あまり気のない相槌をうつ。
 その裏で、アリスは内心カイリと結託してホラーゲームでも創ったら面白そうかもなどと思い巡らせるのだった。


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