LUX CLUXの年少部隊で迎える2度目のハロウィンが近づいたある日の事。
 カボチャのランタン作りに精を出していたティアラが、ふとこんな呟きを漏らした。
 「そういえば、ランに初めて逢ったのもハロウィンだったよね」
 

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 白い単衣の上から、蓮華の浮綾紋が施された深藍の長袍を纏う。
 右前袷の蜻蛉頭と袖の返し、それに背に大きく縫い取られた三日月に北斗七星をあしらった紋様は銀で、白袴の裾を括る足結いと沓は上着と揃いの藍。
 月瑠【ユエル】家当主の礼装である。
 黙々と1人身支度を整えるランの背に、不意に艶のある声が投げられた。
 「祭祀でもないのに装束姿とは珍しい」
 「魁【カイ】王」
 ランのものと良く似た長衣に、天色の眸、銀の髪――己が崇める霊獣王の化身たる青年に、ランは恭しく一礼する。
 残りの仕度を手早く終え、改めて魁王に向き直ったランは、胸に兆す憂いを静かに口にした。
 「今朝、水盤に不可解な卦が出たのです」
 「藍【ラン】でも読み解けない卦、ね」
 7つの年に四神を得、齢9つにして月瑠の当主となったランの才覚を誰よりも知る霊獣王は、寵愛する巫子の言葉に軽く眉を上げて驚きを表す。
 「それで、不測の事態に備えようというのだね」
 微かな溜め息と共に吐き出された声音には、月瑠家当主としての務めに幼い身を捧げるランに対する労りと気遣いが込められていた。
 そこへ、浄室の外から急を告げる声が掛かる。
 「申し上げます。南方の海にて海底火山の噴火が観測されました。先触れの無き事ゆえ、何某かの魔術により引き起こされた厄災の惧れ有りとの由」
 期を計ったかのように告げられた凶事に、刹那2つの視線が意味深く絡み合った。
 だが、ランは、思わし気な眼差しを向けてくる魁王に目礼すると、聊かの迷いも感じさせぬ毅然とした声でこう応える。
 「承知した。すぐに術士を召集せよ。転位の陣が整い次第出立する」
 

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 重く雲が垂れ込めた鉛色の夜空に、真紅の炎と黒い噴煙が立ち上っている。
 黒々と沈む海面に赤々と燃える岩漿が流れ込む様は、大地が血を流しているかのようだ。
 先陣を切って現場に駆けつけたランは、眼下に広がる光景に僅かに柳眉を顰める。
 彼に遅れる事暫し、背に月と北斗の紋様を描いた襖袴姿の術士の集団が姿を現すと、噴煙を上げる火山の様子を遠巻きに見守っていた人々の間から、畏敬の声が上がった。
 「月瑠だ」
 「当主御自ら御出座しとは…」
 居合わせたのはほとんどが現地の術者や魔法使いで、月瑠以外の「同業大手」から派遣されたと思しき魔導士の姿は見られない。
 事態の発生から然程時が経ていない所為もあるだろうが、遠見の類の気配だけは感じられる事から、予期せぬ災禍故に累が及ぶ事を懼れて静観を決め込む腹づもりなのかもしれない。
 僅かの間にそれだけの事を見て取ったランは、自らの責でその場を掌握する決断を下す。
 手始めに、被害を最小限に留める為に同門の術士に指示を出した。
 「水士は潮を、土士は地を宥めて収束を図れ。火士は噴火の源を押さえよ。金士と木士は天が荒れぬよう鎮めの儀の仕度を」
 その上で、自身は状況を見極めるべく単身噴火口へと向かう。
 未だに活動を続ける火口付近の空には湧き出す溶岩に熱せられた灼熱の大気と噴煙とが渦巻いており、絶え間なく降り注ぐ灰燼と爆風に乗って飛び交う火山弾が生ある者の接近を拒む。
 しかし、そんな自然の脅威も、ランの身を脅かす事はなかった。
 苛酷な環境に身を置く主を護ろうと、彼の四神が力を揮っているのだ。
 玄武・烏羽玉の張った水の幕が熱風を防ぎ、青竜・瑠璃の巻き起こす風が灰煙を払い除ける。
 白虎・真珠の働きかけで岩礫は砕け、飛び交う火の粉は朱雀・珊瑚の身の内に取り込まれた。
 四神の加護を受けたランは、禍の元凶を突き止めるべく噴火の中心地へと近づいていく。
 溢れ出た溶岩で出来た小島が視認出来る位置まで辿り着いたランは、其処に見出した光景に思わず息を呑んだ。
 「莫迦な…!」
 驚愕に瞠られた視線の先に、茫洋とした表情で佇む1人の少女の姿が在る。
 小島を形成する溶岩は未だに固まりきっておらずあちこちに炎熱の朱を覗かせているし、周辺には高温の水蒸気が濛々と立ち込めているような状況だ。
 到底、常人のいられる環境ではない。
 それなのに、その何れも少女を害する様子はない。
 「珊瑚!」
 鋭く呼ばわる声を受けて、ランの意を汲んだ朱雀が辺り一帯の熱気を払った。
 更に、玄武の放った霊気が、ランの為の足場を固める。
 自身も身を護る為の結界を張った上で、ランは少女のすぐ傍へと降り立った。
 間近で見ても、少女の白金の髪も、ミルク色の肌も、焼け焦げどころか灰1つ被っていない。
 炎に映えて煌めく髪が綿菓子のようだとどこか場違いな感想を抱きつつ、ランは躊躇いがちに声を掛ける。
 「君は…?」
 すると、夢見るように宙を彷徨っていた視線が、ランの双眸に焦点を結んだ。
 生気を得たメイプルシロップ色の瞳が、しばしランを凝視する。
 ややあって、少女はにっこり微笑むと、無邪気な声でこう応えた。
 「あたしはティアラ。ティアイエルだから、ティアラ」
 「ティアラ」
 ランが鸚鵡返しにその名を呟くと、ティアラと名乗った少女は嬉しそうに破顔する。
 その笑顔につられるように、ランは気がつくと少女に向かって手を差し伸べていた。
 「おいで、ティアラ。一緒に行こう」

 

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 「あの時、ランが手を伸ばしてくれて、凄く嬉しかったの」
 気がついたらひとりぼっちで、何にも解らなくて、ちょっと心細かったから。
 そう言ってほわりと微笑むティアラを前に、ステラは少々複雑な表情だ。
 ティアラとランの間にある絆に嫉妬しつつ、羨ましいと憧れる気持ちもあるのだろう。
 もちろん、ランから聞き及んでいた事情から推測される事実を懸念している、というのもある。
 一方、ルディは、まるで雛の刷り込みみたいだと内心こっそり苦笑する。

 束の間、呼び起こされた記憶に想いを馳せていたランは、そんな友人達の様子にひっそりと口許を綻ばせた。


 

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