魔導騎士団
LUX CRUXの団員心得には次のようにある。

  入団にあたり、個人的に携行が許可されるものは以下の通り。
   1.魔導武器又は魔導器具・・・1点又は1組
   2.護符・魔導防具・・・1点又は1組
   3.魔法生物・・・1体
 

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 東国の道士の装束に身を包み、エントランスホールに張り出したバルコニーに佇んでいたランが、長衣の裾を揺らす清浄な風に伏せていた面を上げる。
 ついと伸ばされたその腕に、白隼の姿をとった霊鳥シームルグがふわりと舞い降りた。
 「お帰り、スイ」
 ティアラ以外には滅多に見せない柔らかな笑顔で相棒を労って、ランは視線を階下へと転じる。
 「講堂内の浄化は完了した。もう結界を解いても良いぞ」
 「了解」
 ホールの入り口に当たる大扉の前で身の丈を越える長さの槍を構えていたルディは、ランの言葉に朗らかに応えると足許に蹲る銀灰色の毛並みをした魔法狼を抱き寄せた。
 「ライカもお疲れ様」
 ふわふわのフェイク・ファーのジャケットに耳付きカチューシャ、尻尾のおまけまで生やした可愛らしい狼男姿のルディが大きな狼に甘える様は、仔犬が成犬にじゃれかかっているようで微笑ましい。
 一方、ホールの中央では、聊か古風な服装の吸血鬼に扮したステラが背中の翼が潰れるのにも構わず仰向けに身を投げ出していた。
 「疲れた〜っ」
 彼が口を開くのに合わせて血の色を纏った口許に長い犬歯が閃くものの、残念ながら恐怖だとか妖艶さとかはあまり感じられない。
 音もなく傍まで歩み寄って来た黒豹が、するりと身を寄せ様長い尾を撓らせてステラの額をぺしりと叩いた。
 「何だよ、解ってるよ、ジニィ。後片付けがまだだって言うんだろ」
 恨めしげに呻きつつ、ステラはうんざりとした様子で半身を起こす。
 今宵はハロウィン。
 LUX CRUXの年少部隊は、司令部の主催で恒例の仮装パーティーの真っ最中である。
 万聖節の前夜祭と言っても世間一般と同様に宗教行事の一環と言うよりはお祭り騒ぎとしての色合いが強いのだが、そこは一応魔導騎士団と銘打つ組織だけの事はあって平和裡に進行するとは限らない。
 何しろ、魔法に関する有象無象が集まっているだけに、普段から「場」が不安定になりがちなのだ。
 異界との境界が揺らぐ夏至や冬至、ハロウィン等はある意味鬼門中の鬼門だった。
 更に、今年は異形の者を誰彼構わず惹き寄せる「天性の幻獣使い」が居合わせている。
 案の定、あちこちに出没する魔物のおかげで、年少部隊は一時ちょっとした狂騒状態に陥った。
 「Trick or Treat?」というお決まりの合言葉でお菓子を強請る小妖精に飴玉を与えるくらいは構わないが、悪戯好きのゴブリンや好戦的なケンタウロスに好き勝手に暴れられたり、ラミアやセイレーンに隊員を誘惑されたりしたのでは敵わない。
 年少部隊長のシェルアより直々に警護の任務を依頼、もとい命じられていたステラ達プリンセス・ガードの面々は、逃げ回る魔物を追い回しては異界に返し、被害が広がらないよう結界を敷き、辺りに溢れた邪気を祓い――と大忙しだった。
 尤も、メンバーの1人が元凶の一端を担っている以上、文句の言いようがない。
 言いようがないのだが、子鬼達に荒らされまくった食堂や乱闘騒ぎで壊れた調度の散らかる廊下を片づけて回るかと思うとやはり溜息のひとつも落ちようというものだ。
 げんなりと肩を落としたステラの視線の先では、黒のレザーとシフォンとベルベットで着飾った魔女っ子のティアラが、騒ぎの張本人としての自覚もなく、肩の上にちょこんと乗った火蜥蜴の背を撫でながらほわほわと微笑んでいる。
 「愉しかったね、サラム」
 彼等の魔法の夜は、まだ当分終わりそうになかった。
 

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 その夜の事。
 しんと寝静まった宿舎の一画にあるステラの部屋に、人外の者の影が4つ立ち現れた。
 「あらあら、随分な惨状だわねぇ」
 ゆるりと気怠げな仕草で波打つ黒髪を掻き揚げた褐色の膚の美女が、艶かしい唇から溜息を落とす。
 彼女が見渡す部屋の中は、まさに惨状としか言いようのない状態だった。
 打ち上げの最中に力尽きたのか、部屋の中には仮装に使った小物やパーティーで配られた焼き菓子が散乱していて、足の踏み場もないほどだ。
 何もこの散らかった狭い部屋で4人揃って寝なくても、と思うのだが、余程疲れきっていたのだろう。
 それが解るから、呆れ混じりの口調の割りに、床に転がるステラを見下ろす金色の眼差しは温かい。
 「兵共が夢の跡、だな」
 苦笑しながらもソファに寄りかかって眠るルディの頭を撫でるのは、銀灰色の髪の大柄な女戦士だ。
 言葉遣いは男勝りで粗暴だが、豊満な肢体はエネルギッシュで母性を感じさせる。
 「仕方がないわ」
 机に突っ伏したランに毛布を掛けてやりながら、白銀の髪を高く結い上げた白皙の少女が静かに口を挿んだ。
 ジゼルの妖精やシルフィードを演じるバレリーナを思わせる楚々とした佇まいの彼女は、愛しげにランを見守っている。
 「そうそう、今日も頑張ってたもん」
 特等席のベッドで眠るティアラをにこにこと見つめながら、真っ赤な髪をした利かん気そうな少年が、少女の言葉を引き取ってうんうんと頷く。
 外見相応に子供っぽい少年の態度を横目に見つつ、猫科の美獣を思わせる美女はこれ見よがしに肩を竦めてみせた。
 「半分以上は自業自得って気がしないでもないけどね」
 「何だよ、ティアラの所為にするのかよ」
 すぐに食ってかかるまっすぐな気性の少年を宥めるように、銀色の女戦士がおっとりと口を開く。
 「その娘の所為だけじゃないさ」
 眠り続けるランの髪にそっと指を滑らせて、白皙の少女がぽつりと呟いた。
 「聖なるモノも魔のモノも、強い魔力と魂の輝きには惹かれずにはいられないもの」
 だからこそ、彼等もこうして主に寄り添っているのだ。
 こんな風に人型を取って姿を現す事は、滅多にないけれど。
 「あぁ、もう夜が明けるのね」
 僅かに開いたカーテンの隙間から、清冽な初冬の曙光が射し込んで来る。
 淡紅色の光の中、4つの人影に変化が表れた。
 妖艶な美女は精霊の名を持つ黒豹へ。
 銀の女戦士は逞しくも気高き魔法狼へ。
 白の少女は、癒しと清めを司る霊鳥へ。
 そして、やんちゃな少年は火焔を統べる者の名を継ぐ火蜥蜴へ。
 「ん…ジニィ…?」
 微かな気配を感じ取ったのか、それとも冬の朝の寒さの故か、小さく身じろいだステラが寝惚けた声で相棒の名を呼んだ。
 優雅な足取りでガラクタの山をすり抜けた黒豹のジニィは、ステラの足許に擦り寄ると丸くなって目を閉じる。
 魔法狼のライカはルディの隣に蹲り、白隼のスイはランの傍で羽を休めた。
 火蜥蜴のサラムは、シーツに広がるティアラの髪の下に、もぞもぞと潜り込む。
 こうして、夜の魔法が終わり、4体の霊獣とその主人が取り残された部屋に、束の間の休息が訪れた。


 

魔法使いのハロウィン騒動・幕