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「…で?」 魔導騎士団LUX CRUX年少部隊宿舎の一画、プリンセス・ガードのコードネームを持つチームのミーティングルームと化しつつあるステラの部屋の扉を開けたランは、一瞬瞠った秘色の双眸を胡乱げに細めて重い口を開いた。 「これは一体何の酔狂なんだ?」 目の前には、鮮やかなオレンジ色のカボチャの山。 そのどれもが目鼻を刳り貫かれ、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべている。 そんなカボチャ頭に負けず劣らす悪戯っぽい表情の部屋の主は、扉の前で立ち尽くすランにあっさりとこう言ってのけた。 「Jack-o'lanternだよ。ハロウィンの」 「…それは見れば解る…」 頭痛を堪えるかのようにランがこめかみを指で押さえていると、床の上でカボチャに半ば埋もれているルディがフォローを入れてくる。 「年少部隊の司令部の主催で、毎年恒例の仮装パーティーがあるんだ」 「仮装パーティー?」 「そ、仮装パーティー」 にこにこと答えるルディとは対照的に、ランは小難しい顔をして首を傾げた。 「ハロウィンといえば万聖節の前夜祭、起源はケルトの祭事だろう?LUX CRUXみたいな組織じゃ、この手の行事は普通避けるものなんじゃ?」 「あぁ、そっか」 ランの困惑の理由を察したのだろう、ルディはぽんと掌を合わせるとほんわりと微笑む。 「最近は物騒なご時勢だもんね。十字架や三日月、六芒星みたいな宗教的象徴を想起させるアクセサリーの着用を禁じてる学校も多いみたいだし」 宗教的対立は、時に深刻な争いに発展する。 まして、様々な信仰を掲げる神聖系の術者が集う魔導騎士団のような魔法集団では、細心の注意を払っているのが普通だった。 自身は宗教的バックボーンを持たないステラにも、同じく特定の信仰には拠らないものの神聖系の魔導結社の出身であるランの戸惑いは理解できる。 その上で、ステラは苦笑混じりの、それでいてどこか誇らしげな口調でルディの後を引き取った。 「まぁでも、うちは基本は何でも有りだからな。さすがに敷地内に全部の宗教の神殿だの寺院だのはないけど、食堂のメニューも各宗派の禁食を考慮して揃えてるし、ラマダンだろうが盂蘭盆会だろうが大祓だろうがホーリーだろうが、事前に申請しとけば大抵の事はできるぜ」 「…なるほど」 懐が大きいというか、大雑把というか。 「もちろん、任務に支障がない限りって条件は付くけど」と付け加えるステラの解説に耳を傾けていたランは、【翠の木星】の徽章を与えられた腕の良い薬師のシゲルが、故国の年末年始を指して宗教天国と呼んでいたのをぼんやりと思い出した。 クリスマスプレゼントに始まって、大晦日には寺院で除夜の鐘を鳴らし、年が明けたら儒教に端を発するお年玉を貰って神社に初詣に出向くという風習を寛容と見るか節操無しと見るかは判断の分かれるところだが、要はLUX CRUXの方針もそれに近いものがあるのだろう。 もちろん、根底にある思想は大きく異なるのだが、そこはそれである。 足元に転がってきたカボチャのランタンをひとつ拾い上げたランがこれはこれでなかなかに愛嬌があるなどとぼおっと考えるでもなく思っていると、おっとりとしたルディの口から爆弾が飛び出した。 「それに、どっちかって言ったらお祭り騒ぎがメインだもの。そんなに深刻に考える事ないんじゃないかな。パーティーでは、仮装の出来を競うコンテストなんかも開かれるくらいだし」 「そうそう。俺達みたいな無名の新入りが顔を売るには絶好のチャンスってわけ」 良くも悪くも「無名」とは言い難い自分達の所業の数々を棚に上げて、ステラは楽しそうに頷いてみせる。 「そんなわけだから、ランも何か仮装のネタ考えとけよ」 半分くらいは拒否されるつもりでからかい混じりにそう告げたステラだったが、ランの反応は予想の斜め下30度くらいをいくものだった。 「…ちなみに、ティアラにその話は?」 「したした。楽しみだって言ってたぜ。何か、友達に逢えるかもって」 どこか戦々恐々としているようにも見えるランの態度を訝しく思いつつ、ステラは明るく答えを返す。 まるで自分の事の様に嬉しそうなステラとは裏腹に、ランは思わし気に唇を噛むと小さな声で呟いた。 「…それはまずいな」 「まずい?」 本格的に怪訝そうな顔で鸚鵡返しにするステラに、ランは地を這うような声で問いかける。 「異界と現世が繋がる夜に逢えるティアラの「友達」が普通の相手だと思うか?」 プリンセス・ガードの紅一点であるティアラは天性の幻獣使いだ。普通の召喚士とは違い、幻獣と心を通わせ、契約で制約する事無くその力を引き出す事が出来る。 そんな彼女が、よりによってハロウィンの夜に逢うのを心待ちにしている友人――いや、そもそも「人」である可能性は、限りなく低いのだが――を想像したルディとステラは、どちらからともなく顔を見合わせた。 ジャック・オ・ランタンやケット・シーくらいなら可愛いものだが、妖精王やクーフーリン、一つ目の巨人バロルやデュラハンなんぞを呼び出された日には、いくらLUX CRUXと言えどちょっとシャレにならない気がする。 「…確かにまずい、かな?」 「…まずいな、絶対」 眉間に皺を寄せて考え込むラン、力なく笑うルディ、遠い目をして明後日の方を眺めやるステラ。 LUX CRUX年少部隊の中でも名の知れた3人の少年魔法使いは、揃って深い溜息を落とした。 + + +
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