仮想現実の仮装パーティー



 10月31日、ケルトはサワーン前夜の宵祭り、万聖節の前夜祭。
 いわゆるハロウィンってやつだ。
 「だからって、何でゲームの中でまでこんな扮装しなきゃなんねぇかな」
 ふさふさの毛に包まれた尻尾をぱたりとぱたりと揺らしながら、狼男に化けたアル先輩が往生際悪くぼやいてる。
 「それでなくたって、騎士だの魔法使いだのが普通に歩き回ってるってのに…」
 俺達が今いるのは、ファンタジックRPG『テイル・ナーグ』の世界だ。
 だから、先輩の言う通り、剣と魔法の物語から抜け出して来たような格好は珍しくもないんだけど…。
 「でも、こんな風に人外のモノになりきる機会はそうはないだろう?」
 アル先輩の隣で、こちらは黒いマントに大鎌という由緒正しき死神装束――砂時計を持ってるから死神じゃなくて時の翁なんだそうだけど――のレイ先輩が、何だかひどく愉しそうにご機嫌斜めな相棒を宥めにかかる。
 深めに被った大きなフードの所為で整った顔はほとんど見えないけど、だからこそちらりと見える形の良い唇が笑みを孕んでるのがちょっぴり怖かったりするのは内緒だ。
 今夜、『テイル・ナーグ』では特別な限定イベントが開催される事になってる。
 その参加条件が、「魔物や妖精といった人外の者である事」ってわけだ。
 おかげで、辺りはまさに異界、むしろ百鬼夜行の様相を呈してたりする。
 カボチャ頭のJack-o'lanternや赤い長靴のケットシーなんて可愛らしいのから、メジャーなところではミイラ男にフランケンシュタイン、変わったところでは天狗にジンに雪女まで、古今東西なんでもあり。
 それどころか、物理的な制約のない仮想現実(ヴァーチャル)なのを良い事に本格的に凝った仮装をしてるのもいて、翅翔妖精(ピクシー)や矮小人(コボルト)みたいにサイズ的に無理があるモノ、ラミアやアヌビスみたいに人の形を留めていないモノ――そういえば、つい今しがたも先輩達の知り合いらしいマリアって名前のセイレーンが空中を泳いで行ったっけ――、挙句斬り落とされた自分の首を小脇に抱えた騎士デュラハンなんてのまで闊歩してる始末だ。
 ちなみに、レイ先輩は完全に目に見えない透明人間で参加しようとして、ゲームの主催者側から接触判定でシステムエラーが起こるからって理由で止められたらしい。
 さすが伝説の「機械誑し」!
 なんて言いつつ、俺自身は割りと無難に吸血鬼コスなんだけどね。
 「そうですよ!それに、『精霊王の晩餐』なんて滅多に参加できるイベントじゃないんですよ?」
 警察機構内の電脳空間担当部署Cyber Space Security、通称C.S.S.のエースコンビと一緒の任務ってだけでもラッキーなのに、その上レアクエストに招待されたのが嬉しくて浮かれ気味の俺に呆れたのか、脱力しきってた筈のアル先輩が苦笑交じりに窘めてきた。
 「フィン、お前、一応仕事の一環だっての忘れてないか?」
 「えー、そんな事…あ!ミトラ!」
 ないって言いかけてたんだけど、待ち人の姿を見つけた途端意識をそっちに持ってかれちゃうんだから、われながら説得力ないよな。
 C.S.S.のメンバーじゃないけどパーティーを組んでる仲間で目下のところ俺の片想い相手でもある「電脳の賢者」、愛しのミトラの今宵の出立ちは、白銀の軽鎧に翼を象った兜を被ってて、華奢なその背中には真っ白い羽が生えていた。
 ちょっとばかり物々しいけど、これってやっぱり天使サマだよね?
 うわ、ちょっと感動。
 内心のどきどきは隠したまま彼女の傍まで忍び寄って、お約束の挨拶と同時に無防備な首筋に咬みつく振りをしてみる。
 「Trick or Treat?可愛い天使の血なら大歓迎〜」
 でも、肩に手を置く寸前、きらりと光る槍の穂先が眼前に突きつけられて、俺はその場で硬直した。
 「…って、天使じゃなくて戦闘乙女(ヴァルキューレ)なわけね」
 ミトラの場合、本気で攻撃して来かねないから侮れない。
 いくら手加減してくれたって無駄に痛い目みたいとは思わないからね。
 素直に両手を挙げて降参する俺をやや遠い目で眺めつつ、アル先輩が何やら疲れた様子で呟いてる。
 「兄妹揃って人の生命を奪おうってか」
 「だから、僕は死神じゃないって」
 それに優しげな微苦笑で応えたレイ先輩が、物騒な戯れ合いを楽しんでる俺達を手招きする。
 「あぁ、ほら。妖精王のお出ましだ」
 

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 1年に1度、異界の扉が開く夜。
 機械仕掛けの人工異世界でも、魔法の宴が始まろうとしていた。


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