万聖節前夜。
 現し世の境界線が揺らぐこの夜に、時間と距離を越えてふたつの世界が交錯する。



 真夜中、不意にヴゥンと唸るような音がしてPCが起動する。
 明かりの消えた部屋の中、皓々と光の灯ったディスプレイに明滅する色彩とノイズ。
 やがてそれらは、意味を持ったものへと収束していく。
 それはまるで、偶然混線したラジオのチューニングが合わされるように――。


 




 「ターキッシュアンゴラとロシアンブルーだ」
 長い歴史を持つ名門大学の校舎といった感じの、どこかノスタルジックな雰囲気を醸し出す赤煉瓦の建物の2階の窓から外を眺めていた少年がふと呟いた。
 黒目がちな飴色の瞳を瞬かせ、チョコレートブラウンの柔らかな髪を風に揺らす少年の映像に重なるように、画面に文字が浮かび上がる。
 ――Name:Ruddy=Solaris,Male,Age:13.
 「えっ、どこどこ?」
 彼の声につられて、同じ年頃の少年が窓から大きく身を乗り出した。
 外側にぴんぴんと跳ねまくった赤い髪がやたらと印象的なその少年は、やや垂れ目気味の鮮やかなジャスパーグリーンの瞳を輝かせてきょろきょろと辺りを見回す。
 ――Name:Stella=Mire,Male,Age:13.
 「あそこ」
 最初の少年が指し示す方に視線を転じた赤毛の少年は、しばしの沈黙の後におずおずと口を開いた。
 「…俺には人間の女の子と男の子に見えるんだけど?」
 彼が見つめる先には、ゆったりとした足取りで石畳の並木道を歩くプラチナブロンドの少女と黒髪の少年の姿がある。
 「うん。でも、なんとなくそんな感じでしょ?」
 茶色い髪の少年は、あくまでも無邪気な笑顔でそう応えた。
 

+ + +


 「なぁに?」
 ふっとすぐ近くで微笑む気配を感じて、少女は隣を歩く少年の、頭ひとつ高いところにある瞳を覗き込んだ。
 少年は、青みがかった黒髪をさらりとかき上げて少女を見つめ返す。
 ――Name:Lan=Yueliu,Male,Age:13.
 「髪、綿菓子みたいだなと思って」
 柔らかな笑みを浮かべる少年の言葉通り、ふわりと風にそよぐ少女の髪は羽根のように軽く雪のように色が淡くて確かに綿菓子を連想させるのだけれど、本人はどうやらまったく自覚がないらしい。
 「そぉかなぁ?」
 大きなメイプルシロップの色の瞳をぱちくりとさせて、少女はあどけない仕草で小首を傾げた。
 ――Name:Tiariel=Feu,Female,Age:13.
 そんな少女に、少年は秘色と呼ばれる蒼翠の瞳に極上の笑みを湛えてこう告げる。
 「蜂蜜がけの綿菓子みたいに、ふわふわできらきらしてる」
 「そっかぁ」
 その表情がとても優しかったから、少女も幸せそうににっこりと微笑み返した。
 

+ + +


 赤々と燃える羽根が、火の粉のように辺りに舞っていた。
 「不死鳥…?」
 飴色の瞳を大きく見開いた少年のチョコレートブラウンの髪が、金赤色の炎に照り映える。
 「召喚士か!?」
 驚嘆に喘ぎながら赤毛の少年が振り返ると、黒髪の少年の傷だらけの肢体をかき抱くプラチナブロンドの少女の姿が目に入った。
 寄り添う2人を包み込むように、炎を纏った美しい鳥が大きく翼を広げる。
 次の瞬間、少年の身体から眩い光が放たれた――。


 

 



 ジジッと再び画像が乱れて、束の間の夢から醒めたかのように意識が現実に引き戻された。
 後には、ただ静寂を破る低いモーター音とディスプレイの放つ薄青い光だけが闇の中に取り残される。
 果たして今のは何だったのだろうか?
 見知らぬ子供達の交わす会話、見た事のない景色、とりとめもなく転々と移り変わる場面。
 覚えのない筈のそれらは、けれどやけにリアルな記憶として胸に刻まれる。
 ただの夢かもしれない。
 でも。
 …もしかしたら、今夜君はいつか出逢う未来を垣間見たのかもしれない。

 


それは、特別な夜の見せた魔法。