「遅れちゃう、遅れちゃう〜」
懐中時計片手の白兎ならぬ白狐が、冬の夜空を駆けて行く。
時は大晦日。天界はどこも大わらわだ。
「これからお勤めかね」
わたわたと主人の下へと馳せ参じる新人の御使い狐に、錫杖片手に雲の上から下界を覗き込んでいた地蔵菩薩が声を掛ける。
「うん、そうなんですよ。大祓が終わったと思ったら、すぐ初詣ででしょ。そちらはもう店じまいですか?」
「一応、鐘が鳴り終わるまでは付き合うがね。その後は甘露でも引っかけてゆっくりさせてもらうよ」
白象に載った普賢菩薩がおっとりと頷く隣で、獅子に騎乗した文殊菩薩が軽く肩を竦めてみせた。
「尤も、鐘を撞いたくらいで煩悩が祓えるなら、お前さん達ももう少し暇になるだろうがね」
「まったくだ。死人を神に祀り上げた挙句学力向上の合格祈願のと好き放題祈り放題。おかげでおちおち花を愛でる事もできん」
と、こちらは時季外れの紅梅の枝を一振り手にした道真公。
風流人の溜息に、一同から笑いが起こる。
「天神様はこれから稼ぎ時ですからなぁ」
無病息災家内安全、商売繁盛万病平癒、恋愛成就に安産祈願、雨乞い縁切り厄払い。
とかく人の子の欲は尽きぬ。揺り篭から墓場までとはよく言ったものだ。
額をつき合わせて笑う神仏の顔に、しかし、咎めや蔑みの色はない。
「我等とて総ての願いを叶える事は出来んがの」
風折烏帽子に狩衣姿の恵比寿がにこやかに語れば、千の慈手を衆生に差し伸べる観音がはんなりと微笑んで後を継ぐ。
「誓願が人の子等をより善き道へと導くならば、せめて彼等の声に耳を傾けるのが我等の務めでございましょう」
驕らず、見放さず、厳しくも温情篤い眼差しで、彼等は人の子を見守り続けるのだ。
「お、百八つ目の鐘が鳴りますぞ」
「いけない、早く行かなきゃお稲荷様をお待たせしちゃう!」
慌てて駆け出す仔狐を見送って、天界に集う神仏は互いに言祝ぎを交し合う。
「それでは、また来年」
「良いお年を」