■特別編 祭祀の日■


 朝未き。
 薄紫に染まりゆく蒼い闇の中、瑠璃玻はひっそりと祭壇の前に佇んでいた。
 残月のかすけき光を浴びて銀の艶を宿す黒髪が、祈りを捧げる彼の表情を隠す。
 身に纏う衣の色は純白。それは、背後に控える煌と綾の2人も変わらない。
 すべての彩を映し、だが、けして自身は何者にも染まらぬその色は、燦々と降り注ぐ初夏の陽射しを浴びて輝く彩釉煉瓦の祭壇にさぞ映える事だろう。
 その上で、其処此処にちりばめられた意匠の妙が、彼等の個性を際立たせる。
 瑠璃玻の上衣には瞳と同じ藍色の縁取りが施され、胸元には銀糸で蓮の花が縫い取られていた。
 丈の短い上着から覗く細い身体の輪郭が、幾重にも重ねた淡い蒼の薄絹越しに透けて見える。
 襟の袷や袖を止める飾り釦も銀糸で蓮華を象ったもので、夜空の藍と月光の銀を併せ持つ瑠璃玻に相応しく清楚な中にも雅やかな雰囲気を醸し出していた。
 煌の長衣にも、襟元や袖口、裾などに刺繍が施されている。
 こちらは金糸で小花をあしらったもので、控えめながらもともすると簡素に過ぎる形に華やぎを添える役を担っていた。
 軽やかな身ごなしを妨げぬよう足回りなどに目立たぬ工夫がなされているのも、作り手の細やかな心配りを感じさせる。
 足首まで届く丈長い衣装に鍛え上げられたしなやかな痩身を包んだ彼は、彼自身が手にする細身の剣の美しさをそのままに体現していた。
 一方、綾のドレスには、真紅の飾り紐以外目立った装飾は見られない。
 代わりに、綾は六条の光芒を放つルビーを嵌め込んだ銀の腕輪の他に、長い房を持つ繊細なレースのストールを身につけていた。
 淡紅の地に編み込まれた虹色の光沢を持つ糸が、躍動的な彼女の動きに合わせて鮮やかな絢を織り成す。
 華焔の異名を持つ彼女には、やはり紅がよく似合っていた。
 どれ程の時が過ぎただろうか。
 遠く東の山の端より射す曙光が、神殿前の広場を照らし始めた。
 1年で1番早い朝の日に、綾は微かに目を細める。
 今日は夏至――年の始まりを告げる特別な日だ。
 やがて日が昇れば、抜けるような青い空の下、人々がこの広場に集い来るだろう。
 そうして、ミフルの新年を祝う光の祭祀が執り行われる。
 だが、誰が知るだろう。
 祭りの前に、人知れず祭壇で祈る斎主の真摯な姿を。
 その姿を見守る者の、尽きる事のない慈しみに満ちた眼差しを。
 綾もまた、胸の裡でひそかに願う。
 すべての人の子の上に――何より彼等の上に、幸あれかし、と。