■第5話 喪失楽園■

(13)

 ミフルの創世神話は語る。


   原初、世界は混沌だった。
   全てはひとつであり、ひとつは全てだった。
   だから、今も森羅万象全ての中には精霊が宿っているのだ。
   やがて、時が混沌を孕ませ、空と地と海とが生じた。
   空は魂を生み、地は肉を、海は心を生んだ。
   それら3つが交じり合い、あらゆる生き物がこの世に誕生した。
   心の欠けたものは獣に、魂の欠けたものは植物に、肉の欠けたものは妖に。
   そして、3つの力を均等に持つものは人になった。

   人という種族の中には、稀に他の者よりも多くの力を持って生まれ来る者があった。
   その力故に特異な才と永の寿命を得た彼等を、人々は次第に神と呼ぶようになった。
   その最たる存在が、天空三神である。


 人々は天空三神を信仰し、万象に宿る精霊の王をもまた崇めていた。
 豊かな自然に恵まれ、神々に護られ、ミフルは大いなる繁栄の時を得た。
 四季の実りは人々に糧を与え、神秘の力は文化の礎となる。
 豊楽の世に育まれた人々は、高度な文明を築き上げた。
 外つ国より訪れし旅人は、ミフルを地上の楽園と呼び習わした。
 しかし、形有るものはけして永遠たり得ない。
 『混沌より生じしもの、すべて時と共に混沌へと帰す』。
 世界の始まりと終わりの言葉が示す終末は、栄華を極めしミフルの地にも例外なく訪れた。
 地の底に宿る原初の焔が永き眠りから解き放たれたその時、ミフルの大地は溢れる炎によって引き裂かれ、猛り狂う海が総てを呑み込んだ。

 

※  ※  ※


 斯くて、ミフルの地は大海へと沈み、楽園は喪われた。
 だが、物語は続く。
 この世に、人の子等の在る限り。
 

※  ※  ※


 神話は語る。


   ミフルの時の潰えし時、新たなる三柱の神が顕れた。
   炎と風の力を持ちて民を育みし大地の娘。
   優しき心と毅き剣を持ちて民を護りし守護の剣。
   そして、大いなる理と癒しの力を持ちて民を救いし月夜の君。
   彼等は方舟を解き放ち、ミフルの民を遥か遠き地へと導いた。


 古き神々が遺した方舟によって滅びを逃れた人々は、新たな時代を築く。
 大地の娘は、母なる女神として長きに渡り人々の許に留まり、民と交わって歴史と伝承の狭間に生き続けた。
 守護の剣と月夜の君の行方は、杳として知られていない。
 ただ、女神の伴う鷲が、時折何かに呼ばれるように何処かへと飛び立つ姿が見られたという。


 喪失楽園・完