■第2話 暁紅の星■

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 ジュナの星辰神殿の中は、神殿というよりは宮殿を思わせる造りになっていた。
 まず、建物に入ってすぐが3階まで吹き抜けになったホール。2階には中央の広間を見下ろす形でバルコニーが廻らされ、天井には豪奢なシャンデリアが吊るされている。
 入り口の正面には2階に上がる為の階段が2つの半円を描く形で配されていて、中2階といった感じになっている踊り場の壁には燃え立つ炎のような橙赤の髪の乙女の姿が色硝子で描かれていた。
 昼間は高い位置にある明り取りの窓から降り注ぐ陽射しを浴び、夜には揺らめく蝋燭の炎に照らされて幻想的に浮かび上がるその乙女は、星神・朱華を表しているのだろう。
 宗教的なものを連想させる点はそこのみで――それさえも、女神の真の姿を知る瑠璃玻達からすれば失笑を買うものでしかないが――後は床や階段に敷き詰められた絨毯の緻密な絵柄も、辺りに漂う濃厚な花の香りも、神を祀る場には過ぎた美麗さを醸し出している。
 荘厳な神聖さで訪れる者を圧倒する聖都・メシエの天象神殿とは、同じ神殿と称される施設でも印象がまったく違っていた。
 正面を除く三方のバルコニーは窓ひとつ毎に仕切りが設けられていて、そのひとつひとつに美しく着飾った若者や娘の姿が見て取れる。
 彼等は、半ば物憂げに、それでも好奇心を隠し切れない様子で瑠璃玻達を眺めていた。
 偶々その場に居合わせた参拝客も、ホールに現れた3人の姿を目にすると当初の目的を忘れて目を奪われる始末である。
 あちこちで囁き合う声が高い天井に反響してざわめきに変わる中を、瑠璃玻と煌は涼しい顔をして進んで行く。
 やや遅れて後に続いていた綾は、ふと異質な眼差しを感じて顔を上げた。
 「騒がしいと思ったら、珍しいお客様ですこと」
 彼女の視線の先、二手に分かれた階段の奥にある扉の前に、カメリア色のドレスに身を包み艶冶な笑みを浮かべて立つ女性の姿がある。
 緩やかに編み上げられたブルネットの髪が首筋にほつれ落ちる様がなんとも艶かしい。
 更に、広く開いた胸元と深いスリットの入ったマーメイドラインを特徴とするドレスが彼女の豊満な肢体を強調する。
 およそ神殿という場所に相応しからぬ装いの彼女こそ、ジュナの星辰神殿を預かる神官長の日向その人だった。
 濃厚な化粧の所為もあって年齢は不詳ながら、その立ち居振る舞いからは円熟した大人の女性の艶が存分に感じられる。
 日向は、やや芝居かがった仕草で辺りを一瞥すると仕方なさそうに苦笑を漏らした。
 「貴方方が並んで立ってらっしゃると、うちの選りすぐりの星供達でさえ翳んでしまいますわね」
 彼女の言葉を耳にした参拝客等は、瑠璃玻達一行から決まり悪げに目を逸らす。
 だが、彼等の行動を責めるのは少々酷というものだろう。
 麗しくも清楚な美少女の如き花顔に極端に露出を避けた服装が禁欲的でありながらそこはかとない色香を漂わせ男女問わず見る者を魅了して止まない瑠璃玻に、貴族的に整った容貌と細身ながらきちんと鍛えられたしなやかな長身と洗練された穏やかな物腰とで女達の憧れと熱い視線を集める煌、軽やかな身のこなしのひとつひとつから溢れる天性の華やかさと瑞々しさで男達の視線を惹きつける綾と、いずれ劣らぬ魅力を持った3人が一堂に会しているのだ。
 たとえ参拝客の大半が星供と呼ばれる聖娼との色事を目当てに来たのでなかったとしても、興味を抱いたとて無理はない。
 当の瑠璃玻は、聞き様によっては皮肉と取れなくもない日向の発言を逆手にとって際どい問いをさり気なく投げかけた。
 「我々は招かれざる客だったかな?」
 「とんでもありませんわ、瑠璃玻様。ようこそお越しくださいました」
 大仰な口調でそれを否定して、日向は慇懃に微笑み返す。
 表面上は平和な2人のやり取りを見守る綾は、心の中でこっそり嘆息した。
 

※  ※  ※


 神官長付きの巫子に案内されて通された日向の執務室もまた、非常に華美で贅沢な空間だった。
 家具や調度から美術品にいたるまですべてが名匠の手になる一流品ばかりという中で、それらに格負けしない悠然とした態度で日向が口を開く。
 「それで、今日はどういったご用向きでいらしたんですの?」
 どうにも落ち着かない心地で室内を見回していた綾は、続く瑠璃玻の発言に思いっきり意表を衝かれた。
 「今度、この華焔を「星神の舞姫」として天象神殿に召し抱える事になった」
 辛うじて声を飲み込んだものの弾かれたように視線を向ける彼女を尻目に、煌まで平然と瑠璃玻に話を合わせる。
 「聞けば、綾は幼い頃こちらで育ったとか。お世話になった方や縁のある方にご挨拶をと思ってお連れした次第です」
 「まぁ!そうでしたの」
 それを聞いた日向は、慈母と言うには婀娜っぽさが目につく微笑を綾に向けると親しげに語りかけた。
 「おめでとう、綾。星辰神殿専属の舞い手に、という望みが叶わないのは残念だけれど、貴方ならきっと立派に務められるわね」
 瑠璃玻は、更に追い討ちをかけるようにこんな事を言う。
 「彼女の披露宴では、朱華の承認の証として星の神器である【クラヴィウス】を用いる事になるだろう。滅多に見られる代物でなし、日向殿も都合がつくようなら参列すると良い」
 「えぇ、是非」
 にこやかに頷く日向の双眸に浮かんだ一瞬の動揺を、もちろん瑠璃玻達は見落とさなかった。