※※※恋する天使※※※
けして人の目に触れる事のないとある組織の報告書には、短くこう綴られている。
「「天使」シリーズの最大の欠陥は恋に堕ちる事である」
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「ねぇ、ヴィ、今度はそっちのサンタさんを取って」
「これ?」
「うん、そう」
小さな居間の小さな暖炉の前で、ヴィは小さな少女と一緒にクリスマスツリーの飾り付けをしていた。
真っ白な真綿の雪と色とりどりの豆電球で彩られた常緑の枝は、真っ赤なブーツやキャンドルやリース、杖の形をしたキャンディにサンタクロースといったオーナメントで華やかな装いに変わる。
自分の背丈ほどもあるツリーを前に楽しそうにはしゃいでいた少女が、不意に「あ!」と声を上げた。
「そうだ!ちょっと待ってて!」
そう言うと、パタパタと何処かに駆けて行く。
しばらくして居間に戻って来た少女は、プラスチックでできた玩具の宝箱を手にしていた。
大切そうに床に下ろされた小箱の中には天鷲絨が敷き詰めてあって、小川で拾ったきらきら光る小石や綺麗な色をしたガラス球に混じって小さな小さな天使のオーナメントがしまわれている。
お伽噺の中の天使そのままに黄金の髪に空色の瞳をした人形の面差しは、何となくヴィに似ているように見えた。
それを枝に掛けながら、少女は幸せそうにえへへ、と笑う。
「これ、あたしの宝物なの。だって、ヴィにそっくりなんだもん」
ヴィは、ほんの少し哀しげな…けれど柔らかくて優しい眼差しを、その人形に向けた。
それから、仕上げに天辺に金色の星を飾ったツリーを眺めて、にっこりと少女に微笑みかける。
「メリークリスマス」
「メリークリスマス、ヴィ」
少女は、ヴィの頬にちゅっと音を立てて哀しみを吹き消す魔法のキスを贈った。
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窓の外には紙吹雪が舞い、人々の歓喜の声が街路に響き渡る。
奇しくも異教の国で聖夜と呼ばれる今日、長い間独裁政権の支配下にあったこの国の民は自由を取り戻した。
圧政からの解放の喜びに酔いしれる人々を見守っていた男は、厚いカーテンを閉ざすと静かに窓辺から離れる。
冷え冷えとした部屋に、彼以外の人影はない。
だが、一国の指導者の執務室としては随分と質素なその部屋で唯一の贅沢品と思しき黒檀のテーブルには、真っ赤なワインを満たしたグラスが2つ並んでいた。
滾る血潮のような――燃え盛る焔のようなその色は、今はもういない熾しい女(ひと)を思わせる。
武力を行使する戦いは終わった。
けれど彼には、新たな闘いが待っている。
長く孤独な日々を前に、男は束の間、彼の女神に想いを馳せる。
進むべき道を誤る事がないように。
2人で描いた理想を、いつの日か実現できるように。
「…俺を見守っていてくれ、ディー」
+ + +
夕闇に包まれた通りを、ユウは街を見下ろす広場へと急ぐ。
「それじゃ、いつもの場所でね」
今朝、そう言って家を出た彼女は、先に広場に着いて彼を待っているだろう…そんな思いがユウの足取りを早めていた。
彼のコートのポケットには、リボンのかかった小さな箱が入っている。
中に入っている飾り気のないシンプルな指輪が、ユウの出した答えだった。
一時は自分には彼女のそばにいる資格がないと思い悩んだりもしたけれど、犯した過ちを言い訳にして逃げるのはもう止めようと、そう彼は決意したのだ。
「ユウ!」
名を呼ぶ声に顔を上げれば、開けた視界の向こうで彼女が手を振っている。
華やかな夜景をバックに立つ彼女の姿に、ユウは思わず息を呑んだ。
地平に僅かに紅を留めた藍色の空に星々が煌めき、遠く眼下にはライトアップされたクリスマスツリーときらびやかなイルミネーションに彩られた街並みが続いている。
けれど、ユウは、地上の星でも天上の宝石でもなく、一秒毎に綺麗になっていく少女だけを見つめて眩しげに目を細めた。
「遅いわよ、ユウ」
ポケットの中の箱をそっと握って、笑いながら怒った振りをする彼女の方へとユウは足を踏み出す。
これからはじまるふたりの新たな関係を祝福するように、夜空の星がきらきらと瞬いた。
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軽い羽根布団を頭から被って、アイは隣に横たわるケイの端整な貌を上目遣いにじっと見つめる。
熱に浮かされたように身体を求め合う行為が嫌いなわけではないけれど、ケイとこうしてただベッドの中で寄り添って過ごす時間がアイは好きだった。
吐息が触れる距離で微笑み返してくれるケイの柔らかな眼差しと腕の温もりが、今は何よりも愛おしい。
今宵はクリスマスイヴ…とは言え、ふたりの暮らす部屋にはクリスマスツリーはもちろん、ケーキもワインも何もない。
ベッドサイドのテーブルで揺れるキャンドルの光だけが、唯一「特別」な夜を演出している。
丁度1年前の今日、仕組まれた運命のままにふたりは出逢った。
あの時、いつかこんな風に穏やかな夜を迎える日が来ると誰が想像しただろう。
この聖なる夜に彼等は祈り、感謝を捧げる。
見知らぬ神にではなく、彼等に生命を与えてくれた人に。
生まれてきて、ふたりが出逢えた奇蹟に。
優しいばかりでも綺麗なだけでもない、痛みを抱えたこの世界のすべてに。
そして、「恋」という名の魔法に――。
Happy Christmas to you...
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