***撫子***
名は体を現す、とは、限らない。
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彼女の名前は「撫子」。今時珍しく古風な名前だ。
初めて彼女と出逢ったのは、小学校1年生の時だった。
新しいお隣さんだと母親に紹介された彼女はその名に相応しく清楚で、なんていうかとっても可愛らしかった。
腰まで届く髪――七五三の為に伸ばしていただけだというのは後から知った――といい、おずおずと上目遣いにこちらを伺う表情――ただ単に初対面で緊張していただけらしい――といい、ちょっぴりはにかんだ笑顔――これだけは本物だ――といい、とにかくたおやかで、おとなしくて、女の子らしい子なんだと思った。
ばあちゃん達が話してる「大和撫子」ってのは、きっとこういう子の事を言うんだ。
彼女を守ってあげなくちゃ!
子供心に、僕はそう決意した。
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ところが、僕が彼女に抱いた印象は、あっさりと覆される事になった。
彼女はとんでもないじゃじゃ馬娘だったのだ。
おままごとや人形遊びよりもチャンバラが好きで、年がら年中河原だの林の中だのを駆け回ってはそこら中に生傷をこしらえていた。
彼女の膝や掌に絆創膏が貼ってなかった事なんてほとんどなかったんじゃないかと思う。
負けん気が強くておまけに腕っ節も強かったから、クラスの悪ガキ共が女の子を泣かせたりしようものなら敢然と掴みかかり、容赦なく蹴り飛ばしてのけた。
おとなしく王子様に守られているだけのお姫様なんかじゃない、無敵のヒロイン。
かけっこでも、木登りでも、漢字の書き取りテストでも、僕は1度も彼女に勝てた事がなかった。
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「あなた?何ぼぉっとしてるの?」
うららかな陽気につられてぼんやりと昔を思い出していた僕は、そう声をかけられてようやく目の前に立っている彼女に気づいた。
取り入れたばかりのシーツの山を抱えた彼女は、ちょっと呆れ顔で僕を見下ろしている。
久し振りの晴天に上機嫌な彼女は、朝から洗濯に庭の手入れにと忙しく働いていた。
僕はといえば、ひとりでのんびりしてるのも申し訳ないかなぁなどと思って掃除機くらいは掛けてみたものの、後は特に手伝えそうな事もなくて、少々手持ち無沙汰に彼女の働き振りを眺めていて今に至る。
そんな僕に、彼女は仕事を与える事にしたらしい。
「手が空いてるんなら、お買い物に行って来て」
今日はたまねぎとジャガイモとお米が特売なの。そう言いながら有無を言わさず財布とショッピングバッグを差し出されて、僕は居心地の良いソファから立ち上がる。
「はいはい」
相変わらず、僕は彼女に負けっぱなしだった。
幼馴染から悪友を経て恋人に昇格し、結婚した今になっても、1度も勝てた例がない。
それでも、まぁ良いかと思ってしまう自分に苦笑しつつ玄関に向かう僕の背に、更に追加の命令が下る。
「あ、そうそう!卵も忘れずに買って来てね」
たまねぎとジャガイモとお米と、その上卵?その組み合わせはちょっと厳しいと思うんだけど?
その思いはしっかり顔に出ていたんだろう。
怪訝そうに振り返った僕に、彼女はにっこりと微笑んでこう言い添えた。
「夕飯は、あなたの好きなオムライスにするから」
…やっぱり、敵わないなぁ。
惚れた弱みとやらも加わって、こうして僕は今日も連敗記録を更新し続けるのだ。
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名は体を現す、とは、限らないけど。
綺麗なだけじゃなくて、強いだけでもなくて、優しくて包容力があって、こういう女性をきっと「大和撫子」って言うんだって、今の僕には解るから、「撫子」の名前はあながち似合わないもんじゃないんじゃないかと思う。

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