***橘***


 甘酸っぱい幸せを君に贈ろう。

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 厚めにスライスしたオレンジを浮かべたティーカップから、ほわんと甘やかな湯気が立ち上る。
 テーブルの上にはタルトにシャーベットにマーマレード。
 この時季、我が家はオレンジの香りで満たされる。
 だが、今年のそれは、ちょっと特別だ。
 「ねぇ、パパ、見て見て!」
 朝からリビングを占領して何やら作業に没頭していた娘が、勢い良く立ち上がって私を呼ぶ。
 Tシャツにサブリナパンツというリラックスしたスタイルの彼女は、頭の上からすっぽりと白い布を被っていた。
 「どう?」
 そう言って、くるりとその場で軽やかにターンして見せる彼女の動きにあわせて繊細なレースで縁取りしたシルクのオーガンディのヴェールが翻り、髪を留めている華奢な細工のティアラにあしらわれた純白のオレンジの花が揺れる。
 「あぁ、綺麗だよ」
 鼻先をふわりと擽る甘酸っぱい香りに目を細めて頷けば、ソファに腰掛けた妻がやれやれと溜息をついた。
 「まったく、仕方のない子ね」
 どこか愉しげな彼女の手許には、これまたオレンジの花を束ねたブライダルブーケ。
 白く愛らしいその花で身を飾って、娘は明日結婚する。
 「花嫁姿は、父親と花婿には当日まで見せないものよ」
 苦笑混じりにやんわりとたしなめる妻に、娘は笑ってこう応えた。
 「良いじゃない!パパとママには誰より祝福してもらいたいんだもの」
 式を翌日に控えた花嫁というものは普通もう少ししとやかでしんみりしたりするものではないかと思いつつ、私は無邪気にはしゃぐ娘から夏の午後の光が溢れる庭先へと視線を転じる。

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 25年前、妻の実家から贈られたオレンジの木。
 白い可憐な花と共にたくさんの実をつけるこの木を結婚のお祝いに贈るのがこの地方の風習なのだ。
 以来、この木はずっと私達を見守ってきた。
 振り返ってみれば、まぁ人並みにいろいろあったと思う。
 甘いばかりではなく、時に喉を灼くような酸味を齎し、時に爽やかな清涼感を与えてくれるオレンジは、確かに結婚生活の象徴に相応しいと言えるだろう。
 そうして、今、その豊かな恵みに与るべく清楚な花を髪に飾って、娘が嫁いでいく。
 胸に去来する幸せな喜びとほろ苦い寂しさまで何だか目の前の果実と似ているようで、そんな風に感じる自分に失笑した。

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 よっぽど出来が気に入ったのか、ヴェールを被ったまま鏡の前でくるくると動き回っている娘の、まだまだ子供っぽさの残る笑顔にそっと約束する。
 明日、式が終わったら、おまえにも小さなオレンジの苗木を贈ろう。
 酸いも甘いも知り尽くし、幸せな家庭を築いていけるように。



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