***待雪草***
逢いたいと思う気持ちが、小さな魔法を生むのです。
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ある寒い夜の事です。
オフィス街の真ん中にぽつんと取り残された児童公園の入り口に、1人の少年の姿がありました。
通りすがりに彼に気づいた人達は、誰もが不思議そうな表情で首を傾げました。
こんな時間にこんな場所で子供が独りでいる事もちょっと気がかりですが、何より少年の服装が風変わりなものだったのです。
少年は、青の差貫袴に白い狩衣という些か時代がかった出で立ちをしていました。
それはまるで、お伽噺にでも出て来そうな格好です。
そんな彼の姿を目にした人は、最初、何処かの神社でお祭りでもしてるのだろうか?と考えました。
でも、すぐにそんな筈はないと思い直します。
この辺りには神社もお寺もないし、この時期にお祭りと言えば思い当たるのは聖誕祭くらいです。
何しろ、今夜はクリスマスイブなのですから。
中には少々奇異の眼差しを向ける人もいましたが、当の少年はまったく気に留める様子はありませんでした。
車除けの柵に腰掛け、沓に包まれた両足をぶらぶらと揺らしながら、人待ち顔で夜空を見上げています。
ビルの影に切り取られた空にはどんよりと重く雲が垂れ込めていて、月や星どころか藍色の闇さえ見る事は出来ません。
時折吹き抜ける風は深々と凍みるようで、少年の薄着姿はその色彩の所為もあって酷く寒そうです。
それでも、少年はただただ期待に満ちた瞳を空に向けていました。
どれくらい、そうしていたでしょう。
時は刻々と過ぎ、次第に人影も疎らになった頃、少年が「あ」と小さな呟きを洩らしました。
彼の見上げる先、灰色の空から、はらりと白い雪が舞い降りて来たのです。
ひとひら、またひとひらと風に舞う雪はすぐに本格的に降り出して、道行く人々の意識を一時夜の空へと向かわせました。
誰かが「ホワイトクリスマスなんてロマンチックだね」と囁く声が聞こえてきます。
仕事帰りの中年男性は、電車が止まってしまうと家路を急ぐ足を速めました。
そんな中、空から地上に視線を転じた少年の頬には、鮮やかな笑みが浮かんでいました。
彼の前には、いつの間に現れたのか、ひとりの少女が立っていました。
ふわふわの羽毛のマフラーとお揃いの髪飾りを着け、真っ白いドレスに身を包んだ少女は、軽く息を弾ませながら少年に微笑みかけています。
白い息を吐くピンク色の唇が、少年に何か尋ねたようでした。
少年は、にっこり笑ってそれに答えます。
それから二言三言やりとりがあって、少女は少年の隣にふわりと腰を下ろしました。
少年が差し出した手を少女が握って、ふたりは仲良く見つめ合います。
着物とドレス、正反対の服を着ていても、彼等はお似合いのふたりでした。
冷たい筈の雪でさえ、ふたりを祝福する天からの贈り物のようです。
可愛らしい恋人達の仲睦まじい姿に、人々はほんの少し温かな火が胸に灯るのを感じるのでした。
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あくる朝、通勤の途中で公園の前を通りがかった人々は、ふと足を止めて目を細めました。
柔らかく綻んだ口元には、一様に優しい笑みが浮かんでいます。
其処には、少々気の早い一輪のスノードロップが、うっすらと積もった雪の中で可憐な花を咲かせていました。

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