ぺしぺしと顔を叩かれる感触で目が覚める。
 「んー」
 重い瞼をどうにかこうにか持ち上げると、フォーンの毛色のアビシニアンが僕の顔を前脚でてぺてぺと叩いていた。
 「クワンか」
 悪戯盛りの飼い猫に起こされた僕は、寝起きのぼぉっとする頭で夢の名残を反芻する。
 「何だか変わったな夢を見たよ。おまえと同じ名前の男の子と、不思議なお祭りに行くんだ」
 そうしてクワンに話して聞かせているうちに、何だか記憶があやふやになってきた。
 「あれって夢だったのかなぁ」
 あの広場をみつけられたら、もしかしたらお祭りの痕跡くらいは残ってるかもしれない。
 「行ってみようか?」
 にゃあんと元気良く応えるクワンを道連れに、僕は夢の記憶を辿る冒険に出かける事にした。



 家を出て最初の角を曲がると、山の手の高級住宅街に出る。
 高い塀や柵の廻らされた広大な敷地に挟まれた通りを歩いてたら、ふと誰かに見られてるような気がした。
 辺りを見回してみると、大きなお屋敷の2階の窓から、象牙色の小さな猫、シンガプーラがこちらを見つめているのと目が合う。
 この仔は、いつもこうして窓辺から通りを眺めてるっけ。



 ふたつめの角を曲がると、児童公園に差し掛かる。
 実はこの町には猫が多いんだけど、ここら辺は特に仔猫の遊び場になってる感がある。
 今も、ほら、巻き毛のコーニッシュレックスの兄弟が歩道脇の茂みから飛び出してきた。
 通りがかった車のクラクションに、黒毛の仔猫がびくりと立ち竦む。
 まぁ、車を運転する人間も心得たもので、此処に差し掛かると大抵はスピードを落としてるから良いけど、気をつけないと。



 みっつめの角を曲がると、展望台がある。
 こちらは極々普通の一軒家が並ぶ住宅街の外れで、商店街に出る道に繋がってる。
 心地良い朝の風に深呼吸をしてると、階段の手摺りの上を一匹のスフィンクスが悠々と歩いていった。
 スフィンクスって、ぱっと見体毛が全然生えてないみたいで痛々しく思っちゃったりするけど、あんな風に飄々としてるのを見るとそういうのも気にならなくなるよね。



 よっつめの角を曲がると、その先は駅前の大通りまで小さな店舗が集まった商店街になる。
 その一画、雑貨屋の前に置かれた古い木彫りの椅子の上で、ジェイデットシルバーのペルシャ猫が丸くなって転寝していた。
 店の売り物の骨董品と良い勝負なんじゃないか、なんて噂の年代物の看板娘は、店の前を通りがかってもいつもぬくぬくと日向ぼっこをしつつ眠ってばかりいる。
 でも、今日は僕が通り過ぎる時、ぱたりと1度だけ尾を振ってみせた。



 いつつめの角を曲がると、所謂酒場通りだ。
 場所柄、昼間は開いてる店も少ないし、人通りもあまりない。
 夜とは別の意味で、子供が歩くにはちょっと勇気のいる場所だ。
 そんな閑散とした通りを、ほっそりとしたスタイルのシャム猫が優雅に横切っていった。



 むっつめの角を曲がると、更に淋しい裏通りに入る。
 昼間でも薄暗くて狭いこんな道には、普段なら絶対足を踏み入れたりしない。
 おっかなびっくり歩いていると、何かが足許をふわりと掠めた。
 慌てて見下ろすと、ふわふわの鳥の羽根の様な尻尾をピンと立てて、真っ白なバリニーズが軽やかに歩み去る。
 曲がり角で振り返ったその猫は、何だか僕を誘ってるみたいだった。



 ななつめの角を曲がると、噴水のある広場に辿り着いた。
 そう、夢の中でお祭りの舞台になってたあの場所だ。
 水場の周りには、数匹の野良猫が集まっていた。
 その中心には、ブラウンタビーのメインクーンが、王者然とした堂々とした様子で腰を下ろしている。
 と、不意にそれまで大人しくしていたクワンが、僕の腕を飛び出した。
 朝日を浴びて煌く彼の毛並みが、一瞬金色に輝いて見える。
 ――あれ?
 金色の、子供?
 引っ込み思案な箱入り娘にスキンヘッドの粋なおじさん。銀髪の老婆に気障な優男に踊り子のお姉さん、そして、噴水広場の威風堂々たる主?
 夢か現か、首を捻る僕を、クワンの金色の眸が意味深に見上げていた。

それは、夜の魔法。