■ ■ ■ ■ ■ ■ Ufolia by エスカリナータ ■ ■ ■ ■ ■ ■
愛して欲しかった。
ただ……それだけで……。
私の中に何かが住んでいる。それが正常なのか、異常なのか私にはわからない。でも、私に言えることは、私はそれを愛していると言うこと。そして、一生懸けても守り続けるだろうと言う事だった。
最初の出会いは、まだあの方が幼き時だった。社長の細君が亡くなった時だった。しめやかな葬式だった。彼女が死んだ事をかなしむような空の模様と知人、友人、親戚縁故者たちと集まってかなしみに暮れている。
美しい人だった。儚く、脆そうで、ガラス細工のような人。何度か姿を見た事もあった。
いつも、私はその姿を見るたびに一抹の想いを抱えていた。それが恋なのか、憧れなのかただわからないまま。声を掛け合う事もなく、ルーファウス様が誕生してからの後、リーブを通して声をかけてもらったくらいだった。
「リーブとツォンには、お願いしたいのです。ルゥのことです。私は、余命など幾ばくもないはず。自分の身体のことです。わかっていますし、覚悟も決めています。ですけど、あの子一人、残す事だけが、心残りなのです」
鈴を振ったような透明な感じの声に私は聞き惚れていた。
「レアルタ様」
リーブが困ったような顔で彼女を見つめていた。私は、そんな夫人の方をじっと見ている。
「義理の妹であるララも亡くなってしまいましたし」
プレジデントの実妹に当たり、ルーファウス様の叔母にあたる女性。そして、彼女の死から体調を崩してしまっていたのだった。
実は、ルーファウス様とは、従妹と言う形でクラリス様がいる。私たちは、クラリス様の事、ルーファウス様のことと頼まれていたのだった。特に、クラリス様の事は……。
「ララは、かわいそうに……。あの人の妹だからと言うことで、政略結婚をさせられて。最も私も同じようなものですけど。でも、二人のこと、頼みたいのです」
レアルタ様が、どういう事情で、社長の元に嫁ぐことになったのか、私は知らない。政略だと言っていたがリーブは……。
「売られたようなものです。実は、借金がありまして、その帳消しをする代わりと……条件を突きつけられて。それでやもなく、レアルタ様は」
嫁ぐことになったのだ。それから急成長を遂げた神羅を影でずっと支えていたのだった。
「クラリス様は……自分の父親が何をしているか知っていました。最初の頃は、よかったのです。あの人にとっては、異例の出世と言うことになったのですから。ですが、クラリス様が誕生してからは、人が変わってしまったようになったんです。今のあの人は、そういう人です」
役員の末席に甘んじている自分が嫌なのだろう。まして……妻のおかけでと、陰口を叩かれては仕方のない事なのだろうが。ルーファウス様の補佐と言う形でいるのだが、それでも、本人には不満だらけなのだろう。
常にクラリス様は言っている。
「あんな情けないの、ボクの父親でもないし、名乗るなんて、恥ずかしくって絶対出来ないねっ」
そして、今日も社長室で私がいつものようにリーブと共に今日の予定の打ち合わせをしていると、階段の下から秘書たちの声がする。
「いったい、何なんですか?」
「アポは、ありますか?」
「うるさいな。ボクのこと、君たち知らないわけ? とにかくそこどいて。ボクは、忙しいんだから」
「アポのない方の入室は断ります」
「だあっ、もお!! ルーファウス、そこで君の事だから、黙って眺めているんだろう。眺めている暇があったら、君の許婚でも助けに来たらどうなんだよっ」
「クラリス様……」
リーブが嘆くようにして言い、私は頭を抱えたくなり、ルーファウス様は立ち上がると、そのまま階段を下りていた。一つの溜息と共に。
そして上がって来たクラリス様はとても不機嫌そうにしていた。
オレンジ色の髪に、エメラルドのような深い緑の目、肌は抜けそうなほど白く、唇はピンク色をしていて、確かに顔立ちは、母親であるララ様に似ているのだが、性格は竹を割ったようなさっきぱりとしており、直情型と来ており、感情の赴くままに行動もしていた。
その容姿からは想像出来ないほどエネルギッシュな方だった。
「クラリス、学校は」
よくみれば制服のままであった。ルーファウス様が聞かれるのも無理はない。
「そんなもの、今日明日行かなくなったて、つぶれたりしないよ」
「クラリス様……いったいどうして、ここに」
「暇つぶしとついでにルーファウスに聞きたい事があったわけ」
クラリス様は、その目に真剣な光を称えつつ聞く。
「いったい、いつの間に、ボクたちは、許婚としていたんだい」
「親父の決めたことだ。文句を言うのなら、故人に言うんだな」
「いっっっくっら、叔父貴が遺言したんだか知らないが、君はどうなんだい。だいたい、神羅の現社長なんだろう。それに、見合い話だって腐るほど来ているんだろう。ボクんところにも、腹立つくらい来ているから」
確かにそうである。ルーファウス様の元には、私が嫌な顔をしたくなるほど、縁談の話が持ち上がっている。リーブは、それをまとめていたが、私個人としては、これほど嫌なものはなかった。
私は、ルーファウス様の恋人なんだ。
と表立って言えない分、私は不愉快な思いをいつも隠していたのだった。
「で、私以外にいい男でも見つかったと言うのか?」
「そういう君は? いい女でもみつかった? ボクのクラスメイトが何人か候補に上がっているみたいだけど」
私は、そこまで知らず、リーブの方を見ると軽く頷いた。確かに、二人とも黙って並んでいれば、最強の美男美女と言う事になるだろう。
これほど、美貌と地位と権力を掌握したカップルもいないだろうと言うのが私の感想だった。しかも、世界は、未だに神羅を中心に動き続けている。二人とも、その神羅の中心部分にいることになるのだから、誰だって血眼になってでも、縁談を持ち上げてくるはずである。
私は、そんなことを思い二人のやり取りを見つめていた。
「みたいだな。リーブから一応聞いている」
「断っているの?」
「返事は保留している。で、今度その夕食会に呼ばれている」
「ふーん、そうなんだ」
私は、そんなこと、一つも聞いていませんよ。
ルーファウス様……。
私は、心の中でそう叫びつつでもと、思う。
自分は、ルーファウス様のどこまでを知りたいのか、まったくわかっていないと言う事。
知れば知るほど、どこまでも、底のない沼のような物だった。
私は、常に不安なのかも知れない。
ルーファウス様は、老若男女構わずモテていた。それは、私としては、なんとも嬉しくあり、同時に自慢だってしたい。
私の恋人なんだと。
でも、その実は、表立った関係になれない事。スキャンダルなんてことになってしまったら、大変だと言う事を私なりに理解している。
やはりその昔、私が付き合っていた女にそういう女がいた。女は、女優。駆け出しの女優だった。元は劇団にいたのだが、それをスカウトされ、テレビや映画と言ったところに売り出していた時だった。
私と彼女のすれ違いは結局のところ、大きな溝となり、そして、彼女のマネージャーに言われるまま別れた。
あのまま、溝を埋めようと、どちらかが努力したとしても、私はきっと切り出していただろう。彼女に別れを。
その時の私もやはり多忙になり、新人しての雑務をこなしているような日々だった。
そして、彼女には、もっと明るい場所に出てもらいたかった。私は、暗い場所にいても、彼女だけは明るいスポットライトの下にいてもらいたかったのだ。
それがあった。
今の私たちの間には、溝はないがしかし、私は不安を抱えている。
ルーファウス様は、いったいどうするつもりなのか。
私は黙ったまま二人のやり取りを聞いていたのだった。
私とルーファウス様が二人きりになった時、ルーファウス様が言った。
「どうしたんだ。何か不安でもあるのか。それとも、私が信じられないのか」
そういうわけではないのですが……。
私は、言葉が続かない。なんと言えばよいのか、私はわからない。ただ、ルーファウス様にそこに行ってもらいたくないだけで。
「どうしても、そこには行かなくては、ならないのですか」
苦しい。
どうして、こんなに苦しいのだろうか。
どうして……。
「そうだろう。一応行くべきだからな」
行かないでください。
「そうですか。その時は、私も同行します」
こんなことが言いたいわけでもないのに。
私は、そんなことを思いながら、その日を迎える事になろうとしていたのだった。
「なんだい、ツォン、その不満そうな顔は」
私は、クラリス様と顔を合わせただけでそう言われてしまった。そんなに顔に露骨にしていたわけでもないのだが。
「君、不満たらたらだって、顔に書いてあるよ」
私は、慌てて顔を抑えていると、呆れた顔をしたクラリス様の声がする。
「君って、時々、バカ正直になってみたら? その方が君のためになっていいと思うけど」
カクテルドレスに一応身を包んでいるが、本当なら動きにくくって着たくないのだろう。そのことは、見ていてもわかる。
私は言葉をなくしていると、ルーファウス様がやって来ていた。
「クラリス、用意は出来ていたのか。どうしたんだ。二人とも」
「別に」
そういって、ドアの開いた車の中に入り、ルーファウスが入ると、私も同乗した。車は滑るように走り、ルーファウス様がクラリス様から何か聞いている姿が、ミラーで確認出来る。並んでいれば、本当に最強なのだろう。世界をも震撼させるほどの。
最も、クラリス様自身、あまり権力に対する執着はないように見えるのだが……。
「ツォン、どうしたの。別に君の事を話しているわけでもないから、こっちをそんなに見なくってもいいよ」
私は、その言葉に顔を赤くした。たまらない。すべてをクラリス様は、見通していらっしゃった。
私は、助手席で一人赤くなっていた。
まったくもって、自分だけ、どうしてこんなになっていなくてはならないのか。
私には理解出来なかった。
目的の家には、着いた。さすがにクラリス様が通っている学校のクラスメイト。大なり小なり家はりっぱで、見事なものだった。ライトアップされた壁は少し黄色味を帯びていて、本当は白いのだろうがライトの色を受けていた。
玄関前でクラリス様とルーファウス様、そして、私と下り立ち、案内されて行く。
会場となっている広間にはすごい数の人間がひしめいており、クラリス様が、欠伸を隠しつつしっかりと呟いた。
「うっわーっ、政財界の大物が腐るほどいるよ。あっちなんて、死にかけたミイラみたいのがいるし」
クラリス様の遠慮のない言葉こんな場所でも発揮する。私は、その方向を見ると、確かに政界のドンと呼ばれている齢80は言っている大物政治家の姿もある。クラリス様が露骨に嫌な顔をしたのは、その人物がこっちに向かうからだ。
ルーファウス様は、隠すようにしてクラリス様の前に立ち塞がり、会話した。
「おお、これは神羅の若社長。お久しぶりですな。あの時は、まだ小さかったと言うのに、こんなに立派になって。そちらは、ああ……クラリスではないか」
クラリス様は、びくっとしていたが、努めて社交的であろうとしている姿がはっきりとわかるくらいに痛々しかった。
「お久しぶりです」
「しばらく見なかったが、本当に亡くなった奥方に似てくるのう」
あんまり露骨なくらいの視線で眺め回していたものだから、クラリス様は、近くを通りかかったホストのトレイから酒を取り上げ、浴びせようとしたのを私は、必死になって止めた。
「クラリス様、気持ちはわかりますが……ここは」
「誰が、穏便なんかですませるものか。だいたい、あいつなんか、神羅のバックアップがなかったら、当選一つ出来なかったし、揉み消しだってしてもらえなかったくせにっ」
私は、クラリス様の言葉に黙ってしまった。確かにその通りなので何とも言えない。
どれだけ私たちがこの男の尻拭いをして来たかわからない。でも、先代は逆にそれを利用して来たのだから。
『おまえの罪を揉み消してやる。ただし……おまえは、私の言う事を一つは最低、聞いてもらう事になるのだぞ。それでもいいのか? このままだと、議員生命も終わりだな。それとも、秘書あたりに責任をなすり付けて、自分は、生き延びるか? どこまでそれが通じるか、楽しみなものだがな』
私は、それを傍で聞いてきた方である。その時男たちの顔は一様に青くなり、ある者は開き直り、ある者は慈悲を請い、ある者は必死になって媚びを売る。
私は、そんな男たちの生き様を知っている。そして、ルーファウス様は、少し考えた様子で、私にクラリス様を連れてその場を離れるよう言った。
私としては、離れたくなかったものの、このままにして置けない状態のクラリス様を放って置くわけにも行かず、私たちは人気のないところまで来ていた。
「ツォン、君とルーファウスが付き合っていることぐらい、知っている」
私は、突然のことに思わず足が止まってしまった。
今……なんておっしゃったんですか?
「耳が遠くなったのか。ボクは、君たちが付き合っている事を知っていると言ったんだ」
「クラリス様は、それで、なんともないのですか」
「ボク? 構わないよ。別に愛に形を求めないし、それに元々愛って形がないものじゃあないか。それについて、論議している気にもなれない」
私は、唖然としていた。ルーファウス様がしゃべるはずもないだろうし、だとすれば……私が、すべての事の発端?!
「何をそんなに青くなっているんだ。たぶん、ルーファウスの事だから、きっとこの話を断って、ボクと結婚すると思うよ。いずれ、ルーファウスにはちゃんと話すつもりだし」
「何を……ですか」
「二人の間はちゃんと認めるって」
クラリス様はさらりと事もなげに言い、それから私の方に歩み寄っていた。
「ただし、ボクが内緒でしていることを黙っているって、条件付きでね。それで手を打つよ。どう?」
緑色の目が輝く。一粒の宝石のような輝きに私は見とれた。クラリス様の母親であるララ様を私は知らない。だが、母親譲りの美貌であることは、飾っている絵からも想像出来る。確かに彼女は息を飲むほど美しい女性だった。
私は、頷いた。ルーファウス様のことだからたぶん断るだろう。まだクラリス様との間の事は、公式発表していない。
いったい、どうやって断るつもりなのか。
そもそも、公式発表すれば、こんな縁談も持ち上がる事もないのだろうが。
私は、大きく息を吐き、クラリス様に言われた。
「君は何事に対しても身構えすぎている。もお少し力抜いてリラックスしてもいいんじゃあないの? 少なくとも、ルーファウスの前では」 私は思わずクラリス様の方を見つめ返してしまったのだった。
しばらくしてルーファウス様が見えた。
クラリス様はルーファウス様に耳元で何かを話し、それから私の方を見てから再び小声で話す。
何を話しているのか想像に付くが、でも、ドキドキする。私をじっと見ている蒼い目が、私を痛いほど捕らえている。その目に捕らわれたまま、私は身動き一つしなかった。
魅入られてしまったのだ。
私が、ルーファウス様の、その青い青い……海の底のような蒼い目に捕らえられてしまった。
私は、その時から、すべてを覚悟し、何かもをこの人ためだけに捧げるつもりでいた。
なんでもいい。
それが、この人のためになるのならば……。
私の命。
惜しくもない。
ドキッとする。
時々見せるその顔。私をドキドキさせ、そして同時に不安にもさせる。
大人びた、悪く言えば……老成しすぎた顔。
「ツォン、おまえが承諾したと言うのは、本当なのか」
「はい……そうです」
緊張する。私の一言が重くのしかかる。自分の一言にこんなに重くのしかかるとは、思わなかった。
「そうか。なら、私は構わない。おまえは、クラリスの事も頼めるのか」
「あなたの命じるままに……」
私は、そういって、ルーファウス様に言った。クラリス様は言った。
「そうとなれば、こんなところ、用もないから帰ろう」
「クラリス様」
「なんだい」
「いえ、何もないです」
「変な奴」
そういって私たちはそこを後にし、私は丁重にクラリス様を送ってから、耳元で言われた。
「今夜は、ルーファウスの聞き手役に徹することだね。たぶん、今日あたり、相当腹立てているはずだから」
私はそう言われて車内にいるルーファウス様のことを思い、そのままクラリス様は中に入っていた。
私たちだけを乗せた車は静かに門の中に入り、私はルーファウス様をお送りして、そのまま帰るつもりでいた。しかし、途中でクラリス様の言葉を思い出し、私はふと聞いてみた。
「ルーファウス様、ひょっとして、今日の事」
「なんだ、今日が」
すでにタイに手をかけて、解いている。私は、ドキドキしながらルーファウス様に近寄っていた。
「お疲れですね」
「何かいいたいことでもあるのか」
私は、何を言いたいのかわからなくなってきた。別に言いたい事は……ある。そう、一つだけ。
「断ったのですか……縁談の方は」
「ああ、断った。クラリスとの婚約を正式に発表するつもりだと言って」
私は、驚いてしまった。本当にクラリス様と結婚するつもりなのだと。でも、あの方が、こんな屋敷に一人おとなしくしているはずもないだろうと私は思っていたのだが。
しかし、何を内緒でしているのか、そもそも私は知らないのだ。
「なんだ、その顔は。私がクラリスと結婚する事がそんなにも、不思議なのか」
見れば近くにその顔があり、私は言葉をなくしたまま首を横に振った。クラリス様が話した通りになっていると言う事だろう。
「別に……そんなことは」
私の首にあの人の腕が絡み、私は、少しドキッとする。
「それとも……おまえは、ずいぶんと疑い深いんだな」
「でも……」
私はそう呟きつつ、困った顔をしていた。ルーファウス様の顔がそこにある。
私は、そのままルーファウス様からのキスを受ける。心地よいほどの気持ちが私を包み込み、そして、私は、この関係が続く事を思わず祈らずにいられなかった。