運命の流れが一巡りした時
〜グロールフィンデル〜
恋 人-28-

 翌朝、何事も無かったかの様に朝食を摂るレゴラスの横に立ち、昨夜の出来事を問い質す。
 エステルは、私にとっても可愛い教え子なのだから。
「レゴラス、昨夜は何があったのです?」
 穏やかに問おうにも、怒りは隠せず、口調は少し荒いものになってしまった。
「何も」
 ティーカップを口に運びながら、レゴラスは肩を竦めて、事も無げにそう言い放った。
「何も無い事はないでしょう。一体どういうつもりです?」
 私の声音は、自分でも驚く程に、怒気を孕んでいた。
「何がです?」
 納得が行かないかの様に、レゴラスは私を一瞥する。
「私という者が有りながら、あなたはエステルと――」
「何か!」
 ティーカップを置いたレゴラスは、少し声を荒げて、私の言葉を遮る。
「――勘違いなさっておられませんか?」
 レゴラスの鋭い眼差しが、私に向けられる。
 私には、彼の言っている意味が判らなかった。
 私とレゴラスの視線がぶつかった先に、火花が飛び散ったのが見える。
 怒りのあまり、呼吸が荒くなるのを必死で抑える。
「私は誰の物でもありませんよ。誰かの物になるつもりも無い」
 怒りに満ちた碧い眼が、一直線に私を射る。
 この言葉を聞いて、私の肩の力が一気に抜ける。
 そうだった。
 私と彼は、肉体関係こそ結んではいるが、恋人同士ではない。相手に溺れた方が負けの、恋愛ゲームなのだ。
 冷静さを失い、熱くなっていたのは私だけだったのだ。
 負ける事を好まぬ武人の心を読まれ、まんまと彼の策に嵌められてしまった事に、今頃気付かされるとは…。
「では言い直しましょう」
 私は力無くレゴラスに告げる。
「――あなたが何処で誰と寝ようと、私には関係ありませんが」
 嘘だ…。あなたが他人と褥(しとね)を共にすりなんて、耐えられない。
 私は溜め息を吐いた。
「――彼は特別な人間である事をお忘れなく」
 そのまま立ち去ろうと踵を返すと、レゴラスの声に呼び止められた。
「グロールフィンデル様」
 振り返るとレゴラスはデザートのベリーを一つを指先で摘み取った。
「――これで終わりになさいますか?」
 それを口に含むと、こちらを見てニヤリと笑った。
 レゴラスは私とのゲームを終わらせる気は無いらしい。
 それが嬉しくて、目を細めて笑った。
「まさか。これからが楽しみですよ」
 私は再び踵を返し、立ち去った。
 この先、二人は永遠の愛を誓い合う仲になるのか。それともエステルは人間の王となり、他の誰かと結ばれ、この世を去るのか。
 もしくは。レゴラスはエステルを諦め、私の胸へ飛び込んで来てくれるのだろうか。
 どうすれば、あなたは私から離れないでくれる?
 どうすれば、あなたは私を愛してくれるのだろう…。
 それでも、ゲームを抜きにしても、彼を諦める事は出来なかった。
 ふと立ち止まり、溜め息を吐く。
 心は後悔とも切なさとも取れない感情に支配され、我知らず唇を噛み締め、拳を握っていた。


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