遠慮なく吐き出される排気ガス。走る車の帯のように流れるライト。夜間であるにも関わらず、クラクションが派手にならされる。鉄筋ビルの足元でうずくまり、朝には冷たくなっているホームレスが毎日曖昧な数字で役所の書類に記されるが、そんな光景はもはや日常茶飯事で、誰一人として関心を向けるものなどない。どんな凄惨な事件すら、一時の熱狂が冷めれば途端に忘れさられてゆく。すれ違う他人が全て記号化されているような、無関心。
ここはそういう街だ。
彼がこの街に来たのも、結局はそういう意味だろうとグリフィンは思う。癒しの手を差し伸べない代わりに、傷口を抉ろうともしない、鉄筋とアスファルトと排気ガスの乾いた世界。
車のライトに目を細め、だが少なくとも、と唇を吊り上げる。
「お前には似合わんな」
尻尾をまいて逃げるなど。そんな無様な姿。
だから自分はここにいる。捨てた男にすがりつく、未練たらしい女のようだなと苦笑をしつつ、しかし彼の底知れない渇きが見えるからこそ、そしてそれが自分と同質のものだと知ればこそ、こうして古巣を捨ててまでここに来た。
逃げることなど許すものか。
夜の闇に決して呑まれることのない都会、それ故に余程闇の匂いの濃厚なこの街の、干からびた鼓動のような風を頬に感じ、公衆電話のダイヤルをプッシュしながら、グリフィンは、幾度となく見た火の夢を思い出していた。
ごお、と夜空を染める業火。触手のように夜空に上がる幾筋もの黒煙。女の悲鳴が聞こえる。半狂乱になって恋人を呼ぶ声。彼とその女の関係が不実なものであったかなど知らない。そんなことはどうでもよく、ただその女が、この世で最も殺すに値する、彼の心臓を握るものであったから。熱い。熱い。死んでしまうタスケテタスケテ。女の悲鳴が徐々に意味をなさない怒号に変化してゆくのを、微笑しながら聞いている。生きながら焼かれる女。彼の絶望に歪む顔と、とてつもない空虚。それをともに共有しよう。女を殺す快感と、彼を歪める快感が、火の夢となって自分を揺さぶる。(消えない傷を残してやろう)甘い、夢。彼を、憎しみという鎖に繋ぐ一瞬。(逃げることなど許すものか)夢すらも自分たちは共有する。火の夢。至福の夢と悪夢と、それぞれ意味するものは違っても。
何度目かのコールで彼が出た。起き抜けの不機嫌そうな無防備な声だった。グリフィンは肩をすくめた。
……ジョエル、と名を呼ぶ。
瞬間走った緊張に、愛おしそうに微笑んで、グリフィンはゲームの再開を告げる。
追うのは誰か、追われるのは誰か、お前は果たして気づいているか?
受話器をおろす。目の前を通り過ぎたトラックの排気ガスにむせる。不思議と不快には思わなかった。随分と手軽に気分を高揚させてくれるものだ、と苦笑しながら、グリフィンは歩き出す。
都会の乾いた闇は、しかしグリフィンを否定することはなく、やがて彼の姿は街の雑踏の中にごく自然に溶け込んでいった。