■ ■ Dies sanctificatus  By-Toshimi.H      


 海洋要塞都市・ジュノンに季節は無い。
 都市内には草木一本生えている訳も無く、酸素補給量から温度設定に至るまで全てコンピュータで制御されている。最適な温度、生活環境が約束されているのである。
 四季は外気に当たらない限り、それを実感することは出来ない。ただ、カレンダーをめくり、それで暦を知るのである。万聖節、復活祭などの日が来たら、それに従ってその日を祝うのである。
 降誕祭も例外ではない。
 ジュノン内のあらゆる店は、雪を冠ったツリーを飾り、一日中キャロルを流す。
 おまけにこの降誕祭の日は、公休日として神羅カンパニーも休日になる。
 それが楽しみな社員達は皆、どう過ごすかをそれぞれ思い描いている。
 ルーファウスも昨年までのミッドガルにいた頃は、プレジデント主催のパーティーに出席していたが、ジュノンに居る今年は、それに出席する必要がない。例え、招待状が来ても出席する気など全く無かった。今まででも顔を合わせるのは、新年やバースデーといった事有る毎に行われる年に数回のパーティーの時のみ。益々この父子の間の確執は広がったことになる。
 ただでさえ、ルーファウスの頭には「父親の失脚」以外はないのである。その為には、あらゆる手を使うつもりであった。
 父親から解放された今年は、コスタ・デル・ソルの自分名義の別荘でゆっくりと過ごすつもりでいた。
 午後から行われる会社主催の聖餐式に出席し、進行役の司祭に促されるままに、決まり文句の告辞を述べる。そして、最後にもう一曲聖歌を歌って、式は終わった。
 意味のない祝辞や、上っ面だけの世辞を聞くパーティーに出席をするよりは、遥かに気が軽かった。
 社員達は、式が終わると早々にデスクや身の回りのものを整理整頓して、退社して行った。
 ルーファウスも、粗方仕事を片付け、コスタ・デル・ソルへ出掛ける準備を整える。そして、ジュノン発の最終ヘリコプターに乗り、旅立って行った。



 南国コスタ・デル・ソルは暑かった。
 赤道直下の都市である為、寒さとは全く無縁の土地である。観光が主な産業である為か、開放的な土地柄でもある。
 海岸では、日焼けした若者がサーフィンを楽しみ、また惜しげもなく肌を露出した女性達が浜辺で肌を焼き、また夜の繁華街では男達を誘惑していた。
 ルーファウスが此処に到着した時は、既に日は暮れていた。辺りでは、一見して観光客と判る若者達が、夜の街を徘徊している。
 広場の中心に立てられた、何万個という電球を灯けた豪奢なツリーが、この街にはやたらと不釣り合いに映った。
 その周りに群がる人込みを避けるようにして、ルーファウスは自分の別荘へと向かう。
 出迎えた管理人が、「お待ちしていました」と中へと案内する。事前に連絡しておいた為、必要なものは全て整っていた。
 そして夕食の準備をするからと、退室して行った。
 一人になったルーファウスは、プライベートビーチを望むバルコニーから海を眺める。
 街中の喧噪とは無縁の、ただ寄せては返す波の音だけが、静かに繰り返されていた。
 ふと、腕時計に目をやる。針は、午後八時を回ったところだった。
 いつもだと下らないパーティーにいい加減、嫌気がさしてイライラし始める時間だった。
 それでも――。
 それでもツォンが居たから、じっと我慢していた。苦虫を噛み潰した様な渋面を作っていると、透かさず目で合図を送ってくる。
 その本人は、今日もプレジデントの護衛として、パーティーに出席していた。
「ふ…んっ」
 パーティーがお開きになるまでに、かれこれ一時間はある。
 時間通りに終わることはないし、それからオヤジを自宅に送って……と、ここまで考えただけで、急に腹が立って来た。
「そんなもの、ルードか誰かに任せろ!」
 最後までオヤジに付き合う必要が何処にある、と独りゴチる。
 それでなくても、ツォンがこのコスタ・デル・ソルに来る、という保証は全く無いのだ。
 呼び出せば、どんなに遅くなろうとも、彼はやって来る。でも、それは「抱いてくれ」と示唆しているようで、絶対に出来ない事だった。
 考えるのがバカバカしくなって、部屋へ入った。
 管理人が用意した遅い夕食をとり、その後は街に出る気は全く無かったし、何をする訳でも無くぼんやりと時を過ごす。
 テレビは灯いていたが、内容は全く頭に入って来ていなかった。
(良いじゃないか。初めからこの休みは、ここでゆっくりと過ごすつもりで居たのだから…)
 無理矢理、自分を納得させるように、頭でこれを繰り返す。
 それでも退社際の、社員達が楽しそうに、休日の過ごし方を話していた事を思い出すと、何だか無性に腹立たしくなって来た。
 明日は、特別な日。
 その特別な日を大切な人と過ごしたいと思うのは、至極当然の事だと思う。
 本当はツォンと過ごしたいのに…
 「逢いたい」と一言、電話を入れるだけで良いのに、でもそれさえも出来ない自分に、腹が立って来る。
 半ば自棄になり乍ら、今日はもう寝てしまえと、シャワールームに向かった。
 コックを捻り、頭からシャワーを浴びる。
 規則正しいシャワーの水音を聞いていると、自分に宿る低俗な(という認識を、ルーファウスは持っている)想いを、全て洗い流してくれるかの様だった。
 それでも身体はツォンを求めていることに変わりは無く、頭から彼の事を振り払おうとすればする程、身体は内側から疼いて来る。
 彼を想い、己の中心部分にそろそろと手を延ばす。
 そしていつも彼がシテくれるように、自分のものを握り、扱く。
 手の中で太く堅く変化して行くのを感じ乍ら、軽く呻き声を上げる。
「んっ……っ」
 漏れ始めた生暖かい液体が、身体を伝って流れるシャワーの水の中に混じって落ちて行く。
 手の動きを早くするに従い、息も荒くなる。
 やがて限界にまで達したそれは、ルーファウスの手の中で果てた。そしてこの場に居ない男の名を呼ぶ。
「ツォ…ン……」
 肩で大きく呼吸を繰り返し乍ら、手の中に放たれた己の欲望が、水に流される様を見つめる。
 こんな事して何になる、と心で呟く。ツォンでなければダメなのに。
「バカだ……」
 壁にコツンと額を付けて、規則正しく落ちる水音を聞き乍ら、自己嫌悪に陥っていた。
 バスローブを纏って、タオルで頭をガシガシと拭き乍らリビングに戻る。
 そこに思いも掛けない人物を見つけて、息を飲む。
 黒髪を後ろで一つに束ねてはいるが、紛れもなくそれは、ルーファウスが求めてやまないツォンの姿だった。
「なっ…何で居るんだよっっ!」
 彼を想い乍ら自慰していたことを思い出して、急に恥ずかしくなる。焦りから頭が混乱して、自分でも何を言っているのか、判らなかった。
 ルーファウスの声に顔を上げたツォンは、にっこりと微笑む。
「勝手に入らせていただきました」
 ツォンは読んでいた新聞を置き乍ら、澄ました顔で事も無げに言う。立ち上がりゆっくりと、戸惑うルーファウスの前に向かう。
「そういう意味じゃ…」
 抱き締められるが、恥ずかしくて彼の顔を正視出来ずに、俯く。
 ツォンは、そんなルーファウスの顎を撫で上げ、上を向かせる。
「貴方に逢いに来ました。ご迷惑でしたか?」
「…そんなこと…ない…。逢いたかった…」
 背伸びをしてツォンの首に腕を廻すと、唇を塞がれる。
 侵入して来た舌に、自分の舌を絡ませる。
 全身の細胞一つ一つが、喜びに打ち震えているようだ。枯渇したルーファウスの身体は、線をなぞられるだけで熱を帯び、敏感に反応を返す。
「ん……っ」
 腕に力を込め、一層彼を求める。
 ゆっくりと、名残惜しそうに離された唇と唇を繋ぐ糸を、ツォンの指が拭う。
 ルーファウスの身体がふわりと浮き、ツォンに抱きかかえられる。頭を拭いていたタオルが落ちた。
「私も逢いたかった…。逢ってこうして抱き締めたかった」
 腕にかかるルーファウスの体重を感じ乍ら、ベッドルームへと進む。
 無理を押して、コスタ・デル・ソル迄来て、良かったと思う。
 ルーファウスが長期出張という名目でジュノンへ行ってからというもの、手の空いている時は出来るだけジュノンへ赴くようにしていた。しかし、逢っても軽くキスを交わす位の時間しかなく、プライベートで逢える時間は全く無かった。
 こういう時でなければ、ゆっくり話す事もままならない。
「今日が何の日か知っているだろ?」
 ベッドに横たえられると同時に、唇を重ねる。
「ええ、勿論」
「俺達、きっと地獄に落ちるよ」
 ルーファウスの潤んだ瞳が、ツォンを見つめる。
 生乾きの髪を梳き乍ら、愛おし気に眼を細める。
「私は異教徒ですが…、貴方が地獄に落ちると言うのなら、私も貴方と共に落ちましょう…。愛していますよ、ルーファウス様……」
 そう言って、ツォンは腕の中の小さく白い身体に、己の身体を重ねた。
 


 翌朝、ルーファウスが目を覚ますと、彼の肩を抱くようにして恋人が眠っていた。
 ルーファウスは、彼を起こさないように身体の向きを変え、上半身を起こす。そして、規則正しい寝息を立てているツォンの顔を覗き込んだ。
「……ツォン…」
 そっと名前を呼ぶが、熟睡している為か反応は無かった。
 思えば、ツォンがこんな風に眠っているところを見るのは初めてだった。
 上半身だけをツォンの上に覆い被さり、気付かれぬよう顔を近付け、少し開いた唇に軽く口付ける。そして離そうとした瞬間、ルーファウスの身体はツォンの腕に抱き締められていた。
 頭も押さえられ、離すことを許されない。ツォンの舌が侵入し、口腔内が犯される。
 驚きのあまり呼吸するのも忘れ、その行為に酔う。お互いの唾液が混じり合い、息苦しさも限界に達する頃に、ようやく解放された。
「お早うございます、ルーファウス様」
 大きく見開かれた碧い瞳に映ったのは、意地悪く薄く笑ったツォンの顔だった。
「ば…ばかっっ。いつから起きていたんだっ」
 顔を真っ赤にして、恥ずかしさを隠す為に、怒ってみせる。それもツォンにはお見通しだった。
 ルーファウスの身体を自分に重ね、愛おしそうに目を細め見つめる。
「貴方が起きる前からですよ」
「………!!」
 自分の行動の全てを知られていたと思うと、顔から火が出る程恥ずかしくて堪らなくなる。
 この男は、自分がどういう行動に出るかを窺う為に、狸寝入りを決め込んでいたのだ。
「本当に、貴方は可愛いですね」
 人前に出た時の人を寄せつけない、凛とした表情も良いが、自分だけに曝け出す妙に子供っぽい表情も好きだった。
 その豹変振りには驚かされるが、恋人であることの特権と思えばそれも喜悦の情に変わる。ルーファウスが心も身体も許すのは、自分だけなのだ。
「もう起きる!」
 からかわれるのは適わない、とツォンから上半身を引き剥がそうとすると、その身体を更に抱き締められる。
「今日は、仕事もお休みですよ。もう少し、このままで居させて下さい・」
 ツォンの肩口に顔を埋め、合わさった肌から直接、体温と呼吸と心臓の鼓動を感じ取る。
 今日は公休日なのだ。
 誰にも干渉されず、ゆっくりと過ごすことが出来るのだ。
 このまま一日中、ずっとこうしているのも悪くないな…、とぼんやり思う。
 いつの間にか眠ってしまったツォンの、寝息を子守歌替わりに聞きながら、ルーファウスもまた微睡みの海に誘われて行った。


あとがき