建物から街路樹まで、何万という電球のイルミネーションで彩られたミッドガル壱番街。
 高級店ばかりが建ち並ぶその街並みの中を、一台の黒塗りの高級車が走っていた。
 その車の運転席には、タークスの制服とは違う濃紺のスーツを着たツォンが、そして後ろの座席には、憮然とした表情で街並みを眺めているルーファウスが乗っていた。
 神羅カンパニーの取り引き会社やら、子会社のお偉方を集めたクリスマスパーティーの帰り道であった。この手の類のものが大嫌いなルーファウスは、会場のホテル前で車に乗り込んだ瞬間から、堰を切った様にパーティーの文句を言い出したのだ。
 ルーファウスの称する“あのオヤジ”という人物を、「○○社の××様ですよ」と訂正しながら、ツォンは黙って聞いていた。
 一通りの文句を言い終えると、やっとまともにツォンに話し掛けた。
「お前はよく我慢出来るよな。親父の時から毎年だろ?」
 前を見て運転している為、ツォンの表情は判らなかったが、苦笑した様だった。
「えぇ、そうですが、私の場合は護衛が目的ですから」
 ルーファウスは「ふぅん、そういうものかね」と一人ごちると、再び窓の外に眼をやった。
 そこにはウィンドウショッピングを楽しむカップルや、大きなプレゼントを抱え、家路に急ぐサラリーマン風の男など、沢山の人で溢れていた。
「ご自宅に戻る前に、少し寄り道をしませんか?」
 そう言ってツォンは、僅かに後ろの座席を振り向いた。
「別に構わないが?」
 送迎中に寄り道をする事など無かった為、ルーファウスは不思議そうな顔をした。
 では、と言ってツォンはルーファウスの屋敷とは反対の方へ、ハンドルを切った。その声はどこか弾んでいる様に聞こえて、ルーファウスは嬉しくなった。
 美しいイルミネーションを見ながら、車は右へ左へと走って行く。途中でルーファウスは、ツォンがわざとそうやって車を走らせている事に気が付いた。
(…寄り道とは、こういう事か)
 こういうものを間近で滅多に見られない自分の為に、回り道をしてくれる事に、いつしかルーファウスの機嫌も直っていた。
 やがて車は壱番街の駅前にやって来た。
 駅前広場の中心には、巨大なツリーと、光のオブジェが並んでいる。
 それを右手に、客待ちタクシーの渋滞に巻き込まれながら、ゆっくり進んで行く。
 ツリーやオブジェの前では、カップルや家族連れがカメラを構えて写真を撮っていた。
 楽しそうなその様子を見ながら、ルーファウスはこんな小さな幸せも味わう事が出来ない自分が、何だか不幸に思えて来た。
 チラリとツォンを見やるが、やはり後ろからでは、その表情は伺い知る事は出来なかった。
「これをお見せしたかったんですよ。このツリーは、アイシクルから切り出したものを、運んで来たそうです。窓を開けてご覧になりますか?」
 いつもは防犯上、絶対に窓は開けさせてくれない為、ルーファウスはその言葉に飛び付いた。
 スモークの貼られた窓が開けられると、冷たい空気が一気に流れ込んで来た。
「さむ…」
「やはり、閉めますか?」
「いや、いい」
 ガラス越しでは判らなかった、イルミネーションの明るい光と鮮やかな色、うるさい位の雑踏の音と街中を流れるクリスマスソングに引き込まれて行く。
 いつの間にか、ツォンも運転席の窓を開け、外の景色を楽しんでいる様だった。
 その間にも車は進み、駅前を過ぎると同時に、渋滞から抜ける。
「閉めますよ」
 ツォンはルーファウスの返事も聞かずに、有無を言わさず窓を閉めてしまった。
 ルーファウスは名残り惜しそうに、遥か後方に去ってしまった駅前広場を、一度だけ振り返った。
 外と遮断された車は、再び方向を変えた。 そして――
「何だ、会社じゃないか。今日はもう仕事をするつもりないぞ」
 不機嫌そうな顔をするルーファウスに、とんとお構いなく、ツォンは「まぁ、良いじゃないですか」と笑って、エスコートした。
 エレベータに乗り込み、社長室のある70階へ向かう。
 ガラスの筒の中を昇って行くエレベータから見る下界の明かりが、どんどん小さくなって行く。点滅を繰り返すイルミネーションの明かりは、遥か上方からでもよく判った。
 ルーファウスはその様子見ながら、澄ましたツォンの顔を盗み見た。
 チン!と鐘がなって、69階秘書室の扉が開かれた。
 階段上の社長室から明かりが見える。しかも話声も聞こえて来る。
 誰かが無断で社長室に立ち入っている事に、この部屋の主は気分を害した。
 しかし、ここへ連れて来た当の本人は、警戒する様子も見せず、どんどん進んで行く。ルーファウスは仕方なく、その後を付いて行くしかない。
「もう! レノ先輩!」
 女性の声した。この声はイリーナだ。
「ウルサイぞ、と。遅いツォンさんが悪いんだぞ、と」
 ツォンは何事か判らないが、諫められた責任転換を自分にされて、眉を顰めた。
 階段を登り切り、社長室に足を踏み入れて最初に眼に入ったのは、赤毛の部下レノだった。
 有ろう事か、社長のデスクに腰を掛け、その横には潰されたビールの空き缶二個と、まだ中身が入っていると思われる缶が置かれている。
「もうすっかり出来上がってる様だな、レノ」
 半ば呆れて言う。
「ツォンさん!」
 タースク三人が、同時に声のする方へ向いた。
 その後ろから社長も付いて来ていて、中の様子を見て唖然とした。
 レノは慌ててデスクから飛び降りる。
「…!? 一体、お前達何なんだ!!」
「よ! 社長、やっと来たな。待ちくたびれたぞ、と」
 レノは悪びれた様子も無く、悪戯っぽく笑った。この男の場合、いつもこの調子なので、ルーファウスは絵に描いた様な不機嫌な顔をしながらも、何も言わなかった。
 しかし、その怒りは彼の上司に向けられた。
「ツォン! お前の監督不行届だぞ!」
「は、はぁ。まさか、私もこんな事になっていようとは…」
 ツォンは狼狽しながら、レノを睨み付けた。
「ちなみに言い出したのは、イリーナだぞ、と」
 満面の笑みを浮かべながら、レノは更にそう付け加えた。
「なっ! 何でそうなるんですか!?」
 空かさずイリーナは反論する。
「だって『友達に振られちゃって、パーティーが無くなっちゃったんですよ! やりたかったのにー』って、言ってたじゃんよ」
「だからって、何で私が言い出した事になるんですか!? それに、真似しないで下さい!」
「何だよ、凄い乗り気だっただろ? 社長も呼ぼうって言ったのはお前だぞ、と」
「まさか本気にするとは思わなかったんです! しかもココでやるなんて!!」
 尽きる事の無い二人のやり取りに、ルーファウスの視線は、次第に呆れたものに変わって行く。
 ツォンは内心、頭を抱え、苦渋に満ちた顔をしていた。
 ただ一人、こういうやり取りに慣れているルードだけは、じっと表情も変えず二人を見ていた。
「お前、あのタークスのキタネー部屋でやりたかったのか?」
「汚いのはレノ先輩の机だけでしょ!?」
「お前はココの何が不満なんだ?、と」
「あー! 判った判った」
 一同の驚いた視線が、その声の主に集まった。たまらず口を挟んだのは、ルーファウスだった。
「参ったよ。要は私が『うん』と言えば良いだけの話だ。見れば用意は、すっかり出来てるみたいだしな」
 彼がチラリと視線を送った先には、来客用の応接セットがあり、その上にはささやかながら、パーティーの準備が出来ていた。
「やったー!」
 イリーナが飛び上がって喜んだ。そして、踊る様にソファーの方に走って行った。
「そらみろ、俺の言った通りだろ?、と」
 レノは後頭部を掻きながら、後輩の後を歩いて行った。
 やれやれ、と言った表情でルーファウスは、彼らの上司の顔を見た。
「寛大なお心遣い、感謝します」
 ツォンは苦笑にも似た笑みを浮かべた。
 宴も闌を過ぎた頃。
 ルーファウスはヘリポートへ出て、アルコールで熱った身体を冷ましていた。
 遥か彼方の下界には、ビルの間を縫って、先程見惚れていた、壱番街の駅前広場の巨大ツリーが辛うじて判った。
 社長室の中では、タークスの三人が未だに騒いでいた。(約1名は黙って見ているだけだが)
「風邪を引きますよ」
 ふわりと肩にコートを掛けられて後ろを見上げると、ツォンが笑っていた。
「あの壱番街をグルグル回っていたのは、この為の時間稼ぎだったってわけだ」
 拗ねた様にプイっと視線を外してやる。
 ツォンは一歩前へ出て、ルーファウスの横に移動する。
「まぁ、否定はしませんよ。でもあなたとあのツリーを見たかったのは、事実ですよ」
「……そういう事にしておいてやるよ」
 ルーファウスの碧い双眸が、ツォンを上目使いで見つめていた。
 それを見たツォンは満足気に微笑んだ。
「あ…!」
 見上げて来るルーファウスの唇が僅かに開き、短く声を上げた。
 すると、彼の整えられた金の髪に、白い物が舞い降り、すぐに消えた。
 ツォンも空を仰ぎ見る。
「あぁ、雪ですね」
 雪は数を増して舞い降りて、二人の髪や肩に降り積もって行く。
「ツォン…」
 ルーファウスは恋人の名を呼ぶと、静かに目を閉じた。
「Merry Chiristmas. ルーファウス様」
 ツォンもそれに答えて、愛しい人を抱き締め、唇を重ねた。


(小説とはいえ)久し振りにタークスの面々が書けたのは嬉しかったです。
しかし、神羅ビルに入った瞬間、コメディーに変わってしまった…。
ルーにも「庶民」を味わわせてあげたかったのです。テーマは『庶民』…?

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