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「声楽発声法における頭蓋仙骨療法の治療と効果」   

16期生  岡 利江子

2003年12月19日提出


《要旨》

オステオパシーの授業を通じ、以前より勉強してきた声楽の発声法に頭蓋仙骨療法が効果を及ぼすのではないかと気付き、発声不調時の体調を声楽家の方々にアンケートをとりました。そして、2名の声楽家の方にご協力を頂いて頭蓋仙骨療法を用いて臨床データを採取しました。結果、発声の調子が悪いときは頭蓋リズムにも制限があり、そこが声楽の発生に必要な迷走、舌咽、副神経、そして横隔神経が関係する側頭骨、後頭骨のあたりで、治療効果も大きくありました。

《緒言》

私自身、短大の声楽科を卒業し、現在も声楽を勉強しております。以前に本校の卒業生の方の治療を受けた際に「この整体は声楽家にとっても、とても良い整体ではないか?」と漠然と感じたことがありました。そしてこの学校に入り頭蓋仙骨療法の授業で隔膜開放(骨盤隔膜・横隔膜・胸郭上口・頭蓋底)の手技を学んだ折に、頭蓋仙骨療法による各隔膜の開放は声楽においても共通するものではないかと強く感じました。なぜなら、声楽の発声法も横隔膜の動きが大変重要なポイントになる上に、その動きを支える骨盤隔膜の安定ももちろん求められることになります。胸郭上口も発声に必要な筋肉の起始・停止部が集中しています。これらのバランス(特に横隔膜)が崩れたり思うように動かせなかったりすると、呼吸が乱れ、良い声が出ないのはもちろんのこと、無理に声を出そうと身体に余計な力が入ってしまい身体や喉や声帯に支障をきたす恐れがあります。また、声は鼻腔や前頭洞、頭頂など頭部のさまざまな箇所で共鳴させて響きをつけて発声します。もし頭蓋リズムや頭蓋環境に問題があれば、声の響きにも影響があるのだろうか?またはその逆で、呼吸が乱れ、声が乗らないとき(声の響きが身体から飛ばないとき)は、やはり頭蓋リズムや頭蓋環境が良くないのか?など、頭蓋仙骨療法においてさまざまな点で声楽と共通するものを感じ、声楽家も身体が楽器なのだから、スポーツ整体があるように声楽の整体もあっても良いのではと考えたのがこの論文のテーマのきっかけでした。

【声楽の発声法の歴史】

声楽における発声法の起源は、7世紀のイタリアでカトリック教会の礼拝用音楽として誕生したグレゴリオ聖歌であると言われている。グレゴリオ聖歌は、聖書を読む声が十分に響くように設計されている教会で歌われていたので、大声を出したり、声を響かせたりという必要はない、伴奏なしの単旋律の歌であった。その後、16世紀末(1597年)にギリシア悲劇に音楽をつけたオペラが誕生し、各都市に歌劇場が多く作られ、庶民の楽しみとなっていく。18世紀に入り、ウィーンではモーツァルトやベートーベンなどが貴族のために宮廷音楽やオペラを作曲し、宮廷のサロンや音楽堂(小ホール)などで上演された。それが、時代とともに音楽も大衆に浸透していき様式が多様になり、「音の明確さ」から「響きの豊かさ」が求められるようになっていった。19世紀に入るとロッシーニ、ベッリーニ、ドニゼッティなどの作曲家が頭角を現し、歌劇を形式や劇的表現の上で優れた作品を作曲し、何より声楽的であることを特徴とした単なる娯楽作品としてではなく、より味わいのある芸術作品とした。そして、オペラの黄金時代が訪れ、馬蹄形のオペラハウスが次々と中小の都市にまで建設されることとなる。劇場は舞台と客席の間にオーケストラピットがある設計なので、歌声はオーケストラの楽器の音よりも大きく遠く飛ばすことが余技なくされた。もちろん、ただ大きいだけではなく、響きの美しさや音楽性なども要求されることとなり、それにより誕生したのがベル・カント(美しい声)唱法である。ベル・カント唱法は、この条件に満たした比較的軽めの声の発声法で、一大ブームを起こした。しかしやがて、時代はヴェリズモ(リアリズム・現実主義)で且つ、ドラマチックな表現の音楽に移行していき、ヴェルディやプッチーニなどの作曲家が現れた19世紀後半や20世紀初頭には衰退していくこととなる。そして、今日様々な音楽や民族や骨格に応じた発声法があるが、原点はベル・カント唱法である。(参考文献〔4〕)(〔8〕)(〔11〕)

【通常の発声と声楽発声法】

通常発声は呼吸運動時、吸気によって押し広げられた横隔膜や胸部が弾性復元力により元に戻る時に生じる呼気流により、閉鎖されて緊張している声帯唇が下方からの声門下圧が高まることによって、少し開かれて振動が引き起こされる。その振動波が音源となり共鳴器である気管、咽頭腔、口腔、鼻腔で響き声となる。

声量は気流の強さとスピードに関係し、声の高さは振動の周波数と声帯唇の長さに関係し、また声帯唇の緊張度と厚さにも関係する。これらに作用する筋肉は横隔膜以外の呼吸筋である、外肋間筋、内肋間筋、肋軟骨間筋、外腹斜筋、内腹斜筋、腹横筋、腹直筋、胸鎖乳突筋、斜角筋などがあり、他に臀筋や背筋なども作用している。(〔6〕)(〔7〕)

声楽の発声は、通常の発声をもとに呼吸器官の下の方の部分(横隔膜・背中・側腹・腹壁)が息を出す用意をすると、力強い反射作用で喉頭と呼吸器とのあいだの連携が成立し、それと同時に喉頭蓋が上がり、喉頭へと、強い筋肉の網状のはりわたしの中で引っ張られる。そのとき、喉頭自身が運動の連続をおこす。その運動の中の最も重要なものは、声帯が伸展され、緊張(収縮)され、並置され、振動をおこさせられることである。また、通常の声量よりも何倍もの声量が必要とされる上に、曲の表現によっても声量をコントロールしなければならないので、自在に動かすことのできる横隔膜とそれを支えるための安定力と伸張性の高い筋力が求められることとなる。そして、こうして作られた音源は各部の共鳴器で共鳴させ声となり、身体の響きが空気振動になり劇場に響き渡る。

また歌手たちは「うなじで歌う」ということを心得ている。うなじと言っても正確には胸頚椎移行部、筋肉で言えば小菱形筋・僧帽筋あたりの事を指す。顎を引いてそれらの筋肉をピンと張ることにより、声帯が安定し、全喉頭筋すなわち声帯緊張筋と声帯伸展筋(輪状甲状筋と声帯筋・甲状披裂筋)および声門閉鎖筋(外側輪状披裂筋・斜披裂筋・横披裂筋)に、必要とする緊張をひきおこさせる。また、胸鎖乳突筋や舌骨下筋などが緩むことにより息もスムーズに流れる。この筋肉機構の協力があって初めて、喉頭の機能が声楽発声のために使い得るようになるのである。そして、上記のピンと張った筋肉が共鳴器のひとつとなる。

「微笑している」ような唇の形をして歌うと言われているが、そうする事により声を出すさい(ささやきの声の場合でさえも)、声門をいくらか、力を入れて閉じようと努力すると反射的に口唇は横に伸びる。また「マスクの中へ歌う」とよくいわれるが、これは声を鼻根部に当てて歌うやり方で、声帯の中にある筋肉の本体(声帯筋)、つまり固有の緊張筋を働かせる。この場合、軟口蓋は引き上げられ鼻腔は開かれており、甲状軟骨は前下方へ引かれ、発声器官は、歌手がよくいうように「開いて」いる。声帯は全長にわたって振動している。そして、全身で共鳴された音は鼻腔に集められて、体外へ放たれる。鼻腔は共鳴器より、むしろマイクとしての役割のほうが大きいと言えるだろう。(〔3〕)

例えて言うなら、弦楽器における身体はボディ、喉咽頭はネック、声帯が弦、声帯を取り巻く筋肉がヘッド、というような役割をなす。

【発声に関わる神経】

発声に関係している神経は主に迷走神経、舌咽神経、副神経であり、これらは側頭骨錐体の頚静脈窩と後頭骨の間に開く頚静脈孔から出る。この3神経は背側迷走神経核、疑核、孤束核を共用している。

まず、迷走神経(第]脳神経)は運動を知覚の混合神経である。迷走神経系の中枢の核はすべて延髄にある。延髄は大孔のすぐ上にあり、脊髄を間脳の橋、小脳に接合する。延髄下部と脊髄上部の間には、明確な境界線はないが、大孔レベルを境界としたなら、この構造が脳と体の間のメッセージのほとんど全てを伝達していることとなる。脊髄の中心管は延髄の上半分あたりから拡張して第4脳室になる。迷走神経は頚静脈孔で上迷走神経節をつくり、出たところで下迷走神経節をつくる。背側迷走神経核は第4脳室の床の両側にある。内臓知覚情報は呼吸器と肺、消化器、肝臓、膵臓、腎臓、心臓、大動脈から情報を受け取る知覚神経の軸索を介して、下迷走神経節から肺側迷走神経核に伝達される。下迷走神経節は咽頭、喉頭、気管、気管支、食道、他の内臓への副交感神経支配を行っている。

上迷走神経節は耳の皮膚(外耳道・耳介)と頭蓋内髄膜の知覚情報を運ぶ。

孤束核は背側迷走神経核の前にあり、上部咽頭と喉頭蓋の粘膜の味蕾からの知覚入力を受ける。三叉神経脊髄路核は迷走神経からの知覚入力、主に外耳管と外耳の後の皮膚の他に、後頭蓋窩の髄膜からの痛みと温度情報を受ける。この神経節は、舌咽神経と迷走神経が頚静脈孔を通過するときに、両神経系の一部となり咽頭神経叢、扁桃、舌の後1/3からの味覚、軟口蓋、頚静脈洞、首のいくつかの筋肉からの知覚入力を延髄にある孤束の神経核に接合する。疑核は延髄を通過するときの網様体全体に存在する運動神経細胞より成り立っており、この神経核は三叉神経の脊髄路核の前にある。その運動線維は迷走神経、舌咽神経、副神経内を走行し、軟口蓋、喉頭、咽頭の随意筋に行っている。

頚部での迷走神経は、頚動脈鞘内の内頚静脈と内頚動脈の間を垂直に下方へ走行している。その外側には、横隔神経が走行しているので、この2神経のどちらかに障害が起こると、もう1つの神経にも影響が及ぶことになる。

下迷走神経節の上部から2本の咽頭枝が出て、軟口蓋と咽頭に知覚と運動の両方の神経支配を行う咽頭神経叢に寄与している。下迷走神経節のすぐ下から出る上咽頭神経は輪状甲状筋、下咽頭収縮筋の運動神経支配を行い、こちらも咽頭神経叢に寄与している。内枝は外枝より大きく咽頭に入り、そこの粘膜に知覚神経支配を、咽頭蓋と舌の基部と咽頭の腺に副交感神経系の分泌促進性の神経支配を行っている。これらの線維は最終的には反回神経と交通する。

反回神経は迷走神経が胸郭に入る前の最後の大きな枝であり、右反回神経は右迷走神経から始まり鎖骨下動脈の前を通り、その動脈の下から後を回り、気管と食道の右側に沿って上行する。左反回神経は迷走神経が胸郭に入った後に枝分れして大動脈弓の手前で回り、気管と食道の左側に沿って上行する。両反回神経は総頚動脈の深部にあり、甲状腺の葉部の下を通る。そして、この神経は、下甲状腺動脈とも密着し下咽頭収縮筋の下縁の下を通り、甲状軟骨の下角と輪状軟骨の間の関節の深部の輪状甲状膜を貫通する。喉頭に入った後、下咽頭神経となり、輪状甲状神経以外の全ての咽頭筋の運動を支配し、更に声帯ヒダより下方の咽頭粘膜の知覚をつかさどっている。これらの運動線維は、疑核に由来するものである。

舌咽神経(第\脳神経)は、中耳と咽頭あたりの知覚をつかさどり、更に咽頭の諸筋の運動を支配している。この神経も延髄のいくつかの神経核、疑核、背側迷走神経核、そして下唾液核から出て、舌後部からの知覚線維は孤束核にて終わる。温度や痛みのような内臓感覚を管理する線維は、舌咽神経背側核に終わる。一般的な体性感覚に関係する線維は三叉神経の脊髄路と脊髄路核に終わる。

舌咽神経は頚静脈孔内において、上・下神経節を有している。両神経節は知覚性で、舌の後1/3と軟口蓋からの味覚を、舌後部、口峡部、咽頭壁から触覚と痛覚を、後頭蓋窩の髄膜から若干の痛覚を、頚動脈小体と頚動脈洞から知覚性のインパルスを伝達する。これらの神経節と迷走神経、交感神経路、時として顔面神経との間には交通がある。舌咽神経が神経支配している筋肉は茎突咽頭筋だけである。この長く細長い筋肉は、側頭骨の茎状突起の基部の内側から起始し、上・中咽頭収縮筋の間を下降し、咽頭粘膜と甲状軟骨の深層に停止している。それは、飲み込んだり、話したりする時に咽頭を持ち上げる。舌咽神経の最終的な枝は、扁桃、舌、咽頭粘膜、それらに関係する腺、味蕾に行く。

副神経は、運動神経で脊髄部と脳神経部より成る。脊髄部は上部頚神経根の何本かから出る。通常、副神経の脊髄部の形成に参加する運動根は上部頚髄5分節あたりである。脳神経部はその中枢の核と末梢の分布については迷走神経と統合されている。

脊髄根は、頚髄部の上部脊髄運動根から出ている。運動根は、前根と後根のほぼ中間から脊髄を出て、硬膜のカバーの下を上行し、5本全ての根が共通の幹に結合するまでに上記の根と結合する。この幹を脊髄副神経と呼ぶ。その幹は両側で上行し、椎骨動脈の後で大孔を通過する。頭蓋内ではその神経幹はクモ膜下腔にて後頭骨を横切り、延髄根と結合し、頚静脈孔を通って出る。副神経の延髄部は実際には迷走神経の補助的なものであり、延髄部の中枢の核は、迷走神経と舌咽神経を受け持つ疑核の下部である。延髄を出る4〜5対の副神経延髄部の細根が存在する。これらは迷走神経と舌咽神経の細根と並んでいる。延髄根は迷走神経と混ざり合い、そこで口蓋垂、口蓋帆挙筋、喉頭収縮筋、喉頭と食道の筋肉に運動神経支配を行うためにリレーする。脊髄根は機能的には随意運動である。それは胸鎖乳突筋、僧帽筋の神経支配を行う。(〔7〕)(〔10〕)

【隔膜とは?】

骨盤隔膜:肛門挙筋と尾骨筋から構成され、骨盤をハンモック状に横切って広がり骨盤臓器を支えている。肛門挙筋は恥骨直腸筋・恥骨尾骨筋・腸骨尾骨筋とに分けられ、それらを校門管、尿道、膣が通り抜けている。肛門挙筋は骨盤底を支えてこれを持ち上げる働きがあり、腹腔内圧が高まるのに抵抗する。

横隔膜:肺の下に位置し、胸腔と腹腔の境界となる膜性の横紋筋である。筋繊維は肋骨下部、胸骨部、脊椎に始まり、中央の腱部に集合して上に凸のドーム状となる。吸息時には横隔膜が収縮し面積が減るので、ドームは下降し胸腔の容積が増す。横隔膜の下降距離は安静時で約1.5cm、深呼吸では6〜7cm以上になる。横隔膜の移動によって出入りする空気量は安静時全換気量の約7割に達する。激しい運動時は逆に胸壁の動きが大きくなる。横隔膜は第9〜12胸神経の主要な腹側枝と第3〜5頚椎(C3〜C5)の運動ニューロンから出る横隔神経に支配されている。(〔6〕)

横隔神経は主に第4頚神経から起始しているが、第3と第5頚神経も関与している。また、横隔膜にはさまざまな構造物を通すための通路があり、それらは食道、大動脈、大静脈、奇静脈と半奇静脈、胸管、食道の血管、内乳腺動脈、迷走神経、横隔神経の枝、大小内臓神経などを含んでいる。交感神経幹は通常腰肋弓内側を通過しており、腰肋弓には大腰筋と腰方形筋が走行している。心筋の線維が上から横隔膜に入って下の横隔膜の筋膜の一部になっている。(〔9〕)

胸郭上口:胸郭上口は血管やリンパ管が頭から胸腔に戻る時に通過する通路であることから「入口」とされており、これらに関与する骨構造は、頚胸椎移行部、上部肋骨、鎖骨、肩甲骨の肩峰突起、胸骨上部である。首の筋膜は胸部の筋膜に続いている。胸郭上口において胸鎖乳突筋と僧帽筋とそれらの筋膜の走行は、体液の流れと筋膜の可動性とともに胸郭上口の骨構造の機能的可動性にも大きな影響力がある。舌骨下筋とその筋膜も関与している。舌骨下部の頚椎部筋膜は胸鎖乳突筋と僧帽筋を包むポケットを形成し、これらの筋膜は筋肉の間で融合して一葉の筋膜になっており、胸筋や三角筋の筋膜の一部にも連続している。これらは上項線、第7頚椎棘突起、項靭帯、舌骨、肩峰、鎖骨、胸骨柄に付着している。椎前の筋膜(深頚筋膜)は頭蓋から尾骨まで続き、肩甲挙筋と板状筋の筋膜、斜角筋を越えて胸膜に続いている。これらの筋膜は第7頚椎の横突起と第一肋骨の内側縁に付着し、頚動脈鞘に混じり合い、胸郭内筋膜に続いている。胸郭上口を通る解剖学的構造の複雑であり、体液の流通の減少、筋膜の可動性の制限、骨の体性機能障害又は、制限された動きなどの可能性は限りがない。

頭蓋底:頭蓋底の骨性の部分は、前頭骨、篩骨、蝶形骨、側頭骨、後頭骨である。頭蓋腔の床は上部な硬膜を有しており、頭蓋腔の側面まで続き、天井のカバーを形成し、仕切りを形成するために二重になっている。小脳鎌は後頭骨から起始している。大脳鎌はこの床に寄与する後頭骨と前頭骨から起始している。小脳天幕は後頭骨と頭頂骨の後下部と側頭骨から起始している。硬膜は脳を収める二重構造を形成しており、蝶形骨の4つ全ての床状突起にも付着している。大孔を通り頭蓋腔の床をカバーしている硬膜は、脊髄硬膜管に連続している。頭蓋腔の下全体に固着する硬膜には、矢状静脈洞、横洞、後頭静脈洞、椎体静脈洞、直静脈洞など様々な静脈洞への通路がある。 

頭蓋腔の床は前・中・後頭蓋窩を形成している。前頭蓋窩の床は、前頭骨の眼窩板、篩骨の篩板、蝶形骨の小翼と骨体前部によって形成される。中頭蓋窩は、側頭鱗、蝶形骨の大翼、頭頂骨の蝶形骨角の間で頭蓋底を横断している。

後頭蓋窩は前・中頭蓋窩よりも大きく深い。それは鞍背、蝶形骨、後頭骨、側頭骨の錐体部と乳突部、頭頂骨の後下部を境界し、後頭乳突縫合と頭頂乳突縫合がそれを横切っている。その中には小脳・橋・延髄がある。そして、鞍背と側頭骨の錐体隆線によって中頭蓋窩と区切られている。小脳天幕とその静脈洞は、後頭蓋窩の屋根を形成し、それは小脳鎌によって正中面にて部分的に区切られている。中央部には後頭骨の大孔がある。大孔の側方には隆起のところに舌下神経管がある。大孔を延髄(後で脊髄になる)、髄膜(大孔にて後頭骨にしっかりと付着する)、副神経(第11脳神経)、椎骨動脈、舌下神経(第12脳神経)、後硬膜動脈が通っている。大孔の前には蝶後頭軟骨結合がり、後頭骨の基底部の間にある。これらの孔は後頭顆のすぐ外側にある。そこには舌咽神経(第9脳神経)、迷走神経(第10脳神経)、副神経(第11脳神経)、頚静脈へ直接流れ込む下錐体静脈動と横静脈洞が通っており、髄膜の血管もこれらの孔を通っている。

【頭蓋仙骨療法とは?】

1899年にアメリカのウィリアム・ガナー・サザーランドが発表したものである。

頭蓋骨は1つの骨でなく23個の骨が複雑に組み合わさっているのを見て、頭蓋骨も動きがあると考えた。魚のエラと人間の鱗状縫合の形状が似ている事に気付き、側頭骨も縫合に境して魚のエラのように動いて呼吸しているのでは?と考えた。そこから、さまざまな実験を繰り返し、「頭蓋骨は動いている」という結論に達した。

そして、頭蓋骨が動くのは脳自身が動いているからではないかと推論した。それが後に実証され、脳の動きを「第一次呼吸」、肺呼吸を「第二次呼吸」とした。それによって、その脳の動きにより、脳室の脈絡叢ということで、脳脊髄液が生産され、脳室に充満し、それが第一から第四までの脳室を通り、脳の膜三層のうちのクモ膜のクモ膜下腔に流れ、一部は神経鞘を通って、神経の走行とともに走り、末梢ではリンパ液に入り、脳ではクモ膜顆粒というところを通って静脈洞に入る。この脳脊髄液は神経の新陳代謝やホルモンの運搬等重要な役割を果たし、またこの液体の中で脳を保護する役目もある。

そして、この脳の呼吸(第一次呼吸)を脳脊髄液の循環を保護しているのが、クモ膜の外側にある硬膜である。硬膜は頭蓋骨の内張りみたいに頭蓋骨に密着しているので、脳が動いて脳脊髄液の圧力が高まって硬膜が動き、結果として頭蓋骨が動いている。

脳と脊髄は上から硬膜・クモ膜・軟膜と三層の膜で包まれている。このクモ膜と軟膜の間にクモ膜下腔があり、そこに脳脊髄液がある。硬膜は頭蓋では大人になると頭蓋骨の骨膜をぴったりと密着して一枚の膜のようになり、また左右の大脳半球が分かれている間や大脳と小脳の間に、大脳鎌や小脳テントを作って、それぞれの脳を仕切っている。

その硬膜はただ仕切っているだけではなく、第一次呼吸をスムーズにいくように助けている。つまり、脳と脊髄は硬膜にすっぽりと覆われていて、脳の方では大脳や小脳が仕切られ、脳の第一次呼吸の際に脳脊髄液が仙骨部位までスムーズに循環するようなシステムになっている。また、硬膜の外側で密着している頭蓋骨は縫合によって組み合わさっているが、その縫合は靭帯で繋がっている。それで、頭蓋に無理な力や緊張が起こるとズレるのを防ぐために靭帯が硬くなって緊張し、縫合部分が第一次呼吸とともに動けなくなる。

そうすると、縫合は脳の膨張とともに少しだけ開かなければならなくなるが、開かなくなるので逆に脳を圧迫することになる。そして、圧迫が及んだ部分の脳神経が症状として、その支配神経分布領域の異常として病気が出現する。ただし、注意すべき点は、縫合が動かなくなった場合、その場所のすぐ下の脳に症状が出るとは限らず。脳と脊髄は半密閉圧力下にあるので、どこかその圧力が伝わり、加わっていった部分でも悪影響が出る。

硬膜は頭蓋を出て、頚椎の三番まで付着し頚椎四番から下はほとんど付着しないで、仙骨まで行き、仙骨にしっかりと付着している。したがって、硬膜の引っ張りなどの緊張は頚椎の二、三番、特に後頭骨が歪むと、上部頚椎が動き仙骨が傾く。逆に、仙骨に問題があると上部頚椎や頭蓋に影響が出る。いずれも、硬膜を通じて他の部位に変化が起こる仕組みになっている。

このような中枢神経の保護システムを診断し、治療をしようとするのが、頭蓋オステパシーであり、このシステムの考え方やテクニックを取り入れて発展したのが、頭蓋仙骨療法なのである。(〔1〕)

《方法と材料》

【アンケート】

20名の声楽家に発声に関するアンケートを実施した。

(A)発声の調子が悪いとき、身体はどのように感じるか? 

(B)よい発声ができたとき、身体はどのように感じるか?

〔1〕28歳(ソプラノ)

(A)声が響かない

身体が上手く使えない。しゃきっとしない。

(B)首の後ろの筋が伸びる。脳震盪に近いしんどさがある。

喉に空気が通っていくのがわかる。下腹や背中に適度の疲れ。

〔2〕33歳(ソプラノ)

(A)息をする時に、喉の奥の方がすりむいているように感じる。(炎症)

(B)身体を真っ直ぐに楽に声が出せるが、調子の悪いときは無理やりに身体を使っている。(身体を曲げてみたりとか・・・)

〔3〕38歳(ソプラノ)

(A)肩がこる。(普段はあまり感じない)

腰(背中)が使いにくい。(身体が上手く使えない)

喉からも声が響いてない。

(B)身体に負担を感じずに、楽に声が出せる。

〔4〕38歳(バス)

(A)声が出にくいとかは特に感じない。

調子が悪いと思うときは、高音より低音が響く。(寝不足の翌日は特に←同意見多数)

しんどい。イライラする。

〔5〕26歳(ソプラノ)

(A)ノドがかゆくなる。(この調子で歌っていると吐き気がする)

背中や肩がこっていると声が出ない。

首後ろ、背骨のあたりが痛い(痛くなる)。

(B)頭の後ろを息が通った感じになったとき、声がよく響く。

  鼻の上辺りから後頭部外側を通るラインが響きを感じる。

〔6〕26歳(ソプラノ)

(A)首に青筋が立つ。

喉、肩がこる。

(B)身体が開いた感じ。

重心が下がった感じ。

後頭部が開いた感じ。

〔7〕45歳(メゾソプラノ)

(A)身体全体、特に上半身に音がこもって出どころがわからず、声が身体に内側からあたっている感じがする。

上半身とくに上の方に力が入っていると感じる

(B)声の出所が見つかり、身体から声が離れていく感じ。

〔8〕28歳(ソプラノ)

(A)肩がこる。身体が硬くなる。

胸に力が入って、鎖骨の少し下の骨が痛くなる。

息が吸いにくい。

首の筋(前方)が痛くなる

(B)胸に力が入らないので楽に感じる。

頭の外側だけで薄く響く感じがする。

鼻の奥が開いている感じがする。

〔9〕36歳(ソプラノ)

(A)身体が硬くなっていると感じる(得に肩・背中と喉)

(B)身体が柔らかくなって、身体中の筋肉が思うように作用してくれる。

  超高音は前頭葉付近に響く感じがする。

〔10〕28歳(ソプラノ)

(A)腰、背中、首が痛い

(B)頭の骨がはがれる感じ。

  股関節もしっかり使えている。

〔11〕47歳(ソプラノ)

(A)首・肩のあたり。

(B)自分で何かをしているという感じがなく、誰か他人がやってくれているというような感じがする。

  頭や目のあたりに響いたものが外に出て行く感じ。

〔12〕43歳(ソプラノ)

(A)高音を出すと、喉がピリピリと痛くなるときがある。

  喉の下の方が重たく感じる。

(B)息が長く続く、保つ。

  身体がまっすぐになっている。

  息の流れが下から上までスムーズにいく感じがする。

  頭の後ろが広がって全体が響く感じがする。

〔13〕26歳(ソプラノ)

(A)調子が悪くても声が出ないことはないが、首や肩がこる。

(B)声が自身の身体から離れたところで響く感じがする。

神々しい気分になる。

【では、どういった治療法を用いるべきなのか?】

〔1〕静止点(スチールポイント)

脳脊髄液を一時的にストップさせ、脳脊髄の液圧を高めて流れをよくする方法である。これによって神経系の伝達機能が促進され、自然治癒力も高まる。簡単な病気はこれだけで改善してしまうこともあるのである。

〔2〕隔膜の開放(リリース)

隔膜というと横隔膜が有名であるが、ほかにも骨髄隔膜や胸と首の境目の胸郭入口、首と頭の境である後頭骨と環椎の間、下垂体と脳を分ける鞍隔膜などがある。隔膜が緊張すると、横隔膜に関連する部位の生理作用に大きな影響を及ぼす。

たとえば、横隔膜は胸部と腹部の圧力調整を行っているが、横隔膜が緊張するとこれがうまくできず、心臓の不整脈を起こしたり、呼吸が浅くなって精神的に緊張したり、疲労しやすくなって根気が続かなかったり、怒りっぽくなったり、胃腸の調子が優れなかったり、肩凝りがしたりする。ときには頭にまで影響が及んだり、自律神経失調になることもある。隔膜は常にリラックスさせておくことが必要で、そのためのテクニックが隔膜の開放である。

〔3〕前頭骨リフト

大脳の前頭葉は感情や理性の中枢である。心配事や過度のショックによって前頭部の硬膜がねじれたり、前頭骨がずれると、前頭骨の縫合が動かなくなる。逆に、硬膜がねじれたり、前頭骨がずれると、ちょっとしたことで感情的になったり、情緒不安定になったり、血圧が上昇したりするのである。

前頭部のねじれやずれは、大脳鎌を緊張させて脳の第一次呼吸にも影響を及び、身体全体の問題にまで発展しかねないのである。また、前頭骨は顔面の一部なので、人相が変わることもある。

前頭骨の緊張を緩めて脳の働きをよくするには、前頭骨を持ち上げる方法をとる。このときの力は、わずか5gであるが、これによってストレスが解消され、適正な判断や考え方ができるようになるのである。

〔4〕頭頂骨リフト

頭頂部には脳脊髄液の圧力をコントロールするモニターや、運動領域、知覚領域があり、刺激を与えると痛みを感じたり、血圧が高くなる。頭頂部には、前頭部から続いている大脳鎌も付着している。また、脳脊髄液の吸収や排出にも大きく影響するのである。

頭頂骨リフトは左右から8本の指で頭を上方へ軽く引き上げる。その力は前頭骨リフトと同様に5gである。こんなわずかな力でも大脳鎌を通して頭蓋の緊張をほぐし、下方にある脊髄硬膜や仙骨の動きにまで効果を及ぼすのである。

〔5〕蝶形後頭底の加圧減圧

脳の働きのキーポイントである蝶形後頭底が動かなくなると、全身の動きが悪くなり、頭がぼやけたり、だるい、どことなく具合が悪いなど、とらえがたい症状が起こってくる。こうした状態では西洋医学では判断を下しにくいものであるが、オステオパシーでは蝶形後頭底の加圧減圧という簡単なテクニックで治すことができるのである。

〔6〕側頭骨の減圧

めまいや吐き気、車酔い、難聴、耳鳴りは側頭骨を減圧するとよくなる。耳たぶをつまんで斜め後ろに5gの力で軽く引き、しばらくじっとしているだけである。効果はすぐに現れ、耳や側頭部が楽になることが実感できる。

逆に強い力で引くと身体が反発して、逆に気持ち悪くなったり、めまいや吐き気を催すことがある。

〔7〕側頭骨誘導法

側頭骨の中には蝸牛管というカタツムリの形をした聴覚器官と平衡感覚を司る半規管が入っている。側頭骨の動きが悪くなると、耳鳴りがしたり、難聴やめまいなどが起こる。

〔8〕顎関節の加圧・減圧

顎関節は他からの影響を受けやすい部分であり、小脳天幕、大脳鎌、側頭骨、輪状縫合、頭頂骨にも大きく関与している。直接的には側頭骨や歯や頚椎のずれなどの影響をうけるが、間接的には感情問題や骨盤のずれなども原因になる。

顎関節に起こる症状は、口が開かない、顎がはずれる、片噛みになるなどである。また、頭痛が起きたり、歯が悪くなったり、肩こりや緊張感などさまざまな部分にも影響を及ぼすのである。

〔9〕硬膜管評価

硬膜管の評価は、後頭部と骨の両方から両手の指で軽く押しながら、硬膜管のねじれをチェックする。

硬膜管は脊髄を包んでいる硬膜のことで、大後頭孔から仙骨と尾骨まで続いている。硬膜管がねじれると、脊髄や脊髄神経に問題が生じる。また、体が部分的にねじれても、硬膜管はゆがむのである。たとえば、横座りや脚を組んで腰掛ける状態は、体が大きくねじれて、硬膜管にも影響が及んでくる。単にねじれているだけで異常は起きないが、緊張して硬くなった箇所が出ると、硬膜管がねじれて不均衡な引っ張りが生じ、神経系にも影響が及んでしまうのである。

〔10〕静止点(スチールポイント)の誘導

最後の仕上げとして、〔1〕と同じことを行い、脳脊髄液の流れを整える。(〔2〕)

【上記の治療法を2人に実施をしてみた】

聴診器を用いて体内での共鳴と実際の発声の変化を聞き比べることにした。聴診は、本人が一番出しやすい音で行った。

聴診箇所は、下腹部(骨盤隔膜上部)、横隔膜の上下(胸腔・腹腔)、胸郭上口周辺、気管及び、背部の同等箇所で行った。(尚、今回は機械的計測が不可能であったため、聴診による計測のみで行った。)

臨床実施例〔1.〕

検者:28歳 ソプラノ 発声音:c3(1048Hz)

(治療前)

音域:最低音  c(131Hz) / 最高音 g3(1572Hz)

発声・・・軽く発声練習を行うが、声に響きがつきにくく、身体の中で声がこもっている。良い声を何とか出そうと、身体のポジションを動かして探すが、息が無駄に出ているようで、声帯や身体に負担がかかっているような声になっている。本人もその日の発声は半ばあきらめている感じ。

聴診・・・背部、横隔膜の胸・腹腔部、胸郭上口周辺では、声の響きはなかったが、下腹部での声の響きが聴き取れた。また、気管では呼吸の通過する音が大きく荒いように聴こえた。

頭蓋リズム・・・全体的な動きはあるが、右側の頭頂骨と側頭骨の縫合付近に制限があるようなリズムのずれを感じた。

(治療開始)

〔1〕骨盤隔膜開放・・・少し下腹部での声の響きが減少した。

〔2〕横隔膜開放・・・下腹部での響きがなくなりだし、横隔膜より上部で響くようになった。また、声の流れもスムーズになり、軽く聴こえる。

〔3〕胸郭上口開放・・・身体の中での響きが少なくなってきた。気管での声の響きも呼吸音も少し減少する。

〔4〕頭蓋底の開放・・・身体での響きがほとんど聴こえない。呼吸音が少し大きくなった。

〔5〕CV−4・・・声量が増した。(声が大きくなった。)

〔6〕前頭骨リフト・・・身体での声の響きはなくなった。気管での響きがほとんどしなくなった分、呼吸音が目立つようになった。

〔7〕頭頂骨リフト・・・声に流れがついて、声色の幅もついてきた。

〔8〕蝶形後頭底の加圧・・・鼻腔での共鳴が明確になってきた。(共鳴のピントがあってきた)

〔9〕蝶形後頭底の減圧・・・声のピント(声を出す方向性)もはっきりしだし、声に無駄なものが取り除かれた感じがし、透明感が出てきた。

〔10〕側頭骨の減圧(イヤープル)・・・身体での響きはもうしない。自然な呼吸で息が長く続くようになった。

〔11〕側頭骨・・・静止点を向かえる頃に、リズムが乱れだした。一度、その状態で発声を行うと声のピッチが下がり、身体の使い方が硬くなったように感じた。もう一度、手技を行い、静止点を向かえた後に、発声を行うと調子が戻り、背部の気管の聴診時に声の流れが後頭部を通っているのを感じ取ることができた。

〔12〕下顎骨の加圧・・・気管の聴診で、気管では呼吸音のみで声の響きは頭部のみとはっきり分かれたのが感じ取れた。

〔13〕下顎骨の減圧・・・発声した声の響きが空間に広がっていくようになった。

〔14〕硬膜管の調節・・・気管の聴診で呼吸音が声帯に負担のかかっていない、自然な音に聴こえた。腰仙関節の調節では、特に変化はなかった。

〔15〕足頭蓋・・・特に変化はなかった。

(治療後)

音域:最低音  d(147.5Hz) / 最高音  f3is (1441Hz)

治療前のような声のざらつき感や声帯に負担のかかっているようなものは感じられず、

空間に広がっていくような伸びのある艶やかな声になっていた。顔の表情にも艶が出て穏やかになっていた。頭蓋リズムも正常になった。声の響きが外に出ている場合は、聴診器をあてても身体には響いておらず、また振動数が揃って滑らかな声が出ているときは、不思議と声帯の音も聴こえない。

[検者の感想]

(治療前)

・無理に声を出そうとして、息を無駄に使ってしまう。

・身体が硬く、上手く使えない。

・声を出す方向性がつかめない。

(治療開始)

〔1〕骨盤隔膜開放・・・身体の重心(腹部の支え)の安定感がでてきた。

〔2〕横隔膜開放・・・声が軽くなり、楽に発声ができた。

〔3〕胸郭上口開放・・・息の無駄使いが減少した。

〔4〕頭蓋底の開放・・・忘れていた発声のフォームを取り戻せた感じがした。

〔5〕CV−4・・・身体の中で鳴っていた声の響きが、外に出た感じ。声のラインが太かったのが、細くなり方向性をつかめるようになっていた。

〔6〕前頭骨リフト・・・頭部が気持ち悪い。頭の中でワンワンと声が響いている。

〔7〕頭頂骨リフト・・・息の流れが心地よく感じてきた。無理に息(声)を流していた感じがなくなる。先ほどの、気持ち悪さはもうない。

〔8〕蝶形後頭底の加圧・・・発声すると、頭の皮がビリビリと響く。眉間のポイントから声が抜けて行く感じがする。

〔9〕蝶形後頭底の減圧・・・腹部の無駄な力が抜けてきて、下腹部がすっと凹んできた。背部のこりがなくなり、自然に必要な力だけが入るように感じる。背中が広がるような感じ。

〔10〕側頭骨の減圧(イヤープル)・・・声のビブラートがより強く感じられる。

〔11〕側頭骨・・・眠くなった。身体がだるくなり、声が出しにくくなった。もう一度、行った後には発声が良くなった。

〔12〕下顎骨の加圧・・・声が耳にうるさく、鼓膜に響く。

〔13〕下顎骨の減圧・・・背中に適度な疲労感が得られる。背中を上手く使えていることを実感。楽に声が出る。響きのない自分の声そのものしか感じなくなってきた。

〔14〕硬膜管の調節・・・喉に力が入らなくて、お腹で息が流せる。頭で声を響かせることが理解できるようになった。腰仙関節の減圧・・・いつも自宅で発声すると腰仙部が痛くなり、湿布を貼って寝ているが、今日は疲労(痛み)を感じない。

〔15〕足頭蓋・・・身体が安定する。足の裏で支えていることを実感できる。

(治療後)

一つずつ手技を行うごとに自分の声が変わっていき、身体も楽になっていくので、とても楽しく気持ちが良かった。いつも、先生のレッスンでは良い発声が出来ても自宅で一人での発声になるとレッスンでの方法を忘れてしまい、上手く発声ができなくなるが、この治療法を受けたら、先生のレッスンを受けたときのように、自分の発声法を取り戻すことができた。自分の苦手な歌いまわしもこなすことができた。間違った発声をしてもすぐに気付くことができた。ただ、楽に声が出せてしまうので、身体を使う事を忘れてしまいがちになる。

臨床実施例〔2.〕

この例では、臨床実施例〔1.〕のように一つ一つの手技での確認をせずに、一通りの手技をまとめて行ってみた。

検者:45歳 メゾソプラノ 発声音: d2(590Hz) 

 

(治療前)

音域:最低音  c(131Hz)  / 最高音 c3(1042Hz) 

発声・・軽く発声を行うが、まだ発声するための身体にならないようで、全体的に声が身体の中にこもっている。響きのポイントもつかめていないようなので、声が空間に響いてこない。身体と喉に余計な力が入っている。

聴診・・・胸部上口と横隔膜胸腔側と背部の横隔膜胸腔側に響きを聴き取ることができた。

(治療開始)

〔1〕骨盤隔膜開放・・・特に変化はない。

〔2〕横隔膜開放・・・少し声の響きがつき、ピッチも高くなるが、身体の中に声がこもっている感じ。

〔3〕胸郭上口開放・・・声の流れがなめらかになった。響きも少し高くなる。背部の横隔膜胸腔側にあった声の響きが半分ぐらいに減少する。

〔4〕頭蓋底の開放・・・声の響きがついてきた。

〔5〕CV−4〜〔13〕下顎骨の減圧・・・背部での響きが全てなくなり、声が前方へ飛ぶようになった。息の流れもなめらかになり、楽に発声ができているよう。音色も明るくなった。

(治療後)

音域:最低音  d(147.5Hz) / 最高音  b2 (917Hz)

息が長く続くようになり、チェンジ(発声のポイントの変わり目)がなめらかになった。

[検者の感想]

(治療前)

・レッスン通りに発声ができない。

・声の出所がわからない。

・身体に力が入ってしまう。

(治療開始)

〔1〕骨盤隔膜開放・・・少し声が出しやすくなった。重心が下がった感じで、姿勢に安定感がでた。

〔2〕横隔膜開放・・・声が軽くなった。発声のポジションが高くなった。

〔3〕胸郭上口開放・・・声が身体から離れた感じがする。

〔4〕頭蓋底の開放・・・歌いやすい。背筋が真っ直ぐになってきた。

〔5〕CV−4〜〔13〕下顎骨の減圧・・・とても発声が楽になった。

(治療後)

発声する道筋がつかめたようで、間違った方向に発声してしまっても、「これは違う」と自分ですぐに気付き修正できるようになっている。


《考察》

アンケートの集計を見てみると、発声の調子が悪い時は「首や肩や背中がこり、身体が思うように使えない」という意見が大半の回答を得られた。

中には、「喉がかゆくなる」「喉が擦れたように痛くなる」という意見もあった。

逆に良い発声が出来た時の意見をアンケートしてみると、「首や背中がひらいた感じ」「息がきちんと気管を通っているのが感じられる」「重心が下に下がっている」「鼻の奥が開いて、よく響く」「声が身体から離れた感じ」という正反対の意見であった。

肩や首がこるという事だが、それは、発声するためのエンジンがかかっていない身体で、無理に声を出そうと声帯や呼吸筋、横隔膜などを動かすために、いつもより余計に力が入ってしまうことが考えられる。その事により、声帯にも負担が掛かり声帯の振動バランスに乱れが生じる事となる。そして息の無駄遣いなどさまざまな不備を立て直そうと逆に頑張り過ぎるために悪循環を招くこととなる。このような事を繰り返すと最悪な場合、声帯ポリープや声帯結節、喉頭炎、その他さまざまな機能障害をきたすこととなるであろう。そして、発声の調子の悪い声楽家数名の頭蓋リズムを傾聴したところ、右側の側頭骨、頭頂骨、後頭骨付近に制限がみられた。これは、迷走神経が頚部へ出るときに通過する頚動脈鞘が大きく関係しているとみられる。頚動脈鞘は対になって頭蓋底の下面にあり側頭骨の頚動脈管と頚静脈孔の周囲で卵円形を形成している。そして、そこを通る2本の総頚動脈は左で大動脈弓、右で腕頭動脈を起源としているため、頚動脈鞘は首そして上方は頭蓋まで延びる線維性の心膜と考えることができる。線維性の心膜は呼吸の横隔膜の筋膜と混合しているので側頭骨と後頭骨から呼吸の横隔膜まで筋膜の連続性があることになる。(〔10〕)

原因はどちらが先かは分からないが、右の側頭骨と後頭骨などの制限により右側の横隔膜に制限が起こったために、発声に関係する神経に影響が出たり、呼吸への障害が出るものと考えられる。

そして今回、臨床治療を行ってみて、頭蓋仙骨療法によってこれらの問題が解消出来ることが実証された。また、手技のどれかが一番発声に効果を及ぼすかということではなく、手技全部が発声にとって必要であるということもわかった。

発声ができていないときは、重心を安定させることができていない。それを骨盤隔膜の開放をすることによって、下腹部つまり重心を整えることができる。また、身体も緊張していることも多いので、横隔膜の制限をとることによって呼吸をスムーズにすることができる。そうすると、自然に胸郭や呼吸筋がほぐれてくるのではないかと考える。胸郭上口の開放をすることのより、胸鎖乳突筋や舌骨下筋などを頸部や喉部をとりまく筋肉などをほぐし、声帯への無駄な力が取り除かれることとなる。また、横隔神経や迷走神経の伝達も良くなる。頭蓋底の開放により胸郭上口でおこなった手技が効果を増し、頭部への声の流れをスムーズに通るような感じになり、頚動脈鞘の制限も開放されることになる。CV-4テクニックにより、横隔膜の活動と呼吸の自律的コントロールが調整され、交感神経のバランスが整えられることにより身体から余分な力がリラックスした状態になる、これが発声にとって良いフォームを作り出すこととなる。

前頭骨リフトをすることによって、制限がなくなりはじめ、頭部の共鳴器としての働きが出てきたと考えられる。頭頂骨リフトやそれ以降の手技によりその制限はさらに取り除かれることとなり、声に音楽的な音色がつき、呼吸のコントロールも付けられるようになり、神経のバランスも良くなる事で、楽な発声を取り戻すことが出来るのであろう。

呼吸隔膜開放の手技をするだけでも呼吸の流れ息づかい息の無駄使いが安定し、声楽を発生するフォームといった、呼吸器に関することが大きく変化したように感じた。

頭蓋治療により、そこに更に声の音色、装飾、声の幅をつけることが出来ると感じた。

治療効果の持続期間は、(1.)の方は4日、(2.)の方はすぐに元に戻るなどバラつきがあった。これは声楽歴や環境に大きく左右されるものと思われるので、今後の課題しなければいけない。

アンケートの(B)の回答にもみられたように、良い発声ができたときは自身で頭蓋治療と同じ効果を得られていると考えられる。そのことからも発声における頭蓋仙骨療法はよりよい声を作り出すものではなく、その人本来の発声フォームを誘導するための手段となるのではないかと考えられる。

【今後の課題として】

この3年間で学んだ整体の多くのことが、以前より音楽を勉強してきたこととつながり、今回の研究で自分の進むべき道も何か見えてきたように思いました。

今回この研究に取り組み、更に研究していくにつれ、鼻骨などの顔面頭蓋での効果や科学的分析(機械的なデータの収集)、この治療によって声の波動がどのように影響するか、どの波動が心地よい音楽を作り出すかなど、まだまだ研究していかなければならない課題があると感じました。そのためには、これからも自分自身でも整体について、音楽についての知識を広げ、歌手の方々にも協力頂き症例をとり続けていくことが今後のテーマです。そして、オペラ界の更なる発展に少しでも貢献できればと思っております。


《謝辞》

最後に、ご指導頂いた関西二期会理事の仁禮義子先生、日本整体心理学研究所の吉原滋宏所長、黒岩祥行先生、高原博史先生、豊田佳幸先生、川北晃裕先生、アンケートと臨床データ採取にご協力頂いた神戸オペラカンパニー運営委員の蓼原道子先生、神戸オペラカンパニー会員の信谷里枝さん、岡裕子さん、他会員の皆様、そして、長野博志さん・長野由紀子さんご夫妻、梅澤祐子さん、山口敦子さん、そして16期生の皆様、廣原由佳さんに対して心から感謝を致します。ありがとうございました。

《参考文献一覧》

〔1〕:『オステオパシーとは何か』

著者 平塚晃一(現代書林)

〔2〕:『続・オステオパシーとは何か?』

      著者 平塚晃一(ごま書房)

〔3〕:『うたうこと 発声器官の肉体的特質 −歌声のひみつを解くかぎ−』 

著者 フレデリック・フースラー/イヴォンヌ・ロッド=マーリング 

訳者 須永義雄/大熊文子(音楽之友社)

〔4〕:『ベルカント唱法 −その原理と実践−』

著者 コーネリウス・L・リード

訳者 渡部東吾(音楽之友社)

〔5〕:『バリトンドクターが語る 音声(こえ)と声帯(のど)のすてきな関係』

      著者 萩野昭三(音楽之友社)

〔6〕:『標準生理学(第5版)』

      監修 本郷利憲/廣重力 (医学書院)

〔7〕:『解剖学アトラス(第3版)』

      訳者 越智淳三 (文光堂)

〔8〕:『基本 音楽史』

        責任執筆者 千蔵八郎(音楽之友社)

〔9〕:『頭蓋仙骨治療』

        著者 ジョン・E・アプレジャー,D.O,F.A.A.O ジョン・D・ブレデヴォーグ,M.F.A

訳者 目崎勝一  (スカイイースト)              

〔10〕:『頭蓋仙骨治療2. 硬膜をこえて』

著者 ジョン・E・アプレジャー,DO,F.A.A.O ジョン・D・ブレデヴォーグ,M.F.A

訳者 目崎勝一 (スカイイースト)

〔11〕:『楽典 音楽家を志す人のための』

著者 菊池有恒 (音楽之友社)


《参考資料(〔3〕)》
一般的に声楽家の間で声をあてると言われているポイント


 


 

日本整体心理学研究所 〒532-0011大阪市淀川区西中島3-11-24 山よしビル7F・8F  TEL:06-6885-3022