You'll be OK!





 「おかしい」



 瑞希はテーブルに肘を突き、小さなため息とともに呟いた。

 「最近、あいつよく一人で出掛ける事が多いいなぁ……」

 この部屋の同居人、千堂和樹のここ数日の行動について瑞希は考えていた。

 和樹が同人の世界に入った事でいろいろあったけれど、今は瑞希の想いが通じて同棲するまでに

 二人の仲は進展した。

 そして二人が同棲を始めて一年あまりが過ぎた。

 無論、瑞希も今ではすっかりコスプレに熱中しながら和樹の横でサークルの手伝いをしていた。

 同人の仲間に冷やかされながらも幸せな日々を過ごしていたが、ここ数日和樹が一人でどこかに

 出掛けていき、また帰りが遅くなる事が多かった。

 もちろん和樹のことを信じてはいるが、理由を聞いても巧くはぐらかされてしまった。

 「でも、本当に何やっているんだろう?」

 とにかく、今日帰ってきたらきっちりと聞いてみようと思う瑞希だった。

 ぴんぽ〜ん。

 「あっ、帰ってきた!」

 さっきまでの憂鬱もどこかにやって玄関に行くとそのドアを開けた。

 「もうどこに行ってたの和樹? 遅い!」

 「やぁまいしすたぁ瑞希、ご機嫌いかがかな?」



 ばたん!



 がちゃん!(鍵を閉めた)

 がちゃがちゃ。(ドアチェーンを掛けた)

 「ふぅ〜、変な物見ちゃった」

 息を吐くと何事もなかったように部屋に戻ると座ってテレビをつけた。

 「さぁて、今日のドラマはなんだっけ?」

 ぴぽぴぽぴぽぴんぽ〜ん!

 どんどんどんどん!

 「同志瑞希! 吾が輩を無視するとは何のつもりだぁ!?」

 「あ〜んもう! 会いたくない時に限ってどうしてくるのかなぁ、あいつは?」

 瑞希は顔をしかめて立ち上がるとしかたなく玄関に向かった。

 「はいはい今開けるから静かにしてよ!」

 渋々ドアを開けるとそこには見たくない奴第一位がシニカルな笑顔を浮かべて立っていた。

 「お客様に対する態度がなってないぞ、まいしすたぁ」

 「誰がお客様よ! 久品仏大志!」

 「吾が輩の他にはおるまい、まいしすたぁ瑞希よ」

 「はぁ〜もういい、それで、今日は何?」

 「うむ、実はちと聞きたいことがあって伺ったのだが……」

 「そう言ってずかずかと家に上がり込むな!」

 しかし時すでに遅し、いつの間にかちゃぶ台の前に座っている大志であった。

 「それで聞きたい事って?」

 「うむ、その前にお茶の一杯でも出して貰えないのか? まいしすたぁ」

 「はいはい」

 とりあえずポットから急須にお湯を注いで、湯飲みに注ぐ。

 「どうぞ」

 「うむ」

 ずずっ。

 「……同志瑞希、吾が輩は玉露が欲しいところだがこれも美味いな」

 「ありがと」

 瑞希の笑顔見た大志は、自分の身の危険を感じて途中からセリフを変えること

 を余儀なくされた。

 瑞希も一口飲んでから、大志と話しの続きを進める事にした。

 「で、聞きたい事って何?」

 「同志瑞希よ、まいぶらざぁ和樹とはいつ別れたんだ?」



 ごきん。



 「あんたね〜、あんまりふざけたこと言ってると殴るわよ!」

 「ぐぐっ、同志瑞希よ、ぐーで殴るのは勘弁してはくれまいか?」

 タイミングばっちりな瑞希のフックをテンプルに食らって、一瞬あっちへ行きかけた

 大志だったが何とか戻ってこれたらしい。

 「何であたしが和樹と別れなきゃなんないのよ!」

 「ふむ、すると吾が輩が見たのはもしや……」

 「ちょっと何を見たのよ?」

 瑞希は怪訝な表情を浮かべて大志に詰め寄った。

 「いや、実は一時間ほど前に同志和樹が女性と一緒に歩いていたのだ」

 「和樹が? 見間違いじゃないの?」

 「失敬な、吾が輩が野望の同志まいぶらざぁ和樹を見間違える訳はなかろう」

 「そりゃそうよね……」

 さすがにそこまで言われた瑞希は、眉をひそめて考えてみた。

 和樹が女の人と・・・?

 まさか!? 他に好きな女の子ができたの?

 そんなはずない、でもそれじゃ一緒にいた女の子って誰?

 考えれば考えるほど悪い方へ行ってしまうのは、複雑な乙女心の成せる技であろうか。

 そんな瑞希に拍車を掛けることを大志が呟いた。

 「そう言えば一つ言い忘れたが、二人はそのままホテルの中へ入っていったのだが」



 ぼくぅ。



 「何で肝心なこと言わないのよあんたわ〜!!」

 「…………」

 その質問に答えるべき人物は、これまた見事に決まった瑞希のボディブローに悶絶して

 何とかの川の畔にいたと、のちに夢を見ていたように語ったと言う。

 「待っているなんてもう沢山! 問いつめてやる!」

 両肩を震わせて拳を握りしめると、瑞希は部屋を飛び出していた。






 さて、家を飛び出したまでは良かったが肝心のホテルの名前を聞くのを忘れたことに

 今更ながら気がついた瑞希は駅前で途方に暮れていた。

 「はぁ〜……ちゃんとあのバカから聞き出しおけば良かった」

 ベンチに座って何となく人混みを眺めていた瑞希は、いきなり大きく目を見開いた。

 「ああっ!? あれは……」

 神様のお導きか運の良さかとにかく人混みの中に和樹の姿を見つけた。

 しかも、女の子と仲良く並んで歩いている。

 「まさか本当に大志の言った通りなの?」

 そしてよく目を凝らしてみると隣を歩いている女の子に見覚えがあった。

 「確かあの人って準備会の南さん!?」

 それは間違いなく牧村南であり、和樹と仲良さそうに話しながら歩いていた。

 「落ち着くのよ瑞希、そうよまだハッキリとした訳じゃないんだから……」

 瑞希は何とか自分を落ち着けようとするが、ハッキリ言って無駄なことに本人は

 全く気がつかなかった。



 めきょぉ。



 さっきまで飲んでいた紅茶の缶が、瑞希の手の中で紙コップのように簡単に潰れていた。

 「とにかく後をつけて確かめなくっちゃ!」

 二人の後を尾行する事にした瑞希だったが、殺気丸出しの行動は鬼気迫る物があった。






 そして和樹は南と話しながら歩いていたが、何か首筋がゾクゾクして妙な視線を感じていた。

 「うん? 誰かに見られているような……」

 「どうかしましたか、和樹さん?」

 「いや、何でもないです、ところで昨日話していたお店は何処ですか?」

 「もうすぐです、ほらあそこがそうですよ」

 南の指さすところにその店はあった。

 「あそこなら希望通りの物があると思いますよ」

 「ほんと助かりました、こういうのはどうも良くわかんなくて……」

 頭に手を当てて和樹は南に頭を下げた。

 「ふふっ、お役に立てましたか?」

 「もちろんです!」

 そのまま笑いあってお店の中に二人は入っていた。

 もちろん、その中睦まじい(?)二人の様子を瑞希の大きな目が見逃す筈はなかった。

 「あ、あそこは確か……」

 偶然ではあるがその店は瑞希もたまにウィンドウを眺めていたことがあった。

 とにかくもう少し側に行って様子を見ることにしたが、それは大間違いだった事に

 瑞希は気がつかなかった。

 そしてお店の中で、和樹は用事を済ませて振り返ったときガラス越しに険しい顔して

 中を覗いている瑞希を見つけてしまった。

 「うわっ、み、瑞希か!?」

 「和樹さん、どうしたのですか?」

 「あれですよ」

 「ん? まあっ、瑞希さん!」

 「どおりで視線やら殺気を感じるわけだよな……」

 実はこのお店のガラスはマジックミラーになっていて、中からは外の様子が丸見えなのである。

 無論、瑞希はお店に入ったことはないので、知る由もなかった。

 「ひょっとしてばれてしまったのかしら?」

 「いや、多分誤解しているんですよ」

 「誤解って?」

 「ええ、おそらく大志あたりから変なこと聞かされたんでしょう」

 「変なこと?」

 「たとえば俺が女の子と一緒に歩いているとかなんとか」

 「あっ、そう言うことですか」

 ようやく南も事態が把握できたので、和樹は思いついたことを言った。

 「南さん、由宇に電話して予定が早くなったって伝えてくれますか?」

 「いいですけど、和樹さんは?」

 「今はとにかく瑞希を何とかしないとあとが大変ですから」

 「解りました」

 「それじゃまた後で」

 「ふふっ、がんばって下さい♪」

 そして二人は何食わぬ顔でお店を出ると、別々の方向に歩き出した。

 二人が出てきたのに気がついた瑞希は慌てて電柱の陰に隠れて二人をやり過ごしたが、

 そこで別れて反対方向に歩いて行ってしまった。

 「ああっ、と、とにかく和樹を追い掛けなきゃ!」

 今は一刻も早く本当のことが聞きたい瑞希は、すぐに後を追っていった。

 「やっぱり俺の方が気になるか……」

 和樹は後ろから着いてくる瑞希に苦笑いしながら、巧く公園の方へ誘導していった。






 誰もいない夕方の公園で和樹は空いているベンチに腰掛けた。

 「さて、そろそろ来るかな……」

 何となくぼーっとしていた和樹の目の前に、待っていた人物が静かに現れた。

 「……和樹」

 「よお、瑞希じゃないか」

 あえてそしらぬ顔で和樹は瑞希と話そうとした。

 でも、よく見ると瑞希の表情はさっきまでとは違いどこか悲しげで俯いていた。

 『ちょっとまずいかな、これは……』

 「あのさ……」

 「とりあえず座ったらどうだ」

 「うん……」

 おとなしく座ったまでは良かったが、瑞希の瞳はすでに潤み始めていた。

 その横顔を見た和樹は本当にまずいと感じて、泣かれる前におもむろに先ほど買った物を

 瑞希に渡そうとした。

 「瑞希、手を出してくれ」

 「えっ、う、うん」

 言われるままにゆっくりと差し出した手のひらに、小さな箱を載せた。

 「なに、これ?」

 手のひらに乗った綺麗にラッピングされた物を、ジッと見つめた。

 「うん、まあ開けてみてくれないか」

 「うん」

 黙ってその包みを解いていくと、小さな箱が出てきた。

 そして蓋を開けてみるとそこに小さな銀色に光る指輪があった。

 「和樹!?」

 驚いて横を見ると和樹は前を向いたままだがその頬は赤くなっていて照れた顔をしていた。

 「あー、言いたいことがあるだろうけど黙って聞いてくれるか?」

 こくん。

 小さく頷いた瑞希を見て、和樹はゆっくりとしかしハッキリと話し始めた。

 「俺達って高校の時に出会っていろいろやってきたよなぁ」

 「で、卒業してもまた同じ大学で一緒にいるようになって」

 「俺が同人の世界に行っても、最初は嫌がったけど結局手伝ってくれるし」

 「今じゃ一緒に暮らしてもう一年も経ったよなぁ」

 和樹が今までの自分たちの事を振り返るように話しているのを、瑞希は少し笑みを

 浮かべて静かに聞いていた。

 「まあ、俺もまだまだ漫画家としても一人前でないしなにより学生なんだけど」

 「なんて言うか、その、つまり俺としてのけじめというのかなぁ」

 顔を真っ赤にして自分に伝える和樹を見て、何を言わんとするか解ってはいたが

 その言葉を直に聞きたくて黙ってその顔を見つめていた。

 「えー、だからその」

 「うん、そうつまり……」



 ばしっ!



 「えー加減にさらせよ、このあほんだら!」

 「え、ええっ!?」

 驚いた瑞希がベンチの後ろを振り返ると、そこには顔見知りの奴ばっかりだった。

 「何するんだ由宇? 痛いじゃないか!」

 「あんたがぼけぼけっとしてるからやろ!」

 手にはいつもこみパで使っている特製のハリセンを持っていた。

 「大体どうして由宇がここにいるんだ?」

 由宇の後ろから南がすまなそうに頭を下げた。

 「ごめんなさい、私が教えたんですけどそしたらみんな来てしまって」

 「この大庭詠美さまをさしおいて一人だけ幸せになるなんてちょぉ〜むかぁつくぅ〜」

 「素直に羨ましいと言えんのか、詠美」

 「ふみゅ〜ん、うらやましくないもん!!」

 涙目になって言っても本音が出ているので、説得力がないのを詠美は全然解らなかった。

 「ほらほら泣かないで」

 泣いてる詠美の頭を撫でながら玲子が後ろから抱きしめた。

 「あたしには感謝してよね、和樹君♪」

 「そりゃもう玲子さんがいなかったらサイズが解りませんでしたから」

 「OK!」

 「うん? 彩どうした?」

 「さっきの続きを……」

 普段よりも瞳をきらきらさせて何かを期待していた。

 「さっきの?」

 こくこく。

 じ〜っ。

 「あ、ああ、解ったからそんな目で見ないでくれないか?」

 こく。

 と、思って安心したらまだそこには二人ほどいた。

 「お兄ーさん、千紗も早く続きがみたいです」

 「あ、あのっ、わ、わたしっ、その、あのっ」

 千紗とあさひは二人して両手を胸の前に組んでこれまた彩と同じように大きな目を

 きらきらさせて和樹に期待をしていた。

 「うん、解ったからちょっと待っててね」

 「「はい」」

 そして続きを話そうとして瑞希の方を見ると、なぜか一生懸命笑いを堪えていた。

 「瑞希?」

 「くくっ、も、もうだめ、あはははは〜」

 とうとう我慢できずに笑い始めてしまった、それも涙を流しながら……。

 「だ、大丈夫か瑞希?」

 「あはははは〜」

 瑞希は嬉しかった、和樹の気持ちが解って。

 『なんだ、私ってこんなにも愛されちゃってるんだ、心配してバカみたい……』

 おかしくって嬉しくって楽しくってとにかく瑞希は泣きながら笑っていた。






 「おい瑞希、本当に大丈夫か?」



 心配そうに瑞希の背中をさする和樹を見て。



 「……うん大丈夫、でもちょっと待っててね♪」



 有りっ丈の思いを込めて今までで最高の笑顔で応えてあげた。



 しっかりと和樹に貰った指輪を胸に抱きしめて……。



 おわり