Trust You Forever








 今日も元気ね、拳が唸る〜♪

 「あら? もう終わりなの……」

 目の前に倒れている男達を見下ろしながら、私は埃を払うように手を叩く。

 全く……これから浩之とデートだって言うのに疲れさせないでよね。

 「こ、この……」

 「うん、ちょっとは根性有るのもいるのね♪」

 「はあはあ……ふ、ふざけるなーっ!」

 肩で息しながら暑苦しい顔した男が私の襟元を掴もうとする。

 パーリングで相手の手を内側から外に弾くと、一歩踏み込んで丸見えの顎に下からショートアッパーを

 叩き込む。

 がっ!

 「ぐっ!?」

 男の体が地面から僅かに浮くと、短い悲鳴と共にそのまま崩れ落ちた。

 「はい、終わり」

 ふぅ〜。

 軽く息を吐く。

 ま、この程度の実力じゃ私、来栖川綾香をナンパしようなんて100億年早いわね。

 「あ、やだもうこんな時間?」

 腕時計の針が約束の時間をオーバーしているのを教えてくれる。

 「まっずいなぁ〜あいつ怒っているかしら?」

 気絶している男達の体を踏みつけて、私は待ち合わせ場所に駆けだした。

 ちらっと横目で周りを見渡すとギャラリーがみんな目を丸くして驚いているのが見えた。

 ちょっと派手だったかしら?

 まあ仕方がないわね、この場合は不可抗力よ。

 先に手を出したのはあいつらだし。

 それになんと言っても浩之とのデートのジャマをしたあいつらが悪い!

 よし、それでOK!

 「ごめんね〜浩之、すぐに行くからね〜♪」

 待ち合わせ場所まであと十分!






 「おっまたせ〜浩之……ってセリオ!?」

 「おせえぞ綾香、何してたんだ?」

 「おはようございます、綾香様」

 私が来たら浩之と楽しそうに話しているセリオがいた。

 「セ、セリオ、なんでここにいるの?」

 「はい、お暇を頂きましたので街を歩いていたら偶然に浩之さんにお会いしまして……」

 「ぐ、偶然?」

 「はい」

 怪しい……私その服見たこと無いわよ。

 そのイヤリングは何? それにその微笑み……ほっぺたが微妙に赤くなっているわ。

 凄く可愛い笑顔、初めて見た。

 「セリオ、その服良く似合っているぞ」

 「はい、その節はありがとうございました」

 「ん〜まあ気に入ってくれてるみたいで俺も安心したよ」

 「大切にします、浩之さん」

 私を無視して二人は楽しそうに会話をしている。

 セリオってこんなに可愛い顔出来るんだとぼーっと見つめてしまう。

 ……ってそうじゃない!

 「浩之」

 「ん?」

 私はニッコリと微笑むと浩之の手首を掴んで間接技を決める。

 「いででででーっ!?」

 「さあきっちり吐いて貰いましょうか、浩之♪」

 「あ、綾香?」

 ぎりぎり。

 「あいてててっ、チョークチョーク!」

 「早く白状なさい、浩之!」

 私は半ば本気で浩之に技を仕掛けていた。

 がしっ。

 「お止めください、綾香様」

 「セリオ、ジャマしないでくれる?」

 私の問いかけに答え無いどころか、私の顔を見つめる。

 「その意見には従えません」

 「なっ!?」

 私が唖然として力が抜けた瞬間、セリオは私の手を解いた。

 「大丈夫ですか、浩之さん」

 心配そうな表情を浮かべて肩を押さえている浩之を介抱する。

 まただ……また私が見たこと無い表情をセリオは見せる、何よこれ?

 段々とマルチのように豊かになっていく感情表現に、私は驚きのあまり声が出ない。

 セリオが見せる人間の女の子のような仕草が面白くない。

 本当なら喜んであげるべきなのに、それが出来ない。

 原因は解っていた……それは浩之だ。

 浩之がセリオの感情を引き出しているんだ。

 だから私は苛ついている、ううん……これは嫉妬?

 自然に自分の唇を噛みしめてしまう、今はっきりと理解できた。

 セリオは浩之のことが好きだと言う事に……。

 「セリオ」

 「はい、綾香様」

 「話があるから着いてきてくれる、浩之も一緒にね」

 「はい」

 「綾香?」

 踵を返して私は先に歩き出した。






 いつもなら草野球をしている子供達がいるのに、今日に限って河原には誰もいなかった。

 ここにいるのは私とセリオと浩之の三人だった。

 私はセリオと向かい合って彼女を見つめていた。

 セリオも私を見つめ返していた。

 浩之は私たちから少し離れて何とも言えない顔をしていた。

 「セリオ」

 「はい」

 私はエクストリームで戦う時の様にスタンスを広げて両手を胸元に掲げた。

 「勝負よ!」

 まどろっこしいのは嫌い、はっきりと白黒着けたかった。

 これが私のやり方、自分の一番納得できる冴えたやり方。

 セリオは私を見つめたまま何も言わなかった、でも1分ほど経って口を開いた。

 「……解りました」

 「行くわよ、セリオ!」

 「行きます、綾香様!」

 セリオの瞳の中にはっきりと感情が宿っているのが見えた。

 これも見たことが無い、でも一番強く心に響くセリオの大きな思い。

 負けられない。

 「はっ」

 短く息を吐いて半歩踏み込んでの左ジャブを繰り出すが、あっさりとスウェイで避けると

 反対にセリオの左フックが目の前に迫ってきた。

 は、早い!

 ダッキングで避けてがら空きのボディを狙って左右のフックを入れようとしたら、鮮やかな

 バックステップで後ろに下がって間を取る。

 「くっ」

 セリオの顔には余裕の表情が浮かんでいた。

 奥歯を噛みしめてさらに攻撃を再開した。

 呆然として私たちを見つめている浩之の姿が段々頭から消えていく。

 この戦いに集中していく自分を感じてきた。

 距離を詰めてインファイト戦に持ち込む、この戦いは思いっきりやりたいから。

 激しいラッシュの中、お互いにはなかなかクリーンヒットがでなかった。

 左右のワン・ツー!

 しゅっしゅっ。

 セリオはサイドステップで軽やかに避けると、お返しとばかりに鋭い左のショートアッパー!

 しゅっ。

 小さく素早くバックステップしてすぐに前に出てやや下から左フック!

 がっ。

 それも右肘を下げてちゃんとガードする。

 間髪入れずセリオのスピードが乗った左ストレートが私の顔に迫る。

 ちっ。

 かわし損ねて頬をかする、あぶないあぶない。

 「やるわね」

 「いつも綾香様のトレーニングを見ていましたから」

 「そうだったわね」

 「はい」

 なるほど……手の内はお見通しって訳ね。

 でもそれだけじゃ私に勝つことは出来ないわよ!

 大きく息を吸い込むと力を一気に解放して仕掛ける。

 「はっ!」

 私は大胆にも大きなステップでセリオに近づいて大降りのハイキックを仕掛ける。

 セリオは冷静にそれを見切って下がって避けようとしたけど、構わずそのまま振り切ると

 前転をするように体を回転させてスピードの乗った後ろ蹴りを繰り出した。

 「!?」

 セリオの顔に驚いた表情が浮かぶのを私は視界の中に捉えた。






 「あ〜すっとした♪」

 「そうですね」

 私たちはお互いに顔を見つめながら微笑んだ。

 「ねぇセリオ、一つ聞いても良いかな?」

 「何でしょうか?」

 「いったい何時から浩之のこと好きになったの?」

 「……はっきりと解りませんが、その気持ちに気づいたのは最近です」

 「そっかぁ〜……ふ〜ん」

 暫く無言、気持ちいい風に吹かれる。

 「あの綾香様、私も一つ聞いてもよろしいでしょうか?」

 「ん〜良いわよ♪」

 「先ほどの技は今まで見た事が無かったのですが、あれは?」

 「空手の技で”胴回し空転蹴り”って言うんだけど、知っていただけ」

 「えっ、それじゃ練習をしたことは……」

 「もちろん無いわよ、体が勝手に動いただけよ」

 セリオがびっくりして私を見つめる。

 私はニヤリと笑った。

 「ふふっ」

 「クスクスっ」

 何となく可笑しくて私たちは笑い合っていた。

 「お〜い、お待たせ」

 気を利かせてジュースを買いに行ってた浩之が帰ってきた。

 「おっそ〜い、浩之! 待ちくたびれたわよ」

 「この辺自動販売機無いんだよ、ほらっ」

 持っていたスポーツドリンクの缶を私に渡す。

 「さんきゅ〜♪」

 「ほい、セリオもな」

 「あ、ありがとうございます」

 戸惑いながらも受け取ると、大事そうにしっかりと紅茶の缶を握りしめた。

 こういう分け隔てないところが浩之の良いところでもあり悪いところでもあるのよね・・・。

 冷たい物を飲んで一息ついた頃を見計らって、浩之が声を掛けた。

 「なあ綾香…」

 「な〜に浩之?」

 「なんでいきなりセリオと試合みたいな事したんだ?」

 「なんでって……ねえ?」

 「そうですね」

 私とセリオは目線を合わせて微笑み合うと、手を取り合って立ち上がり走り出した。

 「お、おい綾香?」

 「それはね……」

 「それは……」

 「それは?」






 「「教えてあげない♪」」






 「なんだそりゃ?」

 「あははは〜っ」

 「クスクスッ」

 「お〜い、教えてくれたってい〜だろう」

 「だ〜め♪」

 「だめです♪」

 振り返って困惑している浩之の両脇に立つと、その腕をセリオと一緒に抱きしめると

 見つめ合う。

 「負けないわよ、セリオ!」

 「私もです、綾香様!」

 私に取って姉さんだけじゃなくもっと身近で手強い相手ができた、そんな日の一コマだった。






 おわり