Steady 〜来栖川綾香〜







 「はぁ〜」

 クラスの女の子達が私の方を見ている。

 そりゃそうよね、登校してから机に頬杖ついてため息しかしてないんだものね〜。

 でも、そんなに珍しいかしら。

 私だって女の子なんだから人並みに悩んだり恋したり……。

 恋?

 やっぱりそうなのかな……。

 「はぁ〜」

 私はまた大きいため息をつくと、その原因である男の子の顔を思い浮かべていた。






 授業が終わると鞄を掴んで足早に教室を出て、校門に向かった。

 なぜだか浮き浮きした気分でステップも軽く顔にも笑顔が浮かんでいるのが自分でも解る。

 「さ〜てと、今日も行ってみますか♪」

 「綾香お嬢様」

 振り向くと私の親友のセリオが立っていた。

 「な〜に、セリオ?」

 「今日も浩之さんとデートですか?」

 がくっ。

 「ちょ、ちょっとぉ〜誰がデートなのよ? ただの練習よ」

 あ〜ビックリした、全く気持ち良いくらいストレートなのよねセリオって。

 「それにしては随分と楽しそうな顔をしていましたから、そうかと思いまして」

 セリオが微妙に顔を綻ばせる。

 う〜ん……最近この娘どうも私をからかっているみたいなところがあるのよねぇ〜。

 やってくれるわね……よし!

 「そう言うセリオだって浩之とはよく話しているじゃない、それも頬を赤くして見つめながら」

 「いえそんな……私は別に浩之さんとは……その……」

 あ〜あ、おろおろして視線があっちこっちにいってるわよ、おまけにほっぺた赤いし……。

 むむっ、ここにも浩之が好きな女の子が居るとはね。

 そうよ、あいつの周りっていっつも女の子が居るのよね〜。

 幼なじみの女の子、あかり。

 喧しい子、志保。

 クラスの委員長、智子。

 金髪の子、レミィ。

 超能力(浩之談)美少女、琴音。

 メイドロボ、マルチ。

 新聞配達の子、理緒。

 私の後輩、葵。

 そして私の姉、芹香。

 それも、揃って浩之に好意を持っているらしい。

 他の娘は解らないけど、姉さんは凄く変わった。

 浩之と出会ってから姉さんは家でもよく話すようになったし、なにより笑うことが多くなった。

 私じゃ出来なかった事をあいつは姉さんにさせてしまった。

 どんな奴?

 そう思っていた時、偶然浩之と会った。






 げしげしっ。

 学校の帰り話題のお店で買ったばかりのアイスを舐めながら、妙な音のする方に足を運んだ。

 そこに木を力任せに蹴飛ばしているあいつがいた。

 どうやら木に登って降りられなくなった猫を揺らして落とそうとしている。

 なんて無茶なことやってるのかしら。

 私は側にいた猫の飼い主らしい女の子にアイスを持たせると、あいつに肩車をするように言った。

 ぶつぶつ言いながらも私を肩に載せると腰を上げた。

 「お〜い、どうだ?」

 「もうちょっと」

 なにげに下に視線を動かすとあいつが私のことを見上げていた。

 ついでにあいつの目はスカートの中に釘付けだった。

 あちゃ〜まあ仕方がないか。

 後できっちりと返してもらいましょう♪

 子猫を掴んで降りた後アイスと交換するとその女の子は私にお礼を言って行ってしまった。

 「何だよ、俺には何もなしかよ」

 「ふふっ、ぶつぶつ言わない、代わりにこれあげるから」

 「何だよこれ? 食いかけじゃねぇか!」

 それでもあいつは手渡されたアイスを文句を言いながら食べてしまった。

 あっ!

 これってもしかして間接キッスよね?

 ちょっと恥ずかしいかな。

 なんて私が考えているとあいつはさっさと帰ってしまった。

 なによ……こんな美少女をほっといて先に帰るだなんて失礼ね!

 ふつう名前聞いたりお茶とか誘ったりしない? なのにあいつったら「じゃあな」って一言。

 まるで興味なしって感じ。

 変な奴……でもこんな男の子初めてだった。

 私の周りの男の子って言ったら、お金持ちのボンボンばっかり。

 ハッキリ言って会うのも話すのも嫌だった。

 だけど、あいつとはまた会って話してみたい。

 それにまるっきり相手にされなっかたのも、なんか悔しい。

 今に見てなさいよ!






 「はぁ〜い、お・ま・た・せ♪」

 いつもの河原に来ると浩之は先に来ていた。

 「おせえよ」

 相変わらずぶっきらぼうなあいつ。

 すでにウォーミングアップは済んでるようね。

 「今日こそは勝たせてもらうぜ!」

 「ふふっ、そう上手くいくかしら?」

 そうは言ったけど油断は出来ない。

 この一週間付き合って解ったけど、浩之の才能には驚かされた。

 私が教えた事は全部吸収してさらに磨きを掛けて挑戦してくる。

 何度か危ない場面もあった。

 なんて奴!

 でも、それが凄く楽しい。

 こんなにワクワクしたのは久しぶりだった。

 「セリオ、たのむ」

 「はい、Ready Fight!」

 セリオの掛け声に浩之が前に出てくる。

 最初の時とは違う体重の乗った切れのいいワン・ツー。

 スウエィで避けて浩之の右側に回り込む。

 左フック!

 右手で外側に弾くとすかさず左ストレート!

 ステップバックしてかわす、危ない危ない。

 「ふ〜ん、結構練習したわね」

 「さてね」

 ニヤリと笑う。

 まだ余裕があるわね、それじゃ少しは本気になろうかな。







 ちょっとだけ本気になった私の連打に浩之は防戦一方。

 「どうしたの? 守っているだけじゃ勝てないわよ!」

 「ぬかせ!」

 あいつの目、まだ諦めていない。

 チャンスを狙っている目だわ、ふふっ。

 そっちがそうなら誘ってあげるわ。

 私はフェイントを混ぜて大降りの右フック!

 「甘いぜ!」

 ふふっ、掛かった!

 大きく一歩前に踏み込んで左アッパー!

 ぶん!

 うそ!?

 まずい! ボディががら空き。

 その瞬間、浩之のワン・ツーが私のボディに決まった。

 でもさらに攻撃を続けようとしたので反射的に重い右フックを叩きつけた。

 がすっ!

 「あ、つい思いっきりやっちゃった」

 私の足元で浩之は気絶していた。






 今ここにいるのは私と浩之だけ。

 セリオは先に帰ってしまった。

 『お先に失礼します、ごゆっくりどうぞ』などと言って。

 全く、何気使ってんだか……。

 「う〜ん……綾香?」

 「あ、やっと起きたわね」

 「また負けちまったか」

 ちょっと悔しそうな顔が可愛い……くすっ。

 「あなたの勝ちよ、浩之」

 「え、それって」

 どうやら覚えてないみたいね。

 「浩之のフックが私のボディに二発決まったでしょ」

 「じゃあなんで俺は気絶してたんだ?」

 「ごめん! 浩之が攻撃を続けようとしたからつい……ね」

 私は手を合わせて謝る。

 「しょうがねえなぁ……」

 苦笑いしながら頭をかいている。

 すると、思い出したように私に向かって言った。

 「それじゃ約束通り何をしてもらおうかな?」

 う、そうだったわね。

 負けた方が勝った方の言う事を聞くんだったわね。

 「う〜ん、あれもいいがそっちも捨てがたいし……」

 ちょっと、あんまり変なこと考えないでよ!

 よし、こっちから急かさないと危なさそうだわ。

 「はい、あと5.4.321」

 「ちょっとまて!? 時間制限ありか?」

 「ほらほら、早くしないと〜」

 「あ〜解った、それじゃ頼む」

 と、浩之が言った事は簡単なことだった。

 「こんなので良いの? 浩之」

 「おう、充分気持ち良いぞ♪」

 なんて事はない、ただの膝枕だった。

 「来栖川のお嬢様にこんな事してもらうなんて、滅多に出来ないからな」

 そう言って気持ちよさそうに私の膝の上で寝ている。

 髪の毛がくすぐったいけど、なんか不思議……。

 私の顔も自然に綻んでくる。

 ふと気がつくと、浩之が目を細めて私を見つめている。

 「な、なに」

 「おまえって変な奴だよな」

 「うん」

 そうかもしれない……。

 「でも、嫌いじゃないぜお前のこと」

 さらりと言ってくれちゃって……もう。

 「ねえ、浩之……目閉じてくれない?」

 「ん? いいけど」

 ふふっ、素直なところも可愛いわね。

 私は顔を近づけると浩之の唇に自分の唇を重ねる。

 ちゅっ。

 ビックリして浩之が目を開ける。

 「綾香!? お前今……」

 「うん……」

 うわ〜、私なんて大胆なことしちゃったのかしら?

 でも止まらなかった、浩之にキスしたかった。

 「綾香」

 浩之が私を見つめながらそっと手を伸ばして頬を撫でる。

 そして今度はあいつが私にキスをしてくれた。

 それは甘くてとても気持ちが良かった。

 ありがとう浩之、私の気持ちに答えてくれて。

 「さてと、帰るかな」

 すぐに立ち上がったあいつは照れてるみたい……くすくすっ。

 「うん、帰ろう♪」

 私は浩之の腕にしがみつくとそのまま寄り掛かりながら河原を後にした。






 ○月×日

 今日は凄く嬉しい日だった。

 私を”綾香”として、普通の女の子のように見てくれる人。

 知り合ったのは遅かったけど姉さんよりも好きになって貰えた人。

 私のことを理解して見守ってくれる優しい人。

 この広い世界でやっと巡り会えた、ただ一人の人。

 だから私のこと放さないでね、浩之♪





 おわり