Original works Fate/stay night
(C)2004 TYPE-MOON






その技は華麗にして剛胆、力強い竹刀を受ける度に、力の差を思い知らされる。






「どうしたのかな、そろそろ本気を出して欲しいのだが?」






荒い息をついて汗を流しているのに、相手は涼しい顔だ。
さらに目の前の男の余裕のある笑みに、頭が熱くなる。
剣技だけで言えば、アルトリア以上だと感じるけど、本気を出していないのはむしろ向こうだ。






「うるせぇ、これから出してやるっ!」






このまま一本も取れずに終われるもんかっ。
なにより、あの笑い方がアイツに重なるのが、一番気にくわない。
俺は両手の竹刀を握りしめて、息を整える。






「シロウ……」






祈るように手を組んで見つめているアルトリアに、俺は頷いて応えてみせる。
そして思い出す、ただ一度だけ見たアイツの戦い方を―――。
あの夜、校庭で見たランサーとの戦っていた姿を再現できるはずだ。
そう、やっと解ったんだ……アイツの正体が。
なぜお互い気にくわなかったのか、なぜアイツが投影魔術を使うのか。

「ほう……」
「え、士郎?」
「ちょ、ちょっと士郎!」
「先輩?」
「あーらら、シロウやっと本気になったんだー」

ランスロットと遠坂の感心する声と驚く声が聞こえるが、俺は気にもせず自分の中でイメージをする。
純粋に目の前の男に剣技で勝つのは無理だ、ならどうすればいいのか―――。
勝てないのなら想像で勝しかない、だけど現実に勝つためには悔しいがアイツの技を使うしかない。
なぜならあのスタイルが、衛宮士郎にとって一番相応しくて、そして完成された技なんだからっ。






「―――I am the bone of my sword.」






そう呟き、俺は大きく一歩踏み出して、意地を見せるために両腕に握った『2本』の竹刀を振るう。
勝負はこれからなんだからなっ。





「面白くなるかもね」






Stay Re-birth Night 12






しなやかな動きで振るわれるアイツの竹刀を弾きながら、俺は間合いを詰めていく。
だけど、言うほど簡単じゃない。
一歩詰めれば一歩開く、決してこっちの間合いに引き込まれない。
自分の間合いで俺を狙ってくる竹刀は正確無比で、正直弾くだけでも集中力がいる。
それでも俺は諦めることなんて考えもしない。
衛宮士郎に出来ること、それはひたすら前に進むことだけだ。
愚かとも言える行為だけど、それこそが俺なんだから。
だから何も考えず、たず愚直なまでに突き進み、竹刀を振るう。

「どうして士郎がアーチャーの真似をするのよ」
「当然でしょ」
「フェイさん?」
「よく考えれば解ることなんだけどなぁ……ねぇ、アルトリア?」
「姉上、それはっ」
「どう言うこと、アルトリア?」
「凛……」
「教えて、何を知っているの?」
「違うのです凛、あれは真似ているわけではないのです」
「えっ」
「あれこそがシロウの戦い方なのです」
「だ、だってあれはアーチャーが使っていた……」
「そうです、まだ未熟なだけなのです、今は」
「今はって、まさかそんなっ!?」
「そう、未熟な衛宮士郎が成長したらどうなるか、聡明な魔術師の貴方なら解ると思うけど?」
「う、うそ、士郎が……」

思い出せ、正確に再現しろ。
あの槍をどう捌いていた? そしてどう間合いを詰めていった?
不意に突き出された竹刀が頭の横をかすめる。
そんなこと気にするな、今することは他にあるんだ。
まだスピードも力も何もかも足りない、再現とは言えない程崩れている俺の技。
だけど構っている暇はない、後少し……後少しで重なるんだっ!

『どうした衛宮士郎、所詮そこまでか?』

うるせぇっ!
聞こえるはずのない声が、頭の中に響く。
ああ、解っているさ……どう足掻いたって目の前にいる本物の騎士に勝てるわけがない。
だからどうした。
あきらめるなんて出来るわけがない。
そんなことは聖杯戦争で散々味わった、今更挫けるわけがない。
体が、心が、そしてアルトリアへの思いが、俺を突き動かす。
俺は叫びながら大きく踏み込んだ。

「だまれっ、お前の方こそ俺についてこいっ!!」

その瞬間、背中を見せて俺を見ていたアイツの顔が笑っていた気がした。

「シロウ!?」

音が止んだ。
道場に響くのは、俺の荒い息づかいだけだった。
両手の竹刀は弾き飛ばされ、相手の竹刀が俺の首にぴたりと当てられていた。
だけど俺は目の前にいる騎士から視線は外さなかった。

「俺の負けです」
「いや、しっかりと見せて貰った。そうだろ、ベディ?」
「そうですね、私もこの目で見ました」
「え、でも俺は……」
「勝ち負けではない、エミヤ殿のまっすぐな心は賞賛に値すると思うが?」
「その気持ちでアルトリアお嬢さまをお願いします」
「シロウっ」

その時、駆け寄ってきたアルトリアが俺の首にハンカチを当てた。
見ると赤く染まっていた。どうやら少し切れたみたいだった。

「大丈夫ですか、シロウ?」
「ああ、かすり傷さ」
「で、でも……」
「舐めれば平気さ」
「そうですか、では……」
「うひゃぁっ!?」

いきなり俺の首を舐め始めたアルトリアの舌が、くすぐったくて奇声をあげてしまった。
舐めれば治るって言ったけど、それは今すぐ舐めて欲しいって言うことじゃなくって。

「ま、まってくれアルトリアっ」
「ぺろ……なんですか、舐めればいいと言ったのはシロウではありませんか」
「そうは言ったけど……ひぃあっ」
「おとなしくしてくださいシロウ、暴れると舐めにくいです」
「む、無理っ、くすぐった……うぁっ」

だめだ、がっちりと俺を抱きしめて、舐めるのを止めようとしない。
助けを求めようと振り返った俺の目に映ったのは、道場から出て行こうとするみんなの後ろ姿だった。

「と、遠坂っ」
「なに?」
「何とかしてくれないかなーって」
「はぁ? 何馬鹿なこと言ってるのよ」
「馬鹿な事ってなんだよ」
「シロウ、まだ気がついていないの?」
「イリヤ?」
「先輩……骨は拾いますから」
「桜、それってどういう意味なんだーっ!?」

なんかみんなの目が怒っていなくて、それどころか哀れんでみているのはなんでだ?
そんな疑問に答えるように、最後に残っていたフェイさんが、含み笑いをしながら教えてくれた。

「そうやっているアルトリアが、ガゼルを襲っているライオンに見えるのよ」
「ええっ!?」

俺はエサですか?
いやいや、確かに首に噛み付いているように見えなくもないけど……。
実際は違うってみんな解っているくせに、どうしてそんなふうに思うのさ。
そして次の言葉を残して、フェイさんは行ってしまった。

「いいいじゃない、たまには食べられてみるのも良いと思うわよ♪」

な、なんてこと言うんだ、あの人はっ。
アルトリアにも聞こえていたのか、顔は見えないけど小さな耳は真っ赤だった。
だけど抱きしめている腕に力を入れて、俺から離れようとしなかった。
暫くいそのまま動くことも出来ずに取り残されて、どうすればいいんだとか考えていたら、
アルトリアが小さな声で話しかけてきた。

「シロウ……」
「うん?」
「シロウは……シロウは変わりませんよね」
「えっ」
「ずっとこのまま、あなたのままですよね」
「何言ってるんだ、アルトリア?」
「シロウ!」
「あ……」

アルトリアに押されてバランスを崩した俺は、一緒に道場の床に倒れ込んだ。
ぶつけた背中が痛かったけど、それ以上にアルトリアの顔から目が離せなかった。
顔を上げて大きな碧眼を潤ませて―――泣いていた。
だから、アルトリアが何を言いたいのか、解った。

「……シロウ、違うと言ってください」
「アルトリア……」
「違うと、アーチャーにはならないと……言ってください」
「それは解らない」
「シロウ……」
「アイツは確かに俺だった、目指した理想を追い求め、たどり着いた姿だった」
「それは、でもっ」
「うん、だからそうなるかもしれない、でもならないかもしれない」

そっと、泣いているアルトリアの頭を引き寄せると、泣きやんで欲しくて何回も髪をなでる。
金色の髪を何回も優しく……。
そして天井を見上げながら、呟く。

「アイツさ、一人だったろ」
「はい」
「だけど今の俺にはアルトリアがいる」
「はい」
「夢でも幻でもない、確かにここにいる」
「はい」

確かめる、腕の中に存在している温もりを。
アイツと俺の違いと言えばこれなのかもしれない。
例え姿形はアイツに近づいたとしても、この大事な物を失わないように守り続ければ、きっと―――。

「なあ、アルトリア」
「はい」
「姿はあんな感じになっちゃうかもしれないけどさ……心は変わらないからな」
「シロウ」
「俺、アルトリアの事、大事にするからさ」
「はい」
「アルトリアがいてくれれば、大丈夫だ」
「はい、私はシロウの側から離れません、何があろうとも決して」
「うん、俺も離さない」
「シロウ」

やっと泣きやんだアルトリアが、唇を重ねてきた。
さっきと違ってすごく積極的にキスをしてくる。
不安だったんだろうな、ごめんなアルトリア。
応えるように何回もキスを交わし、言葉もなく抱き合っていた。
で、そうなってくると困ったことになってくるわけで……。

「そ、そろそろ戻ろうか」
「いいえ」
「ほら、夜も遅いし」
「いいえ」
「アルトリア?」

ゆっくりと上体を起こしたアルトリアは、微笑んでいた。
でもなんかいつもと違うよな気がするんだけど、とにかく俺も起きあがろうとしたら
アルトリアに押さえつけられてしまった。
もしかしてこれってフェイさんが言ってた―――。

「シロウ……」
「あ、あのさ、部屋に行こうな」
「いやです」
「ア、アルトリア」
「シロウには覚悟して貰います、その身が誰の物なのか……体に教えてあげます」
「ま、まてまてっ、どうしてそうなるんだ。落ち着くんだアルトリア」
「安心してください、それに殿方の喜ばせ方は知っていると以前にも言ったはずですが?」
「そうじゃなくってっ!」
「シロウ、すべては私に任せてください」
「だから後ろ見ろって!」
「え…」

俺に馬乗りのままギギギと音が聞こえてきそうな感じに、振り返ったアルトリアは目を見開いた。
扉の隙間から除いているのは誰かとか今更言うのもばからしいけど。
みるみるうちにアルトリアの顔が真っ赤に染まって、固まってしまった。

「アルトリア?」
「…………」
「おーい」
「…………」

そのままふらっと俺の方に倒れてきた。
気絶しちゃったようだけど、それはさておき……。
まだ扉の隙間から除いているみんなに向かって、話しかける。

「何しているんですかって言うか、いつから除いていたんですか?」
「えーっと、たまたま通りかかっただけよ」
「苦しいぞ、遠坂」
「うっ」
「わたしは弟の心配をしにきただけだもん」
「姉はこんなことしないと思うけど、イリヤ」
「へへっ」
「せ、先輩、わたしはっ」
「明日のおやつ、どら焼きなしでいいんだよな、桜」
「しくしく……」

で、最後に残っている一番ニヤニヤしていると思う人に向かって言う。

「責任、とって貰えるんでしょうか」
「んー、なんの責任?」
「とぼけないでくさい」
「いいじゃない、アルトリアといちゃいちゃして、何か不都合でもあるのかしら?」
「あります!」
「どんな?」
「けしかけた本人がそうやって覗いていることです」
「私は凛ちゃんに誘われただけよ」
「ちょ、ちょっとフェイさんっ!?」
「はぁ……もういいです」
「そう、じゃあ後はよろしくね、もう覗かないから」

そうしてやっとみんなは道場からいなくなった。
救いなのはあの二人には見られていなかったことだろう。
ため息をついてから、俺の上で気絶しているアルトリアを見る。

「ありがとうアルトリア、君がいてくれてよかった」

そう言って抱き上げて俺も道場を後にした。
途中、居間に誰もいないところを見ると、逃げたらしい。
くそお、いつか必ず仕返ししてやると心に誓いながら、自分の部屋を目指した。
そして翌日―――。

「シ、シシシシロウっ」
「ん……あ、おはようアルトリア」
「お、おは、おはようご、ざいます」
「うん?」
「さ、昨夜はその……失礼しましたっ」
「なにがさ?」
「で、ですから、あの道場でその……ううっ」

隣の和室で寝ていたアルトリアが、俺を起こしに来てくれてた。
ただし、服はきくずれて顔は真っ赤で髪の毛も解いたままである。
それが妙に可笑しくって、俺は笑いを抑えられなくなる。






「シロウ、何を笑っているのですかっ」






謝る代わりに、俺は力一杯アルトリアを抱きしめた。






「シ、シロウ、朝からいきなりなんてこ、こまりますっ」






勘違いしているアルトリアの言葉に、俺は声を上げて笑い出した。






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