「SOMEWHERE」
雪も解けて暖かい春の日差しに、ここものみの丘も綺麗な緑色の絨毯に覆われていた。
そしてそこに来る人はまず誰もいなかった……たった二人を除いては。
ここは彼と彼女が待ち合わせるいつもの場所だった。
「なあ、天野……」
「失礼します」
すたすたすた。
「ちょ、ちょっと何言ってるんだ?」
ぴた。
「だから、失礼しますと言ったんです」
すたすたすた。
「ひょっとして天野、怒ってる?」
ぴた。
「別に怒っていません」
「じゃあ何でそんなジト目で俺を睨むんだ?」
「気のせいです」
「ただ手を握っただけじゃないか?」
「肩を抱きました」
「そうとも言うな」
「そうとしか言いません」
「俺の手つねったくせに……」
「当たり前です」
すたすたすた。
「……美汐」
ぴく。
「美汐ちゃん」
ぴくぴく。
「み〜ちゃん♪」
ぴた、くるっ。
「おっ、気に入ったみたいだな、これからはそう呼ぼうかな♪」
「もう相沢さんと会う事は二度と有りません、さようなら」
「何だやっぱり怒っているんじゃないか」
「違います、怒ったのはたった今です」
「怒っちゃいやっ、み〜ちゃん♪」
ぎゅっ。
「は、離して下さい相沢さん!」
「だってもう会えないんだろ? だったらずっとこうしてよっかな〜♪」
「そ、そんなの嫌です」
「じゃあ会ってくれる?」
「そんなのずるいです」
「あれ、俺ってずるい奴なんだけど知らなかった?」
「知りません、と、とにかく離して下さい!」
「ん〜今日はなんだかこのままずっと抱きしめていたくなってきたなぁ……」
「な、何言っているんですか?」
「美汐……」
「あ、相沢さん……」
「祐一」
「えっ?」
「俺の名前は祐一って言うんだ」
「そ、そんな恥ずかしい事言えません」
「俺はちゃんと美汐って呼んでるぞ」
「それは勝手に相沢さんが呼んでいるだけです」
「残念だなぁ・・・そう呼んでくれたらこの腕を離しても良かったんだけどなぁ?」
「ひ、卑怯です相沢さん」
「くんくん、美汐っていい匂いがするな」
「は、恥ずかしい事言わないで下さい!」
「ん〜なんかこのままキスしたくなってきたなぁ……」
「い、嫌です、早く離して下さい相沢さん!」
「美汐」
「あっ」
ちゅっ。
「ん」
「んんっ」
「……はぁ」
「……好きだ、美汐」
ぎゅう。
「それが答え?」
「ずるいです・・・祐一さん」
「やっと呼んでくれたな」
「祐一さんの所為です」
「そうかなぁ……」
「そうです、相沢さんが、祐一さんがずるくて卑怯でそして……んんっ」
「……んっ、だって天野が、美汐がどうしようもなく好きだからな」
「やっぱりずるいです……でもしょうがないですね、私も相沢さんが、祐一さんが……好きだから」
「本当に?」
「はい、私は祐一さんと違って嘘つきじゃないから」
「俺だって嘘つきじゃないぞ、美汐が好きなのは本当だから」
「ほらやっぱり……」
「ごめん、本当は美汐の事すっごく愛しているぞ」
「ど、どうして恥ずかしい事をそんな簡単に言ってしまうんですか?」
「どこが恥ずかしいんだ? 素直に俺の気持ちを言ってるだけじゃないか」
「もう、知りません」
「美汐、顔を真っ赤にして否定しても無駄だぞ」
「何も聞こえません」
「ふ〜ん……じゃ、このまま押し倒しちゃおうかなぁ〜♪」
「なっ!?」
「おっ? びっくりした顔も可愛いな♪」
「……もしかして私をからかいましたね?」
「いや、俺はいつでも真剣だぞ」
どさっ。
「きゃっ……ゆ、祐一さん!?」
「さて、これから俺が何するか分かる?」
「ど、退いて下さい!」
「答えてくれたらすぐに退いてあげる♪」
「そ、そんな事恥ずかしくて言えません!」
「それでは、いただきます♪」
「わ、私は食べ物じゃありません!」
「美汐」
「だめ、祐一さ……んんっ……」
「…………」
「ん? なんて顔して睨むんだ……」
「…………」
「いくら俺でもここでそんな事しないぞ」
「…………」
「ここには……ここには俺のあいつと美汐のあの子がいるからな」
「……信用できません」
「そっか……でも、美汐を愛してるのは本当だぞ」
ちゅっ。
「んっ……も、もう……でも、それだけは信じてあげます」
「それだけ、か……」
「はい、それだけです」
「…………」
「…………」
「美汐」
「なんですか?」
「美汐に言いたい事が有るんだけど、聞いてくれるかな?」
「内容によります」
「とっても大切な事なんだ」
「それなら聞いてあげます」
ごそごそ。
「と、その前にこれを……」
すっ。
「ゆ、祐一さん!?」
「よかった、サイズもぴったりだな」
「この指で良いんですか?」
「おう、美汐が卒業するのを待っていたんだ」
「本気……ですか?」
「おう、もちろん本気だぞ」
「信じても良いんですか?」
「信じろ」
「……分かりました、これも信じてあげます」
「よかった、断られたらどうしようかと思った」
「どうしました?」
「泣く」
「クスッ」
「泣いてやる、思いっきり泣いてやる」
「クスクス」
「ああっ、信じてないな?」
「どうでしょうか」
「よし、それじゃ見せてやる!」
がばっ、ぎゅっ。
「なっ、何しているんですか、祐一さん!?」
「何って美汐の胸で泣いているんだ」
「や、やめて下さい恥ずかしいです!」
「やだ、信じてくれるまで止めないぞ」
「そんなのずるいです」
「だから俺はずるいって言っただろう」
「祐一さん!」
「うん、美汐の胸柔らかいなぁ、それに凄くどきどきしているぞ」
「も、もうっ、祐一さんなんて……」
「祐一さんなんて?」
「…ずるいです」
「よしよし」
「ばか」
耳まで赤く染めた彼女を抱えながら立ち上がると、その小さな顔に手を添えてもう一度キスをする。
彼の胸に彼女は抱きしめられながら暫く無言のまま見つめ合う、お互いに微笑みを浮かべて。
それをただ、風の囁きと青い空が二人を優しく見守っていた。
End To Begining