世界一幸せな二人









 「うち寂しいなー次郎ー」

 「にゃ〜」

 「可愛い可愛い奥さんのゆうひちゃんを置いて、耕介くんはおでかけやー」

 「にゃ〜」

 「ちょう酷いと思わへんかー?」

 「にゃ〜」

 「そうか、次郎ーはわかってくれるんやなー」

 「にゃ〜」

 「肉球ぷにぷにして気持ちえーなー」

 「にゃ〜」

 「あーたいくつさんやー」

 「にゃ〜」

 「う〜こうなったらひさびさの、ごろごろタイムやー」

 「にゃん」

 「ごーろ、ごーろー」

 「うにゃ」

 「もひとつごーろ、ごーろー……」

 「にゃ〜」

 「……あかん、退屈で死にそうやー……ううっ、耕介くんなんてもーしらん」

 迷惑そうな顔だがそれでも次郎はゆうひにつきあって頭の側で丸くなっていた。

 朝からリビングのソファーの上でごろごろしているゆうひは、暇を持て余していた。

 誰もいないさざなみ寮で猫の次郎相手に一人寂しく戯れていた。






 三年の海外留学を経て日本に帰ってきたゆうひは、凱旋コンサートの会場で婚約ならぬ

 結婚会見なる物を開いてお客さんたちを驚かせていた。

 二人は離ればなれになる前の約束を守って、その日のコンサート後に市役所に行って入籍を

 済ませてしまった。

 もちろんさざなみ寮のみんなもに喜んで、その日は久しぶりの飲めや歌えやの朝まで大宴会だった。

 そんな中で相変わらずお酒がだめなゆうひはコップ一杯のワインですぐに沈没してしまったが、

 世界一安心できる耕介の胸の中で幸せな微笑みを浮かべていた。

 しかし目が覚めたゆうひが周りを見回すと皆出かけてしまったようで、一人寂しく側にいた次郎

 相手にごろごろしていることにあいなった。






 「大体耕介くんもいじわるやー、やっとやっと会えたばっかりなのに……」

 ごろごろに飽きたのか、今度はクッションを抱きかかえてぶーたれているゆうひのぐちはまだまだ続いた。

 「こーゆんときは、ふつうやさしく抱きしめてくれて朝まで側にいてくれるんとちゃうの?」

 「それなのに目が覚めたら……だーれもいないし……しくしくやー」

 「みんなはくじょうさんやー……なー次郎ー?」

 ちらっと次郎に視線を送ると、いつのまにか来ていた小虎とその子供たちと家族団らんをしていた。

 「ああー、次郎もそうなっとったんやなー……ええなぁー……うう、うちさびしいなー」

 ちっちゃくて可愛い子猫たちを見つめていたゆうひは何となく呟いてしまう。

 「うちも……耕介くんの子供、ほしいなぁ……」

 何となく頭の中で想像してしまうゆうひの顔には自然に笑顔がひろがっていった。

 「やっぱり女の子がええかなぁー……でも、ひとりっこだとあれやし、やっぱりここはどーんと10人ぐらい……」

 「うう、でもそしたら子育てはみんなに手伝ってもらわんとあかんし……」

 「それにそんなに生んだら、ここに住まんようになってしまうし……はぁーどないしよーうっと……?」

 「そや! 耕介くんにここんとこの隣におっきな家建ててもらえばえーんや!」

 「うーん、われながらナイスアイデアやー、さすがゆうひちゃんやなぁー……はぁ……」

 などどいろんな事を宣ってはいたが、やはり一人で話していると寂しいのかクッションをぎゅっと抱きしめて

 ソファーにごろんと横になってしまう。

 「すん……耕介くんのバカ、うちこんなに寂しいのにー……すん」

 本当は出かけるまで耕介はずっとゆうひを抱きしめていたのだが、酔っぱらった上ぐっすりと寝ていた彼女が

 その事に気が付くわけがなかった。

 ぽかぽかと初夏の日差しが照らしているリビングはかなりお昼寝に適しているほど暖かかったが、

 ゆうひにとっては耕介が側にいないことがそれを感じさせなかった。

 「でも、耕介くんもずっとさびしかったはずやし……はう……でも、でもでもー」

 頭の中では自分が海外留学に行った事で耕介に寂しい想いをさせたことは理解できているが、

 恋する複雑な乙女心はいかんともしがたく、気持ちが抑えられなかった。

 「耕介くんのいけずー、でくのぼう、あんぽんたんやー」

 「誰があんぽんたんだって?」

 「ひゃ、ひゃー!?」

 後ろから声を掛けられて思わずソファーの上で飛び起きて振り返ると、そこには待ち望んでいた愛しい旦那様が

 腰に手を当てて睨んでいた。

 「あ、あははは……、だれもそないな事言ってへんよ」

 「ほーそういうこと言う口はこの口かな?」

 「あうーひゃめれーあうあう……」

 ゆうひの柔らかくすべすべしたほっぺたを両手で掴むと、耕介は左右に引っぱり出した。

 「まったく……それが旦那に対する言葉かな、奥さん?」

 「ううっ、そうはいってもうち……うちさびしかったんやー」

 「はいはい、とりあえず今はこれでかんべんな」

 ひりひりしているほっぺたをさすっているゆうひの手の上に、耕介は自分の手を重ねてその顔を上に向かせると

 たっぷりと長くキスをするとキッチンに入って夕食の支度らしき物を始めてしまった。

 「耕介くぅん……」

 不意打ちにキスされたゆうひは、そのままみんなが帰って来るまで耕介の背中をぼーっと見つめていた。






 「ただいまー」

 知佳の声が聞こえるとその後からさざなみ寮の住人が一同にリビングに入ってきた。

 「おかえり、みんなご苦労様」

 耕介がキッチンから顔を出してみんなを出迎える。

 「いやーなかなか骨が折れたけど、なんとか必要な物はそろったよ」

 「はー連絡の方も大丈夫ですよー」

 「ありがとう真雪さん愛さん、みんなもお疲れさま」

 「こーすけ、おのかへったのだー」

 「美緒もごくろうさま、ま、これでも食べて我慢してくれ」

 そうして手に持っていた皿を美緒に渡した。

 「おーささみなのだー♪」

 美緒は嬉しそうにはぐはぐと食べて残りを猫たちに振るまっていた。

 「あ、お兄ちゃん、料理の方はどうなの?」

 「もちろんばっちり、抜かりはない!」

 「おー、気合い入っているねお兄ちゃん」

 「まあ気持ちもわかりますが」

 「そうですよ、なんと言ってもお目出度いことなのですから」

 「薫も十六夜さんも忙しい中ありがとう、お陰で助かりました」

 「うちも十六夜もずいぶんお世話になっていますから、これぐらいなんともなかです」

 「そうですよ、それより耕介様もごゆっくりされた方がいいはずなのに……」

 「ははっ、どうも何かしてないと落ち着かなくて……その」

 照れ笑いを浮かべてみんなと話している耕介の背中に、ちくちくとゆうひの背中に突き刺さってきた。

 「ゆ、ゆうひ?」

 「ええーんやええーんや、うちはのけもんさんやー」

 耕介から顔を背けると小虎を捕まえてその前足の肉球をぷにぷにと押して、背中に哀愁を漂わせていた。

 「なぁ小虎ー、うちは世界一不幸な奥さんやー……しくしく」

 「にゃ〜ん」

 「おお、そーかそーか、わかってくれるんやなー」

 「あーゆうひちゃん、完璧に拗ねちゃっているよ?」

 「めちゃめちゃくらいのだー」

 「ほら耕介、なんとかしろ! おまえの奥さんだろ?」

 「あー、はいはい……もしもし、ゆうひさん?」

 「うちの旦那はなー結婚した次の日には、かわいー奥さんほったらかしでほかの女の子と仲良くしてる浮気者さんやー」

 「おい……」

 「きゃっ!?」

 座り込んでいるゆうひの体を抱き上げると、耕介は赤ん坊をあやすように高く持ち上げた。

 「ほら、いじけるんじゃない、可愛い顔が台無しだぞ?」

 「ううー、はなしてんかー……耕介くん、はなしてーなぁ……」

 「いや、ゆうひの機嫌が直るまでずっとこのまま抱き上げているからな」

 「耕介くん、いじわるやー、おろしてーなー……」

 ゆうひは降ろして貰おうとじたばたじたばたするが、耕介はじっとゆうひの顔を見つめていた。

 「な、なんや……そないに見つめんといてー……はずかしいやないのー」

 「ゆうひの笑っている顔は世界一可愛いな!」

 「も、もう、耕介くん卑怯やわー……ずるいー」

 惚れた弱みかどんどんゆうひの顔は赤く染まり微笑んでいった。

 「しゃーないなー……そしたらキスしてくれたら、特別に許したるわ♪」

 「おし!」

 ちゅっ。

 「これでいいか?」

 「だーめぇ、もっとちゃんとせなあかん……」

 潤んだ瞳で耕介を見つめながら、今度は自分から耕介にキスした。

 おまけにしっかりと耕介の首に腕を回すと抱きついて、なかなか唇を話そうとしなかった。

 その濃厚なキスシーンを延々たっぷりと見せつけられていたさざなみ寮の住人達は、いい加減切れた。






 「「「「「「「「いーかげんにしなさい!」」」」」」」






 「「ほえっ?」」






 白いドレスに髪を結い上げて何時もと違う雰囲気のゆうひを、ドレスアップを手伝った愛と知佳はうっとり見つめていた。

 「ゆうひちゃん、綺麗♪」

 「はい、もう凄く綺麗ですー」

 「えー……そ、そないにいわんといて、てれるやないのー」

 「うん、耕介お兄ちゃん幸せ者だね♪」

 「さすが私のまぶだちですねー」

 「知佳ちゃん、愛さん……おーきにやー」

 そう言って微笑むゆうひの目から大粒の涙がぽろぽろこぼれたら、知佳はハンカチでそっと拭き取った。

 「ああ、泣いたらダメだよゆうひちゃん、お化粧くずれちゃうよ」

 「う、うん……」

 「さあ、そろそろ耕介さんが待っているから行きましょう」

 「ありがとな……まぶだち」

 ニコッと微笑む愛がゆうひの手を取り、知佳が長いドレスの裾を持って部屋を出て耕介の待っているリビングに移動した。

 「はーい、お待たせしました、花嫁さんの登場ですー」

 みんなの注目する中、しずしずとゆうひが現れた。

 タキシードを着た耕介の横に立つと、白いウェディングドレスのゆうひはいっそう綺麗に見えた。

 「ほぉ……これはなかなか絵になるねぇ」

 「本当に……綺麗です」

 真雪と薫も二人に見とれて感嘆のため息が口から漏れる。

 「うー、めちゃくちゃきれいでかっこいいのだー!」

 「はややー二人とも素敵です!」

 美緒は二人の周りをぐるぐる回りながら、みなみは瞳を潤ませて二人を見つめた。

 「姉様、耕介様もゆうひ様もとっても綺麗です!」

 「そうですか、それはなによりです」

 目の見えない十六夜に代わって、弟の御架月が二人の様子を説明して上げる。

 みんなの注目を浴びて、ゆうひと耕介は顔を赤くして大いに照れまくっていた。

 「籍は昨日入れたけど、やっぱり結婚式もしようかなって考えていたらみんなが協力してくれたんだ」

 「うっ……」

 「ゆうひ?」

 俯いていた顔を上げたゆうひの目から涙が溢れ出して、そして耕介を見つめながら今の気持ちを

 目の前で笑っている大好きな人に伝えた。

 「もうれつに……げきれつに……すきやー……世界一大好きやー、耕介くん!!」

 「俺もゆうひの事が世界一大好きだよ!」

 思いっきり耕介の胸の中に飛び込むとゆうひは盛大に泣き出してしまった。

 3年前の別れと違う、嬉しくて嬉しくてたまらない気持ちが、心から叫びたい気持ちが……。

 ゆうひの涙は止まらなかった。

 そんな二人をさざなみ寮の住人は、暖かい眼差しでずっと見つめ続けていた。

 夢を掴むために、一度は離ればなれになった二人だけどその絆は変わることなくよりいっそう深く繋がっていた。

 お互いを思い合う気持ちを信じ続け大事にした結果が、今ここに形になった。






 「ほんなら、いこかー♪」

 勢い良くゆうひの手から放り投げられたブーケを、さざなみ寮の女の子たちは我先にと掴もうとする。

 意外にも長い滞空時間を経て、ふわりとその中の一人の手にそれが落ちた。

 「やったー!」

 大きな声で歓声を上げる彼女に向かって、ゆうひはVサインをだしてウィンクする。






 「次は……うちと耕介くんが、応援したるよー♪」






 NEXT YOU!

 おわり