「知佳」

 お兄ちゃんがわたしを呼ぶ。

 「ちかー」

 初めは本当のお兄ちゃんのように……。

 「ちーかー」

 でも今はね……。






 Secret of my heart



 





 「ちかぁー」

 「なぁに、お兄ちゃん?」

 リビングにいるわたしをお兄ちゃんがキッチンから呼ぶ。

 「はい、口開けて〜」

 「あ〜ん」

 ちょっと恥ずかしいけど誰もいないから大きな口を開けると、お兄ちゃんは手に持っていたスプーンを

 口の中に入れる。

 「どうかな?」

 お兄ちゃんがわたしの顔をニコニコして見つめる。

 「うん、おいしいよ♪」

 わたしもお兄ちゃんに負けないぐらいの笑顔で答える。

 「よし、知佳がそう言うならOKだな」

 「これってもしかして前から作っていたの?」

 「おうっ、牛テールをじっくりと煮込んだスープなんだけど久しぶりに作ったからな」

 「ほんと、おいしかったよ」

 「どのくらい?」

 お兄ちゃんが腰を落としてわたしのおでこに自分のおでこをくっつける。

 「えっとね……ほっぺたが落ちちゃうぐらい!」

 「おっとそれはいかんな……落とさないようしないとな?」

 そう言ってわたしのほっぺたを大きな手で支える。

 「えへへ……ありがとう、お兄ちゃん」

 「どういたしまして……知佳」

 お兄ちゃんと目があって見つめ合う……あっ。

 ひょっとしてこれって……?

 お兄ちゃんがそのままわたしの顔を引き寄せる。

 「知佳……」

 「お兄ちゃん……」

 …………。

 あれ?

 わたしは薄目を開けると、お兄ちゃんが何か言おうとするわたしの口に指を当てる。

 どうしたの、お兄ちゃん?

 わたしの耳元に顔を寄せると小さい声で呟く。

 「リビングのドア開けてくれるかな?」

 「い、いいけど……」

 不思議に思いながらも、わたしはイメージしてお兄ちゃんが言ったとおりにリビングのドアを開ける。

 がちゃ。

 どさどさっ。

 「わわっ」

 「はうー」

 「いたたた〜」

 え、えっ? なになに?

 お兄ちゃんがリビングの方にゆっくりと歩いていく後をわたしもついていく。

 入り口のところで折り重なっていたのは、美緒ちゃんとみなみちゃんとゆうひちゃんだった。

 「そこで何をしているのかな?」

 あ、お兄ちゃんの笑顔、なんだか引きつっている……。

 「あ、あうっ」

 「はやや〜」

 「てへへへ……」

 三者三様に誤魔化しているみたいだけど……もしかして、ずっと見ていたのかな?

 だ、だとしたら、ううっ……恥ずかしいよぅ。

 「何をしているのかな、ん?」

 わたしは赤くなってお兄ちゃんの背中に隠れちゃったけど、お兄ちゃんはそのままじりじりと

 三人に近づいていった。

 「ゆ、ゆうひがいけないのだー!」

 「あ、あの、はう〜…」

 「う、うちはその……あっはっはっ〜」

 「…………」

 お兄ちゃんが無言で床に折り重なっている三人を見下ろしている。

 お兄ちゃん……ちょっと怖いかな?

 「三人とも……今日のおやつは無しだ!」

 お兄ちゃんは三人にきっぱりと言い切ると、振り返ってわたしを笑顔で見つめる。

 「知佳、今日のゼリーは食べ放題だぞ!」

 「ほんと?」

 「おう、三人分余ったからな…遠慮しないでいいぞ」

 「やったー!」

 わたしもお兄ちゃんに合わせて喜んじゃう……だって、恥ずかしかったんだもん。

 「ちょうど食べ頃だから食べよっか?」

 「うん」

 そのままお兄ちゃんと一緒にキッチンに戻ると、冷蔵庫から取り出したゼリーをテーブルに並べる。

 「コーヒーゼリー?」

 「うん、まあ食べてみな……好みでミルクをかけてくれ」

 「いただきまぁす」

 スプーンですくって一口食べてみる……んんっ!?

 「冷たくっておいしい〜……それにちょっとだけ苦いところも」

 「うんうん」

 「あと……これってお酒入っているの?」

 「ああ、ちょっとだけリキュールを入れてみたんだけど……まずかったかな?」

 「ううん、そんなこと無いよ! 本当においしいよ、お兄ちゃん♪」

 「ありがとう、知佳」

 そう言ってわたしが大好きな笑顔を浮かべて何回も頭を撫でてくれる。

 「えへへ……」

 わたしすっごく幸せだなぁって感じちゃった……。

 「あうー……あんまりなのだー!」

 「ううっ……」

 「耕介くんいじわるや〜」

 そして夕ご飯の時間、食卓はまゆお姉ちゃん大笑いで騒がしくなった。

 「だぁーっはっはっはっ〜!」

 酔っぱらったまゆお姉ちゃんがビール片手に大笑いをしている。

 でも、笑い事じゃないんだけどなぁ……本人としては。

 「自業自得です」

 薫さんも黙々と食べながら、でもはっきり言いきる……もしかして呆れているのかなぁ。

 「まあまあ……」

 あいお姉ちゃんがニコニコしてみんなをなだめようとしている、でも無理みたい……。

 「ゆうひがさそうからいけないのだー!」

 美緒ちゃん……おやつが食べられなかったので、いつになく沢山食べてるけど大丈夫かなぁ?

 「あたしは止めようって言ったのに……」

 みなみちゃんもいつもより沢山食べている……でも、覗いていたんだから仕方がないよね。

 「うう、どうせみんなうちがわるいんや〜、ゆるしてぇなぁ〜……」

 その笑顔じゃぜんぜん反省しているように見えないんだけど……ゆうひちゃん?

 「まあ、耕介も迂闊だよなぁ〜……キッチンなんて誰かが来るに決まっているだろう?」

 「うっ、それを言われると確かに……」

 突っ込み入れたまゆお姉ちゃんが、ニヤニヤしてお兄ちゃんを見ている。

 いじめているようだけど、その瞳には凄く優しい光があるの……。

 これでもまゆお姉ちゃんは結構お兄ちゃんの事認めているって分かる。

 えへへ、自分を誉められたようで嬉しいなぁ〜♪

 「そこのニコニコしているボケナスもな?」

 「あうー」

 ボ、ボケナスはひどいよ〜まゆお姉ちゃん。

 「でも、確かにべたべたしすぎだよね、二人とも……」

 はぅ〜、リスティまでニヤニヤしている……あ、きっとどこかで見ていんだ、ううっ。

 わたしが睨んでも涼しい顔でお茶を飲んでいる……もうっ!

 「ん、んんっ、おまえたちに一言言っておく……」

 まゆお姉ちゃんが真剣な顔になってわたしとお兄ちゃんを見つめる……ううっ、なんか怖い。

 「耕介、知佳……避妊はしろよ? あたしゃまだ姪なんて欲しくないからなっ」

 「ぐはっ……」

 「あうあう……」

 お、お姉ちゃん! な、な、なんてこと言うのよぉ〜……しかもみんな前で!?

 その一言にみんなの視線がわたしとお兄ちゃんに集まっちゃう……あう〜っ。

 わたしはあんまり恥ずかしいからつい力を使ってしまって屋根の上に瞬間移動しちゃった。

 「ち、知佳!?」

 ああっ、お兄ちゃん置いてきちゃった! ……ごめんっ、お兄ちゃん。

 心の中で謝りつつ、顔のほてりが収まるまでわたしは星空を見つめて心を落ち着かせることにした。

 はぅ〜。

 でもね……恥ずかしいだけで嫌ってわけじゃないんだよ。

 だってお兄ちゃんといると、とっても温かいんだもん。

 いっつも大きな手でわたしをしっかりと抱きしめてくれるの……。

 今、世界で一番落ち着ける場所って言ったらそれは間違いなく、お兄ちゃんの腕の中だって言える。

 だからわたしはがんばれる。

 自分の力にも負けたりしない。

 えへへ……ちょっと格好よかったかなぁ……。

 「ちぃかぁ〜」

 「あ……」

 屋根に上ってきたお兄ちゃんが、振り向いたわたしをぎゅって抱きしめる。

 「こらっ、捕まえた……酷いなぁ〜自分だけ逃げちゃって、お兄ちゃんは悲しいぞ〜」

 「あううう……」

 そう言っても優しく包み込むようにわたしを抱きしめるから、怒ってないのが分かる。

 「はにゃー……ごろごろごろごろ……」

 わたしもごめんなさいの気持ちを込めてお兄ちゃんに甘える。

 「これからは気を付けないとな?」

 「うん」

 ほらね? ちゃんとわたしのこと分かってくれるんだ、お兄ちゃんて……。

 「ちか……」

 「あ……」

 そして月明かりの下、わたしの唇にそっとお兄ちゃんが自分の唇を重ねる……。

 このままお兄ちゃんと幸せな気分を味わっていたかったんだけど、わたしは目を開けると見つめた先に

 力を集中させる……。

 「わっ!?」

 驚いた声をだしてリスティが夜空に舞い上がった。

 「リスティ?」

 「ごめん、耕介と……ちか?」

 せっかく……せっかくいい雰囲気だったのにぃ〜!!

 リスティ……もう許さないんだからっ。

 そう思ったら無意識にわたしの背中に白い羽が広がっていく。

 「逃げろ、リスティ……」

 「そ、そうだね、じゃあボクもう寝るから……」

 ごめんねお兄ちゃん、わたし今日という今日は許すことはできないよ。

 「リスティ……」

 「うっ」

 普段より二オクターブ低い声でわたしはリスティの名前を呼ぶ。

 『ごめん、ちか』

 『だめ』

 『本当にごめん』

 『だーめ』

 『もう邪魔しないからっ』

 『だーめー』

 にらみ付けながらテレパシーで会話していたけど、とうとう口に出して叫んでしまう。

 「だめって言ったらだめーっ!!」

 「うわぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」

 その瞬間、わたしの力でリスティが裏山のてっぺんまで飛んでっちゃった。

 はぁはぁはぁ……。

 まったくもうっ! これじゃ本当に気を付けないとお兄ちゃんとキスもできないよぉ……。

 「ちかっ」

 お兄ちゃんがわたしを抱きしめると、落ち着かせるように何回も頭をなでる。

 「気持ちは分かるが落ち着いて……な?」

 「う、うん……」

 わたしが落ち着いていくと同時に背中の羽も消える。

 「あぅ……ごめんなさい、お兄ちゃん」

 「うん、まあ今回は仕方が無いなぁ〜」

 見上げるとお兄ちゃんがわたしを見つめて笑っている。

 「さあ、家の中に戻ろう」

 「うん!」

 笑顔で答えて、わたしはもう一度思いっきりお兄ちゃんに抱きついた。






 ずっと……ずっとわたしを放さないでね、お兄ちゃん♪






 「ううっ、耕介のことでちかをからかうのは止めよう……」

 「にゃあ〜」

 木の枝に逆さまに引っかかったリスティの側で、ことらが『そうだね』と言わんばかりに鳴いた。

 『君子危うきに近寄らず』

 身をもって体験したので、一つ賢くなったリスティだった。






 おわり